在職日数25日目

 矢文にはこう記されている。


『明朝、我々破壊派は共存派に宣戦布告し、森の統一を図るため攻撃に移る。この文を以て、卿らが白旗を揚げない限り、我々と戦争の意志があるものとして進行は止めぬものとする』


「これで宜しいか?」

「んー、たぶん大丈夫っす!」


 自分には読解できない文章。それでもテダンにはそこはかとない、根拠のない自信があった。明るく笑顔で首領の背中を押す。


「それにしても、なんで矢文? 通信すればいいんじゃ?」

「あやつらは通信魔術も切っているときがありまして。連絡できない場合があるのです、チェイル殿」

「ふーん」


 植物には魔術の影響を受けやすい種類もいる。頻繁に通信しない限り、そこまで悪いものではないが、共存を考えているのでいい気分ではないのだろう。その気持ちは分からないでもなかった。


「しかしチェイル殿、こちらへの亡命で……本当に宜しかったのですか?」

「テダンでいいよ。えーっと、ロオムグさん」


 ここは自然破壊派の領地、その首領であるゴズ・ロオムグの間だった。突然やってきた少年がチェイルと名乗るのだから、共存派からの刺客か何かかと思われたが、ブバール=ブバルディア学園の学生証を持っていたので信じることにしたのだ。


 ロオムグはいまだ信じがたい部分はあるものの、共存派に一矢報いられるなら、とテダンを招き入れた。賢明そうではなかったが、カーニバルス=カハクが側にいる辺り、魔力に関しては申し分なさそうだ。

 目安として使われているシノビーが姿を現している理由としては、テダンに力を貸しているわけではなく、ただロオムグが好みの男性だからというものである。プラチナ色の髪に引き締まった肢体。それでも軟いことはなく、そこそこ筋肉がついているのでしなやかな振舞いをしていた。


『ねぇ、ロオムグさま? テダンとは仮契約中なんですの。もしよければ、アタシと本契約を結びませんこと?』

「いや、某には、カーニバルス=カハクを従えるほどの魔力は持ち合わせていませんので。それに、それではテダン殿に顔向けできなくなってしまいます」


 シノビーは猫なで声でロオムグに迫るが、彼はそれをよしとしなかった。なおも彼女は美しい妖精の武器をさらけ出して、意中の彼にアタックしていく。本当は主人のテダンとは仮ではなく本契約なのだが、こっちの男は素知らぬ顔で微笑ましく使い魔を見ている。


「それでその、話を戻すのですが、本当にこちらで……」

「あー、大丈夫! お願いしたことやってもらえるなら、それで!」


 交渉で疲れたのか、テダンは気の抜けたように返事をした。その際は祖父の面影を感じられていたが、いまとなってはただの少年である。


「畏まりました。では矢文を飛ばしたあと、早急に手配させます」

「ありがとー! もう明け方になっちまったのか? ねむぅ」


 しばらく放っておいたら閉じそうになる瞳を何とか保ちながら、テダンはふらふらと頭を揺らす。ロオムグが手配のために席を外すと、シノビーは口惜しそうに叫んだ。


『ちょっと! ロオムグさまの後を追って行きなさいよ!』

「えー? 好きにしていいよー?」

『アタシがアンタから離れられないの、忘れてないでしょうね!?』


 妖精は主人に寄生して魂の欠片を貰っている。ゆえに幽体でも人の目に映ることができるのだが、その代わりに主から距離を取れないのだ。そのことを知っているのか知らないのか分からないが、うつらうつらしているテダンにとってはどうでもいいことだった。


 去っていくロオムグを口惜しく見送りながら、シノビーはその小さく麗しい爪を噛むのみだった。

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総理大臣、アンタが主役!! ~異世界で首相はイチから勉強し直すそうです~ 猫島 肇 @NekojimaHajimu

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