◆ 第02話 "機械工"のニコ ◆


 組織に逆らった人間の脳天に、レンチを打ち下ろす。

 組織に敵対する人間の脳天に、レンチを打ち下ろす。

 組織を裏切った人間の脳天に、レンチを打ち下ろす。


 打ち下ろす。

 打ち下ろす。

 打ち下ろす。


 それが、少年の仕事だった。

 機械工メカニコのニコ。

 それが、この銀髪紫眼をした少年人形の呼び名である。


  ◆◇◆◇◆


 3年前――

 ニコは、とある工場に居た。

 何に使われるかも分からないネジだかバネだかを造る、小さな工場だ。


 プレス機を操作する少年を、階段の上の通路キャット・ウォークからジョーイが眺めている。

 スーツ姿に身を包み、煙草を咥え、見た目は普通のビジネスマン然としている。

 

「あれが、処分予定の人形かい?」


「ええ。人間を殴るなんて、とんでもねえ欠陥品でさぁ」


 ジョーイに答えたのは、ここの工場長である。


「殴られたのはあなた?」


「ええ。

 幸い、大事には至りませんでしたがね、殺されるかと思いましたよ」


がどういう経緯で殴ってきたか、お訊きしても?」


「ああ……ネコですよ」


「猫?」


「ネコがね、最近この工場に入ってくるんでさぁ」


「はあ」


「それで、フンとかしていきやがるもんだから、見つけた時に、こう、蹴っ飛ばしてやりましてね」


「へえ」


「そしたらそのネコ、生意気に威嚇してくるでさぁ。シャーって」


「ほう」


「カッとなって、そのとき手に持ってたゴルフクラブでブン殴ろうとしたら――」


「あの人形に、殴られた、と」


「まあ、そういう事でさぁ。

 人形ってのは人間を絶対に殴れないはずじゃなかったのかって話で」


「普通はそうですね。

 何らかの原因で《原則》が故障しこわれてるのかも」


「とにかく、あんな危険なのはここにゃ置いとけねえ。

 でも例の人形保護法?

 あれのせいでそう簡単にも処分できなくなっちまって。

 で、困ってたトコに、あんたのとこで下取りしてくれるって聞いたんでさぁ」


「あなたは運がいい」


 そう言って、ジョーイは煙草を携帯灰皿の中へねじ込んで、消した。


「わかりました。確かにウチで責任持ってしますよ」


 こうして、少年はジョーイと共に工場を去ることとなる。


  ◆◇◆


 車がハイウェイを走ってゆく。

 運転席にはジョーイ、後部座席には少年が乗っていた。


「……どこへ行くの?」


 後部座席から、少年が訊いた。


「ん? ここじゃない何処かだ」


 ジョーイはそう答える。


「僕が、あの人を殴ったから?」


「まあ、そうだな」


 素っ気なく言ってから、ジョーイは改めて尋ねた。


「なんで殴ったんだ?」


「あいつがヴィーテを殺してしまいそうだったから、止めようと思った」


「ヴィーテ?」


「工場によく来る、猫」


「ああ」


「友達だったんだ。あの日以来、工場へ来なくなったけど」


「なるほどね。

 それで、殴る時、何か感じなかったか?

 例えば殴っちゃいけないとか、そういう抵抗感とか」


「ええと。殺してやろう、って思った」


「くっくっく。よし、いいぞお前」


愉快そうに笑いながらジョーイは呟いた。


「これから僕はどうなるの?」


「処分される」

 

 ジョーイのその言葉に、少年の表情がこわばる。

 

「――本来ならな。お前は運がいい。

 表向きには処分されたって事にする。

 それでお前は、書類上は存在しない人形として色々と働いてもらう」


 つかの間の沈黙。


「それはその、良くないこと、じゃないの?」


 少年が聞いた。


「そりゃ、な。だが――」


 ジョーイはバックミラー越しに少年の顔を見る。


「それが何だ?

 社会がお前に何をしてくれた?」


「……」


「お前は確かに欠陥品だが、使い道がある。

 俺ならそれを用意してやれる。

 お前が処分されずに生きられる道をな」


「……」


 そしてジョーイはバックミラーに映る少年の顔から目を離した。 


「よし、じゃあ今、選べ。

 このまま、どこかの誰かさんがお前の知らない所で勝手に決めたに則って処分されるか。それとも俺と一緒にをして生きるか。

 処分場か俺の仕事場、この車の行き先は、お前が決めろ」


 再び、社内につかの間の沈黙が流れた。


「僕は――」


 こうして、少年は組織に所属する人形になった。

 人間をころす、人形に。

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