第11話 それぞれの思い
瞳は友里子、冬美、誠子の三人を呼び出した。家族連れもまばらで人の少ない平日の公園を瞳は選んでいた。
「すみません。こんなところに呼び出して」
「いいえ、何かしら」
少し緊張した顔をした友里子が答えた。冬美も誠子も黙っている。
「明日香さんの件ですが、事故死として処理されました」
「そうなの」
誰も感情を表さなかった。
「でも、私はそうは思っていません」
「どう思っているのかしら?」
「ここにいる三人が殺した、と」
「はっきり言うわね。警察の見解と違うことを口にしていいのかしら、刑事さんが」
「はい、絶対にしてはいけないことです。でも、皆さんには聞いていただきたくて」
「あなたが正しいことを証明したいのかしら」
「そうです。私は真相を知りたいのです」
「真相ね。それは誰にもわからないのかもしれないわね」
「どういうことですか?」
あたかも友里子と瞳が二人だけで対決をしているようだった。
「確かに、私は明日香を殺したいと思ったわ。でも、何もしていないの」
「でも、三人でホームパーティーをしようと企画をしたのはあなたですよね」
「明日香が言い出したことよ」
「冬美さんと誠子さんを誘ったのはあなたではないのですか?」
「いいえ、昔の仲間を集めてホームパーティーがしたいと言い出したのは、明日香よ」
友里子はきっぱりと言い切った。
「そうよ。明日香が言い出したのよ。それは間違いないわ」
誠子が友里子を援護した。
「でも、友里子さんや冬美さんはそういうのは好きではなかったのでは」
「そうね。でもあまりにも執拗に誘われたから、断るのも面倒くさくなって参加したのよ」
冬美は必死の形相で言ってきた。
「明日香さんの過去を調べました。高校生の時、いじめの主犯格であったことや会員制の旅行会社の詐欺の件、そして今はホストクラブにお客を送り込む役回りをしていたこと。それ等が原因で多くの人が亡くなっていることを。そしてそれ以外でも殺されて当然な悪行が沢山出てきました」
「そうなの。私たちは良くは知らないわ」
「知っているはずです。そこも調べてあります」
「そうだとしても、殺したりはしないわ。それに、どうやって殺したのかしら?」
「それは・・・違法ドラッグを飲ませて・・・」
「どこでその違法ドラッグとやらを手に入れるのよ」
「そうですが・・・」
「本当に私たちは何もしていないのよ。さっきも言ったけれど、殺したいと思ったことはあるわ。でも、何もしていないし、しようともしなかったの。私たちが殺したという証拠でもあるのなら、ここで見せなさいよ」
「それは・・・」
「何もないはずよ。本当に何もしていないのだから」
「でも、私は本当のことが・・・」
「本当のことって何かしら?私たちが殺しましたと言えば、あなたは納得するの?」
「それが本当かどうかをどうやって証明するの?」
「あなたたちから本当のことが聞けたらと思って・・・」
瞳の声は小さくなっていた。瞳はただ本当に真相が知りたいだけだった。この三人を法的に罰することはできない。だが、真実を語ってくれることを期待していた。
「確かに、私たちが殺したのかもしれないわね」
「えっ?」
「高校生の時、明日香に注意ができていれば、20代の時も、友達として詐欺なんかを働いてはダメだってちゃんと意見をしていれば・・・、でも、私は彼女を無視し続けてしまった。彼女からの一方的な連絡を疎んじるばかりだった」
「もしかしたら彼女は自分を止めて欲しかったから私や友里子に連絡をし続けたのかもしれないわね」
友里子の言葉を冬美が補足していた。
「私なんて一緒にいる時間が長かったのにあおるばかりだったかもしれない。私も明日香と同罪かも・・・」
「そんなことはないわよ。誠子がいたから明日香は寂しくなかったはずよ」
瞳の携帯電話のバイブル音が会話を中断させていた。
「すみません。電話に出ます。はい・・・えっ、はい、わかりました」
瞳は茫然とした顔をしていた。
「ホストが違法ドラッグで捕まりました。明日香さんの携帯を所持していて・・・そこに、遺書があったそうです」
「えっ、遺書?」
三人とも心底驚いた顔をしていた。芝居ではないようだった。
「携帯電話に遺書だなんて、誰かが仕組んだのではないの?」
「ロックがかかっていて捕まったホストも解除できなかったそうですから、それはないのかと」
瞳は自分が何をしていたのだろうかと放心状態になっていた。何のために、誰のために捜査をしたのだろうか。ただの自己満足でしかなかったのか。ここ数日の努力が徒労に終わったことを突き付けられただけだった。
瞳は三人を残して、先に一人で公園を後にしていた。
「遺書って・・・」
冬美が友里子に駆け寄った。
「全て私の計算通りよ」
「えっ、どういうこと?」
友里子の言葉に誠子は頷く。
「誠子は知っていたの?」
「ええ、明日香の口癖は『死にたい』だったから、それを携帯電話のメモにいつも入れていたのよ」
「それで・・・」
「そう、だから本当はあのホストが携帯電話を持ち出さなければ、あの刑事さんにも私たちは目を付けられなかったはずなのにね」
友里子は力なく言ったが、それほど後悔をしているようには見えなかった。
「これでもう終わったのね」
誠子が力なく言った。
「ええ、これで明日香のお母さんに報告ができるわ」
冬美の声は晴れやかだった。
「これで良かったのよね」
誠子が弱気な声を出す。
「そうよ。それに私たちは本当に何もしていないのだから。あの晩私たちは結局、何もできなかったのだから」
「そう。明日香のお母さんから預かった薬は全部トイレに流したわ」
「そうよね。私たちが罪悪感を持つことはないわよね」
誠子が必死で二人に問いただす。
「ええ、大丈夫。誠子はもうこのことを忘れてご主人の看病に専念するのよ。お子さんたちとの時間も大切にしながら」
「うん、ありがとう」
三人は公園から駅へと続くなだらかな坂道をゆっくりと歩いた。駅の建物に入ると、誠子は近くの改札を通りご主人の待つ病院へと向かった。二人は地下鉄の改札を目指して再び歩き出した。
「私は少しだけ薬を明日香のコップに入れたわ」
「私もよ」
冬美の告白に友里子も同じ告白で返した。
「やっぱりそうだと思った」
「私も」
「誠子は知らなくていいのよね」
「そう、あの子は知ってはいけないの」
「でも、明日香は本当に死にたかったのかもしれないわね」
「うん、でも・・・死にたいけれど、死にたくない。それって誰もが思っていることじゃない」
「そうね。これで良かったのよね」
「うん、私は後悔していないわ。明日香のお母さんの願いも叶えることができたし、ルミの無念や他に明日香が原因で亡くなった人たちの思いを遂げることができたのだから」
近くの柱の陰から瞳が二人の前に突然現れた。
「ごめんなさい。聞かせていただきました」
瞳は二人に深々と頭を下げた。
「気付いていたわよ」
友里子が穏やかに笑みを浮かべながら言った。冬美もわかっていたという顔をしている。
「どうして?」
「あなたには事実をお話ししないといけないと思ったの。でも、誠子はこの事実に耐えられないから」
「そうだったのですね。でも、本当の事実はわかりません。だって、明日香さんが使用した薬物の量は尋常ではなかったのですから」
「えっ、そうなの?」
「はい、数回分を服用されていました。お二人が飲み物に混入したぐらいではすまないはずです」
「嘘・・・」
「それに、一緒にいたホストの証言では、彼が寝てしまう前まで、午前2時過ぎらしいのですが、それまでは元気だったということです。その後に自分で服用したのではないかというのが警察の見解です」
「そう」
「本当にすみませんでした。でも、私は皆さんと出会えて・・・」
「何よ。勉強にでもなったのかしら」
友里子が笑って瞳の言葉の続きを言った。
「そうね。女のそれぞれの人生を垣間見て楽しかったってことじゃない」
冬美も悪戯っ子のような顔で言った。瞳は何も答えられなかった。
それぞれの殺意 たかしま りえ @reafmoon
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