第4話 anything 伊豆 gone
永遠に続くかと思われた日常、その代わり映えのしない朝。いつものように洗面所で髭を剃り、鏡を眺めた時、老人は残された時間は少ないと自覚した。
過去に想いを馳せる。
少年期の太陽の眩しさ、風の臭い。
青年期の燃える恋、夜の闇の心地良さ。
中年期の円熟した人生の収穫。隣に残る人の温もり。
そんなものは自分にあっただろうか?
写真もろくに残っていない。手元にあるのはひび割れたマグカップと少額が記された通帳。
思い出。全てが無に帰するとしても、無に帰するからこそ人はその個をアイデンティファイさせる記憶を求める。
その行為こそが人生の目的とさえ言う人もいる。
思い出せない。
人間は死の恐怖から逃れるため自らの認知力を低下させる。神からのギフト。忘れること。
老いとともに幸せな記憶さえも忘れてしまう。皮肉なことだ。
隣の空き地で猫が鳴いている。
何をすべきか?何をなすべきか?
残された時間で選ぶこと。鳴くこと。決めること。
猫は全てを教えてくれる。
老人よ、書を捨て旅に出よう。
リュックサックを背負って。アンパンを詰め込んで。水筒にはミネラルたっぷり麦茶。父さんが残した熱き想いを胸に。
とりあえず近場で。
高尾山にGO
熱海にGO
太宰府天満宮にGO
電車でGOGOGO!
いや違う。ウイスキーの空き瓶で誰かの頭を殴りたくなる。
誰の?自分の。
狂おしいほどモーニンググローリー。今すぐゲッダウンメイクラブ。しかるべき後にホーミタイ。
太陽を崇めよ。そう我はメシア。
痴呆老人は旅に出る。かつて見た光溢れる景色を求めて。
雑魚乙 羊 @sheep33336
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