◆ オートマータ・ギャングスタ ◆

@rain96

◆ プロローグ ◆

「《人形》は、人間に害を及ぼしてはならない。」 

            - 人形工学三原則 第一条 -


 高層ビルの立ち並ぶ夜の街。

 そのビル街のひと気のない路地裏で、コートを着込んだ複数の男たちが煙草の煙を吹かせながらたむろしていた。

 皆、手に手に銃器を携えている。ドラムマガジン式の給弾機構を持つ短機関銃トミーガン。それは、これからこの場所で誰かが鉛の暴力に晒されるであろうことを意味していた。

 やがてそこに、一台の黒いキャデラックが現れた。


「来たぞ」

「あの情報屋、当たりだったな」


 それぞれに煙草を投げ捨て、男たちが周囲の物陰に身を隠す。

 ここ一帯を支配する《ヴェラッキ・ファミリー》の幹部カポであるビンス・“ソニー”・ケイが、木曜の夜に決まってこの違法酒場スピークイージーを利用する――おいそれと知られるはずのないこの情報を掴み、彼らはこの日、かねてよりの敵対者であったこの男ソニーを彼らの社会からすると決めたのだった。

 黒いキャデラックが路肩で停まり、ヘッドライトが消えた。それを合図としたかのように、男たちは物陰から堂々と姿を現し、手に持つ短機関銃をフロントガラスへ向けた。

 路地裏にトミーガン特有の軽快な乱射音が響き渡り、夜の闇が閃光マズルフラッシュで明滅する。鉛の雨でキャデラックのフロントガラスが粉々に砕け散り、ボンネットに幾層もの穴が穿たれる。前輪の両輪ともをズタズタに引き裂き破裂させるまで続いてからやっと、その雨は止んだ。


「もういい。確認しろ」


 リーダー格の男が顎で指図し、傍らにいた男が車に近づく。硝煙で白む視界の奥のキャデラックは酷い有様だった。社内の様子は外からは暗くてよく見えないが、運転手を含め、中に居た者に命があるとは思えない、そんな状態である。

 近づいた男の一人が運転席のドアを開ける。果たして、運転席にはハンドルに突っ伏した銀髪の黒服姿があった。


「おい、どうだ?」


さきほど指図した男が声をかけた。


「ソニーの野郎は乗ってねェ」

「なんだと?」

「どうやらハズレたみたいだぜ、兄貴……――ッ!?」


とその時、キャデラックを取り囲んでいた男たちは奇妙な光景を目にした。車内を確認していた男の体が、車の中にのだ。


「!?」


 男たちが一斉に、銃を構える。

 すると今度は、割れたフロントガラスの奥から、何か大きなものが勢いよく飛び出してきた。は勢いよく宙を舞った後、肉が潰れるような鈍い音を立てて地面に落下した。

 見ると、それはさきほど車に飲み込まれた仲間の男の体であった。首が異様な方向に捻じ曲がり、事切こときれている。


「ひいっ!?」


 あまりの出来事におののく男たちをよそに、車の中から、ゆらり、と人影が現れた。

 黒服に身を包んだ、小柄な男だった。

 運転席に突っ伏していた、銀髪の男――スーツ姿のために大人びて見えるが、よく見れば小柄な男というよりはである。

 その手に、にぶく光る何かを持っている。

 銃ではない。

 それは、街の機械工らが使用するような、工業用レンチだった。


「なんだコイツは……」


 悪い夢でも見ているかのような状況だった。

 これ以上ないくらいに蜂の巣にしてやったキャデラックから、標的ソニーの亡骸ではなく見知らぬ少年が現れたのだ。しかもその際、なにか途轍もない力でって仲間の一人をられている。


「ぅ撃てェッ!!」


 上擦うわずった叫び声と共に、少年へ向けて、銃弾の雨が浴びせかけられた。

 それに対し、銀髪の少年は、身を隠すでもなく、伏せるでもなく――身を低くして、銃口が火を吹く方向へと

 そうして、右手に持っていたレンチを無造作に振り下ろす。


「ぎゃあああッ!!」


 悲鳴と共に、男のうち一人の腕が、消失していた。

 尋常ではない勢いで振り下ろされたレンチの一撃が、男の腕を千切り飛ばしたのである。

 少年の作り上げた惨劇を前にして、リーダー格の男が目を見開く。

 銃弾の雨を受けても死なない。

 人間では考えられない異常な身体能力。


「こいつ――――《人形》だ!!」


 それから数分間、路地裏には男たちの叫び声と銃声、そして肉と骨のひしゃげる音が響き渡った。

 やがて、そんな音すらも消える。



「ふざけんなよ……なんで《人形》が……」


 仲間と自身による血溜まりの中で膝をつき、息も絶え絶えの声でリーダー格の男が少年に対峙していた。


「《人形》は……人間に手出しできねえハズだろう――」


ごしゃ、という音と共に、最後の男の言葉も、そこで途切れた。


◆◇◆◇◆


「全員、片付けた」


血と肉で飾り付けられた路地裏の光景の中で、銀髪の少年が携帯端末の向こうへと話しかける。幼い声色とは不釣り合いな程に落ち着いた、感情の込もらない声だった。


『そうか、よくやった。掃除屋の車を2台寄越よこす。お前はそのひとつで帰ってくるといい』


通話先で、男の声が答える。

こちらは低い大人の声で、少年に仕事に満悦したような感情が滲んでいる。


「わかった」


答えて、少年は通話を切る。

路地裏の僅かな光を受け、少年の紫色の双眸が、ぼう、ととぼった。

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