第7話 魔女狩り(1)

 立花先生は姉の元担任であると共に今の僕の学年の学年主任だった。十年くらいこの学校にいるらしいが、昔から全く外見が変わっていないことが有名で、一部生徒の中では「フェニックス立花」と呼ばれていた。好々爺のような性格と時折放つシュールなギャグの切れ味が鋭く、コアなファンがいた。年齢は不詳だが恐らく四十歳くらいだと思われた。


 その日は僕が学校に行き始めるようになってから約一ヶ月、そろそろ休んでもいいかな、などと考え始めていた頃だった。僕にとって憂鬱な朝の教室の扉を開けると、いつになく教室が騒がしい。まだ誰ともまともに会話出来ていなかった僕はそっと耳をそばだてた。


「あれ……なに?」

「うわ……」

そんな声がそこかしこから聞こえてきた。みなが見ているのは、教室の背面の壁のようだ。後ろから三番目の列の僕は、居心地の悪い思いをしながらもやはり興味を引かれ、机に突っ伏した振りをしながらチラリと後ろを伺う。見えない。

 

 「自分の席に戻りなさい! 」

突然教室の扉が開き、学年主任で生徒指導を兼ねる立花先生が姿を現した。その後ろから担任もついてくる。立花先生はつかつかと早足に教室の背面の壁の方に歩いていき、何かを壁からベリベリと引き剥がした。


「……誰のイタズラだ? 」

静かだがよく通る太い声で全員に聞く。僕も思わず振り返り、その手に持っているものを見た。

 

 人形だ。女子の制服のようなものを着た妙にリアルな人形━━たしか、ドールと呼ばれて一部熱狂的なファンが写真をあげているのをインターネットで見た━━、その胴体に割り箸のようなものが刺さっていた。


「悪趣味なことをする奴だ」

立花先生がため息をついた。

「あ、あれだ! 魔女狩りの怪談! 」

急に女生徒の一人が声を上げた。確かこの人は、天野美凪さんと仲良くしていた━━弓削ちはるさんだ。その肩に隠れるように天野さんの頭半分が見えた。


「魔女狩りの怪談って……」

「あ、あの学校の怪談話の……? 」

そんな声が辺りからどんどん聞こえてくる。

立花先生はやれやれと言いたげな顔をして、無言で人形を持ったまま、教室を去った。その日、教室はやや騒然とした雰囲気で時間が過ぎていった。

 


 

 「ねえ、『魔女狩りの怪談』って何? 」

突然切り出した僕に、大学のコンパ帰りで顔を少し赤くした姉がキョトンとした顔で僕を見た。酒臭い。

「……ああ、そんなのあったっけ。てか友達に聞けよ」

風呂上がりの部屋着姿で面倒くさそうに姉が答えた。


「友達はいない」

憮然とした顔で返答すると姉はバツが悪そうな表情になった。

「……なんかごめん」

いえいえ、と僕は首を振った。

 

「たしか、こんなの。

『ある日、突然学校に串刺しにされた人形が貼り付けられた。それは徐々に数を日毎増やし、学校の様々な場所に現れるようになっていく。六日目、とある女子生徒がけたたましい叫び声をあげて失神した。傍には無残に四肢が散らばった女の子の人形。


翌日、その女生徒は転落死した。後日その子の家族が彼女の部屋を整理してると、割り箸や串や針でお腹をズタズタにされた人形が大量に出てきた。そして、彼女が最後に使っていたノートには訳の分からない言葉が羅列され、最後に(魔女、◽︎い)という言葉が書かれていた』」


ちょっと気味悪そうな顔で姉は教えてくれた。

「……コテコテのオカルト話だね」

あまり怖い話が好きでない僕は身震いした。


「そんな話いっぱいあるね、この街は」

持ち帰りの仕事をダイニングのテーブルでひとり黙々とやっていた父が突然話に入ってきた。

「魔女を磔にした教会の屋上に魔女の幽霊がでる、とか。魔女は殺されるたび世界を作り替える、とか。バリエーションが豊富だ」

不気味な笑顔をパソコンのディスプレイの光に輝かせながら父が饒舌に語った。

「……パパ、実はそういうの好きだよね」

姉がやや引き気味の顔で静かに言った。父はそうかな、と照れた。

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