第8話

身体中が痛かった。しかし、幸いに骨折などはしていなかった。俺は電車に轢かれはしなかったそうだ。ギリギリで非常停止ボタンが押され、電車が止まったそうだ。それでもホームのあの高さから落ち、頭をぶつけたため意識を失っていたそうだ。落ちる時に生物的な本能で、背中のギターをクッションにしようと思ったのだろう。僕は背中から落ち、ギターはボロボロになった。しかし、そのおかげで骨折などはせずに済んだ。


病院を出て、まずリサイクルショップに走った。病院が土地勘のある場所にあってよかった。


リサイクルショップにつき、八〇〇〇円の中古のアコギを買った。痛い出費だ。それでも構わない。店員は病衣を着ている客に明らかに怪しむ目線をしていたが、それでもお金を出してくれる客を逃さない。結局何事もなく売ってくれた。


痛む身体で、アコギを持って走るのは辛かったが俺は走り続け、ついに駅に着いた。


俺は二週間も寝ていたのだ。火曜と金曜にやっている路上ライブに、三回も出られなかったことになる。だから彼女はいないかもしれないと思っていた。


しかし、そこに彼女はいた。俺は彼女のもとに走り込み、言った。


「路上ライブ始めます」


彼女は驚いた顔をしていた。俺は構わずに続けようとする。


「大丈夫ですか?」


 彼女が言った。病衣を見たからだろう。


「大丈夫」


 彼女は疑うような顔をしていたが、やがて吹っ切れたように「もう来ないと思っていました」と言った。


「ごめんなさい。色々あって。でもまた歌が歌える。ずっと言ってませんでした。いや、言ってはいたけど、本当の意味では言ってなかった」


 感情が混じり、敬語が所々落ちてしまう。内容もめちゃくちゃだった。


「何ですか? 急に」


彼女が楽しそうにいう。


「ありがとう。来てくれて。待っててくれて。あなたがいてくれたから俺は頑張れた。本当にありがとう」


「本当に急に何ですか。恥ずかしいじゃないですか。でも嬉しいです。春樹さんがやっと目を見てくれたから」


彼女はずっと俺の目を見つめていた。俺は彼女に聞いた。


「お名前はなんていうんですか?」


「ゆづきです。橋本ゆづきです」


「そうか。ゆづきさん。今日はあなたのために弾きます」


言ってすぐに恥ずかしくなった。ゆづきさんもうつむいていた。俺は前の言葉をかき消すように曲を始めることにした。ゆづきさんが気に入ってくれているあの曲だ。


「じゃあ、俺の終わりで始まりの曲。弾きます」


Cコードを鳴らし、歌い始める。目の前のゆづきさんはリズムに乗って楽しげに揺れている。


空を仰いだ。黒に近い、深い深い青だった。それでもどこまでも続いているように見えた。ふいに、その空に見つめられているような気がして目を背けた。悪い視線ではなかった。あたたかいものだった。


駅前にギターと俺の声が鳴り響く。この歌がどこまでもどこまでも遠くへ届いていくような気がした。


(完)

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駅前路上ライブ、アコギ一つ。 矢凪祐人 @Monokuro_Rekishi

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