第71話 父親として
幸恵「次の日、いつもならとっくに店を開けている時間帯に店が開いていなくて・・・。様子を伺いに祖父の寝室へ行ったの。」
柚月「それで、おじいさんは・・・?」
幸恵「布団に横になったまま・・・「脳梗塞」だった。」
柚月「そんな・・・。」
幸恵「和也さんは自分をとても責めたわ。自暴自棄にもなった。その時、和也さんは十八歳を迎え、私も十六歳・・・。」
法律で結婚が認められる年齢に達した二人。
『私と結婚して下さい。』
幸恵さんからのプロポーズ。和也さんは「こんな僕で良ければ」と受け入れてくれた。
寒空の中、見ず知らずの少女を拾い、我が子の様に育ててくれた亡き祖父の遺言を守る為。
そして。
代々受け継がれて来たであろう「岩間酒店」を守る為。
それには、「子孫」を残さねばならない・・・。
幸恵「それから二年後、私が十八歳になった年に妊娠が発覚したの。」
柚月「・・・そのお腹の子が譲さんですか?」
幸恵「そう。とても嬉しかったわ。和也さんもとても喜んでくれて。幸せな家庭を築こうと思った。」
柚月「幸恵さん、一つ聞聞きたいのですが、どうして名前を「譲」にしたんですか?」
幸恵「私達はね、生まれてくる子が男でも女でも、この名前にしようと決めていたの。」
『譲』
漢字の通り、自分よりも他人を思いやり、優しさを相手にも譲れる子供に育って欲しい。
「謙虚な姿勢を忘れない子に」
「気配りが出来る子に」
誰にでも幸せを譲ろうとする気持ちを持つ子に育って欲しい・・・。
柚月「とても素敵ですね。」
幸恵「由来の通り、育ってくれてるかしら?」
柚月「はい!!幸恵さんと和也さんの想いのまま、とても優しい人です。」
幸恵「そう・・・。良かった。」
柚月「でも、ここまでの想いがあったのに、どうして譲さんを手放してしまったんですか?」
幸恵「譲が生まれて、あたしと和也さんは更にこのお店の経営を維持出来る様に頑張った・・・」
祖父母が他界し、それと同時に常連客も足を途絶えてしまった。
幸恵さんは譲さんの育児に励む中、和也さんは自ら足を運び、一軒一軒家を周り、お酒を売る事に励んだ。
幸恵「でも、その努力は中々厳しいもので・・・。いつしか生活すらもままならない状況にまで来てしまったの。
柚月「和也さんも、本当に頑張って守ろうとしたんですね。」
幸恵「きっと、この頃から和也さんの心は相当消耗してたはずだった。だから、あたしも譲をおぶってでも何か手助けをしたいと和也さんに言ったの。でも、和也さんは・・・」
『君は今まで沢山みんなを支えて来てくれた』
『今度は僕が君と譲を助ける番なんだ」
そう言い、和也さんは幸恵さんの申し出を断り続けたらしい。
幸恵「和也さんは限界を超えていた。それでも、休む事なく毎日周って歩いては頭を下げ、「買って下さい」と言い続けた。」
祖父と喧嘩したままの、せめてもの償いだったのだろう。
「何としてでも、男として店と家族を守りたい」
その気持ちだけで、和也さんは見えない明日に不安を抱きながら精一杯頑張っていた。
・・・自分自身が壊れて行くのにも気が付かずに・・・。
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