第8話 魔女狩り(2)
翌日、お約束のように、また串刺しにされた人形が見つかった。場所は家庭科室などの実習室がある棟で、数は三箇所だった。
大半の生徒は悪質なイタズラとして気にも止めなかったが、その次の日、二年生の六教室全てに人形が見つかり、さらにその次の日も三年生の教室棟と部室棟で十体人形が見つかった。
学年中に騒然とした雰囲気が流れ始めた頃、僕のクラスの女子達━━正確には弓削ちはるを中心とした数人のグループが異様な興味を示し始めた。その中には、あの天野さんもいるようだった。
「ねえ、きみ」
その日の昼休み、僕はクラスメートに声をかけられた。慣れないことに心臓が止まりそうになった。見ると、
「美凪の知り合いの元不登校くん。きみ、この魔女狩り事件に関係してるんじゃない? 」
ちょっと意地悪そうなその顔に僕は平静を装いながら心の中で身震いしていた。なんてことだ。目立たないようにしてるのにあらぬ疑いをかけられている……!
「い、いや……ぼ、僕は……」
声を絞り出すのに必死だった。弓削さんの斜め後ろから強い視線を感じる。天野さんだ。それに気づくと、僕はさらに脈拍が上がっていくのを感じた。
「きみ、えーと、来栖くん。いつも朝は早いし帰るのも早いよね。学校いない時は何やってるの? 」
完全に容疑者扱いだ。僕は右も左も分からないほど狼狽した。半分頭はパニック状態になっていて二の言を次げなかった。
「あ、あの、あ……! ちが……」
もごもごと吃ると矢継ぎ早にまくし立てられる。
「きみ、いかにも世の中恨んでますって顔してるしね。そもそも誰よりも早く学校に来ないとこんなことは出来ないじゃん。友達もいなそうだし。毎日みんなが怖がってるの見て心の中で笑ってるんじゃないの? 正直に自首しなよ! みんな迷惑してるよ! 」
弓削さんはそう言うと僕に詰め寄った。あまりの出来事にノミより小さい心臓がさらに萎縮する。
すると、
「何やってる」
と誰かの声がした。見ると、立花先生だ。僕に気づき、憐れむような視線を一度向けたかと思うと弓削さんに振り向いた。
「浅野先生が四時間目の準備をしたいらしい。教科委員の弓削さん、君を呼んでたぞ。……あと彼はようやく登校できるようになったばかりで、まだ学校に慣れていないから、あまり追い詰めないでやってくれないか? 」
静かな、だが威厳ある声で立花先生は弓削さんを諭してくれた。その様子に興奮気味だった弓削さんもやや気圧され、落ち着いたようだった。
「ちはる、行こう」
友達の何人かが少し青ざめた顔の弓削さんを引っ張っていく。天野さんも一瞬こちらを
「……ちょっと、いいかい。話がある」
残された僕にそう声をかけたのは、優しそうな笑みを浮かべた立花先生だった。僕は引き摺られるように彼の後についていった。
「座って」
立花先生が僕の前にある椅子を指して僕を促した。ここは生徒指導室だ。微かに香る煙草の臭い。僕は鼻がムズムズしたが、我慢して教室とは違うデスクチェアに腰掛けた。
「これでも飲んで」
そう言って出してくれたのは、温かいジャスミン茶だった。芳香が鼻をくすぐり、喉を通って肺を満たし心臓に至る。ようやく落ち着きを取り戻してきた。
「……君は、イタズラの犯人じゃないね」
立花先生は言い切った。
「はい」
僕は想像と逆の言葉をかけられ、驚きながら先生を真っ直ぐ見つめた。ややくたびれたダークグレーのスーツを着た立花先生は笑みを浮かべていた。
「失礼だけど、そんな大それたことができるようなやつには見えない」
少し髪が薄くなって来てはいるが、肌ツヤはよく若々しい。年齢不詳というのも頷ける。誰かに似ているとずっと思っていたが、ふと気づいた。父だ。もう少し若い頃の写真の父に似ている。だが虚弱気味の父に比べると随分と精気に溢れていた。
「来栖はようやく学校に来てくれるようになったばかりなんで、思わず声をかけてしまった。悪かったな」
そう言うと、僕から目を逸らし、窓から校庭をぼんやり眺めた。
「……一つ聞いていいか? 」
僕はこくりと頷いた。
「俺は教頭からこのイタズラの犯人探しを命じられている。もし気が向けばでいいんだけど、手伝わないか。来栖の名誉のためにも」
意外にも、僕は自然と頷いていた。
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