◆ 第01話 人形保護法 ◆

 巨大都市ニュージェイムズ・シティ。

 その外縁区域のひとつ『ナノ・イタリー区』の街角にある小さな電気店、その店頭ショーケース内に置かれたレトロな型の小型テレビジョンに、金髪碧眼の男が映し出されている。

 年の頃は20代半ばくらいか。

 男はスタジオらしき場所に誂えられたソファに座り、対面する番組の司会らしき女と言葉を交わしている。画面の端には、


『本日のゲスト

 アニェッロ自動人形店・人形ディーラー ジョーイ・アニェッロ氏』


 との文字。

 司会の女が質問やテーマとなる話題を投げかけ、それにゲストである男が答える、そういう形式の番組であるらしい。

 会話には予め台本があり、それに沿って進行しているのだろう。

 受け答えはごくスムーズに進んでいた。


「かの天才錬成技師ゼペット・コッローディ氏の手によって最初の《自動人形》が造り出されて以来、人形産業は急速に発展し、労働力、時にはパートナーとして、今や我々の生活に欠かせない存在となりました」


「しかし《自動人形》が浸透し始めた時期には、心無い所有者オーナーによる『人形虐待』が大きな社会問題にもなりましたね?」


「そうですね。人形には《三原則》と呼ばれる特別な機構が備わっていて、人間に危害を加える事ができません。これは、人間でいえば本能レベルの意識下に刻まれる非常に強い命令ですので、人形がそれに抗う事は正に本能的に、不可能なのです」


「それゆえ、人形に対する虐待が横行したわけですね?」


「そうです。かつて人間にもあった奴隷制のような――あるいはそれ以上に酷い扱いを、当時の人形たちは受けてきました。

 そんな折、我が国の人権派の人々の尽力により、人形に人間に準ずる人権を認める『人形保護法案』が国会に提出され、これが全会一致で可決されたわけです」


「それにより、人形の不当な扱いや不法投棄、密造に至るまでが厳しく取り締まられる事になったわけですね?」


「ええ。人形を所有する事自体にも重い責任が伴うようになりました。人形の身元引受人、いわば保護者の扱いになるわけですから、所有者は人形を保護する義務を負うことにもなったわけです」


「しかしそうなると、今度は人形による犯罪が増加しそうですが?」


「しかし実際には人形が事件を起こすことは極めて稀です。

 なぜなら、さっきお話した《三原則》は『人形保護法』施行も変わりなく人形に備わっているからです。

 とても皮肉な事に――」


 と、ジョーイは言葉を強調するかのように椅子に預けていた姿勢を前のめりに変えた。


「――『機能に不調を来たして暴走する人形』よりも、『精神に異常を来たして凶行に走る人間』の方が遥かに多いのです」


◆◇◆◇◆


『――『機能に不調を来たして暴走する人形』よりも、『精神に異常を来たして凶行に走る人間』の方が遥かに多いのです』


画面の中でジョーイが喋っているのを、葉巻を咥えた40代ほどに見える男が椅子に腰掛けて眺めている。

大きなデスクが設えられた、社長室かと思わせる部屋の大型テレビの画面だった。


「全く、お前はよくもこう口が回るものだな」


葉巻をくゆらせながら、男は傍らに立つ男にそう語りかける。


「まあ、台本通りに喋るだけのチョロい仕事ですよ」


そう答えたのは、いまテレビの中で人形について語っている男、ジョーイである。

番組はどうやら収録されたものだったらしく、彼は今それを葉巻の男と眺めていたのであった。その顔にはテレビ内の彼とは打って変わって、ヘラヘラと気の抜けた表情が浮かんでいる。


「テレビでこんな事を語っている男がまさか、自分の商品である人形を不法に横流ししてるとは、馬鹿な市民どもは思わんだろうよ」


「実際テレビに出るようになって仕事が随分とやりやすくなりましたよ。人心を掌握するにはイメージ戦略が重要ってのを実感しますねえ。ところでソニーさん」


「分かってる」


そう言って、ソニーと呼ばれた葉巻の男はデスクの上にクリップで止められた札束を投げた。


「先日の一件じゃお前の人形の働きは大したモンだった。こいつは報酬だ」


「金なんて結構ですよ。その代わり――」


「正式に俺達の組織ファミリーの一員になりてえって話か」


「ええ」


 ヴァラッキ・ファミリーは《首領ボス》を頂点としたピラミッド型の組織だ。

 首領の下に《副首領アンダーボス》がおり、その副首領が複数の幹部カポを束ねる。幹部それぞれの手足となって動き金を集めてきたり、時には荒事を担当するのが《兵隊ソルジャー》で、ここまでが組織の正式な一員と見做みなされる。

 ただし、実際にはこの兵隊の下に更に《従属者アソシエーテ》と呼ばれる構成員がいる。ここには《兵隊》と同等の仕事をしてはいるものの何らかの理由――例えば血統とか、まだ組織の一員として十分な力を持っていない等の理由により、正式なメンバーとは認められていないのがこの《従属者》となる。

 現在、ジョーイの身分はヴァラッキ・ファミリーの従属者アソシエーテという事になっている。


正直な所、ソニーはこのジョーイという若造を警戒していた。

5年程前、彼らの組織が違法人形ビジネスに手を出すようになってからつるむようになったのが、この男だった。その頃から彼はこの社会に裏の顔がある事を知っており、組織に対し積極的に法に能わない仕事を売り込んできた。例えば、法の保護を受けない――つまり、人形の人身売買といったことを、だ。ジョーイとの仕事で、組織はずいぶんと潤った。その貢献ぶりは組織の一員となるに既に充分であるといえる。そういう意味では組織に歓迎すべきではあるのだが、安易に気を許すべきではない、とも感じさせる何かが、この男にはある。

 確かに、この男がもたらす違法人形ビジネスが生み出す金は確かに魅力的だ。

 それだけでなく、先日の一件のように武力が必要な場合にも、この男がもたらす人形は好都合だ。

 尤も、それらも自身の地位を脅かす、獅子身中の虫となりかねない。ソニーはこの男がすぐに自身の地位を脅かす存在になるのではないか、と恐れているのである。

 とはいえ、そのビジネスの手腕に加え、先日、自身の命を狙った者どもを一掃してもらった借りもあったのでは、承諾せざるを得ない。


「分かった。話は通しておこう。だが組織に迎えるかどうかを決めるのは飽くまで首領ボスだ。もし駄目だったとしても、恨むなよ?」


 そう言いつつも、ジョーイは恐らく首領のお眼鏡に適うだろう――そうソニーは見ている。

 有能な人材を、競合相手より先に確保したいと考えているのは、裏表どの組織でも同じだ。


「ああそれと、お前の持つあの人形――あー……名前はなんて言ったか」


「ニコ」


「そうだ、そのニコを使う仕事ヤマがもう一つある。やれるか?」


「仰せのままに。あいつはいつでもすぐに動かせますから」


「よし。では詳細は追って連絡する」


「それじゃあ、また使が出たら、コッチ回しますんで。

 ファミリー加入の件、お願いしますよ」


 そう言って、ジョーイはその部屋を出ていった。

 

 「ふう――……」

 

 椅子に深く腰掛け、ソニーは大きく葉巻の煙を吐き出す。

 テレビの中のジョーイは、まだ饒舌に弁を振るっていた。

 この男の使うニコとかいう人形、いずれ競合組織であるヴェロネーゼ一家ファミリーやカミスキー一家ファミリーとやり合う時の切り札になるだろう。

 なぜなら、これらの組織も同様に、暴力装置としての人形を保持しているからだ。

 そうしてソニーはデスクの上の受話器を取って、何処かに電話をかけた。


「俺だ。例の件、《人形》が動かせる。準備をしておけ」


 それだけ言って、ソニーは通話を切った。

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