第70話 愛情

幸恵「どこまでお話したかしら・・・。」

柚月「えーと・・・、和也さんの身体が弱くて・・・」

幸恵「あぁ、そうだったわね。・・・そう、彼は身体も弱かったけど優しい反面、心もとても繊細な人だったの。」


和也さんは高校に入学したものの、その同時期から祖母に認知症が出始めた。

最初は祖父一人で何とか出来ていたものの、症状が進行するにつれ、祖父だけでは対応し切れなくなり、和也さんは高校を辞め、店と祖母の介護を手伝う事に決めた。


柚月「幸恵さんは、高校に行かなかったんですか?」

幸恵「えぇ、住まわせて貰えてるだけでも有り難いのに、それ以上の事なんて何も望んでいなかったわ。」


ある日の明け方。

祖母の姿が何処を探しても見当たらず、近隣の人達の手を借り、祖母が行きそうな場所を手分けして探した。

すると、祖母は自宅から遠く離れた村の河川敷の下で、上下肌着一枚、足は素足のまま冷たくなっているのを祖父が発見した。

発見時、祖母が手にしていたのは祖父と和也さん、三人で撮った昔の写真だったと言う。


葬儀は身内のみで行い、憔悴しきっていた祖父を和也さんと幸恵さんは励まし、支え続けた。

しかし、翌年。今度は祖父の様子が急変。

上手く会話が出来ない日が多くなり、何を話しているのか聞き取れない状態が続いた。


柚月「・・・大変だったんですね。」

幸恵「祖父もかなりの高齢だったし、ただ疲れてるだけだと思っていたの。だから、少しでも家事やお店の手伝いをしたいと思っていたわ。」

柚月「病院には行かなかったんですか?」

幸恵「昔の人って頑固な所があってね。私も和也さんも勿論病院を勧めたけど、頑として行こうとせず店に立ち続けたの。」

柚月「このお店を、とても大事にされてたんですね。」


お客の殆どは昔からの常連様だけで同じく高齢者ばかり。

徐々に人も来なくなってしまい、一週間に一人、客が来ればいい程にまで経営は困難となってしまっていた。


幸恵「それでも祖父は「明日は来るかもしれない」って。同じ時間に店を開け、遅くまで来る事の無い客を待ち続けたの。」


しかし、祖父の状態は悪化していくばかり。

和也さんは無理矢理にでも病院に連れて行こうと試みた。だが、「行かない」と断り続ける祖父に、とうとう和也さんは怒鳴ってしまった。


『勝手にしろ』と・・・。


幸恵「それから数週間、和也さんは祖父と顔を合わせる事をしなかった。私にも「店に顔を出すな」って。」

柚月「じゃぁ、お店はずっとおじいさん一人で・・・?」

幸恵「・・・和也さんには内緒で祖父の様子を見に行ったの。そうしたら、祖父は呂律が回らない状態で、一生懸命私にこう言ったわ。」


『和也は身体が弱い。私の事はいいから、和也の事を頼む。』

そして・・・。

『幸恵さんさえ良ければ、和也の嫁になってやって欲しい。」と。


喧嘩をしていても、祖父は和也さんの事ばかり心配していた。言葉を聞き取るのに精一杯な程、状態はますます悪化しているのが幸恵さんには分かった。


そして、祖父の和也さんに対する強い愛情を、しっかりと受け取った幸恵さんは


『分かりました』


そう返事をした。

しかし、それが祖父との最期の会話だった。

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