転生前に、言語設定ちゃんと済ませましたか?

ちびまるフォイ

お住まいの国はアラビアですか?

「ついに手に入れたぞ! ベータテスターパス!!」


全世界で注目が集まっている新作RPG。

そのベータテストに合格するのは宝塚歌劇団に入学するよりも難しい。


ウキウキでベータテスト開始と同時にゲームに接続。

そのとき、目もくらむような光に包まれた。


「うああああーー!」


目が覚めたときにはついさっきまで画面で見ていたゲームの世界。

自分がゲーム世界に越境したという事実に気づくまで0.2秒もかからなかった。

なにせ親の顔より見覚えのある流れだからだ。


「来てしまったのか……ゲームの世界に」


これから世界を救うと言う名目で、

自分の力をふりかざし、褒めちぎられ続ける

承認欲求の楽園みたいな生活が待っているかと思うと顔がゆるんでしまう。


「む!? 女性の声!」


チュートリアルイベントなのか町の裏路地でガラの悪い男に囲まれる女性。

男どもは消し炭にしても正義警察から怒られないくらいわかりやすい悪人面をしていてる。


「さて……見せてやるとするか、俺の力を!」


おしゃれな倒置法でカッコつけると、高らかに叫んだ。


「ステータスオープン!」



ーーーーーーーーーーー

الهجوم

الدفاع

سرعه

سحر

اللياقة البدنية

السحر الدفاع

الاصول

الأمل في الغد

تقنيات الترجمة

ーーーーーーーーーーー


一瞬、眠たいときに板書した自分の学習ノートかと思った。


なぜアラビア語が出ているのか。

その疑問の答えはベータテストの最初にあった。


「あっ……言語設定間違えた……」


ゲーム開始前にある言語設定。

アラビア語は「あ行」なので真っ先に初期設定されている。

ゲームを始めたくて急いだために言語設定を直さないまま開始し、そのうえゲームへと移送。


結果として、アラビア語転生という形になってしまった。


「هل يمكن لأحد أن يساعدني؟」


「هي، أخت، لا أحد يأتي للمساعدة.」

「لنفعل أشياء شقية معنا」



「……うわ、なに言っているか全然わからない」


言葉の壁はこれほど冒険心を削ぎ落とすのかと感心するほど、

つい数秒までに持っていた虫取り少年のようなキラキラは失われていた。


魔法詠唱もアラビア語なので何もわからない。

とりあえず大きな音を立てて族を追っ払うことに成功。


「شكرا جزيلا. دعني أفعل شيئاً لأشكرك」


「うん……うん……そうだね……」


助けられた女性は懸命になにか訴えるが、全くわからない。


美しく長い髪にセクシーな体つき。あどけない顔に従順的な性格。

男性の要望を煮詰めて形にしたような女性。


今にもロマンスの神様が背中を押してくれそうな状況なのに、

口から流れてくる聞き馴染みのない言葉が自分の心を冷めさせた。


「ماذا يحدث؟?」


「あーー……大丈夫です、はい……」


しつこいセールスを断るかのごとくその場を後にした。


それからも何らか言語を理解するチートがあるだろうと、

自分のステータスをチェックしてみるもそれらしいものはない。


というか、この世界の表示物はすべてアラビア語になっているので何がなんだかわからない。


クエストも受けられなければ、薬草ひとつ変えやしない。


「もう帰りたい……」


夢を見て上京したあとホームシックになる大学生かのごとく、

思い描いていた理想と現実とのギャップに苦しんでいた。


「せめて言語設定を戻していれば……」


いまごろは自分の特徴を把握し、周りの人を巻き込みながら

リーダーシップを発揮してぶいぶい言わせていたにちがいない。


言語設定さえ戻せればーー。


「待てよ? 外の世界の人なら言語設定直せるんじゃないか」


言語設定をはじめとした様々な設定はゲーム内からは変更できない。

けれどゲーム外つまり現実世界からなら変更できる。


現実世界にいる誰かがこのゲームの言語設定を変えさえすれば。


「これにかけるしかない!!」


この世界の言語を理解する可能性を諦め、地面に大きな日本語を書いた。

【言語設定を日本越しにしてくれ】と。


それはまるで無人島に取り残された人間が浜辺に文字を書くようなものだった。

外の世界にいる誰かが、たまたまつけっぱなしの画面を見てこのメッセージに気づいてくれる。


その可能性にすがるしかなかった。



それらしい動きがないまま時間が過ぎた。


「だめか……」


思えば、ひとり暮らしの男性の部屋にはいる人間なんて誰もいない。

孤独死を疑った大家さんが立ち入ったところで、このメッセージに気づくかどうか。

気づいたとしてもゲームにうとい中高年が言語設定をするなんて可能性は低いだろう。


「こんなのうまくいきっこなかったんだ……」


諦めて立ち去ろうとしたとき、町の清掃おじさんが通りかかった。


「君。こんなところに落書きするんじゃないよ」


「あごめんなさい」


「きれいにしてから帰りな」


「はい……すみませ……んん!?」


「なんだね。私の顔になにかついとるかね」


「アラビア語じゃない!! 言語設定が日本語になってる!!」


それは神様のいたずらか大家さんの神対応か。

いずれにせよすべての言語設定が日本語になっていた。


これで言葉が通じないことで諦めていたあらゆる冒険もはじめられる。

その旅路に苦難がないようにとステータスはぶっ飛んだ値になっている。

夢にまでに見た環境がついに整った。


「これで冒険ができるぞーー!!」


諦めていた冒険心を奮い立たせて冒険へと勇み出た。

すると、第一村人が助けをもとめてやってきた。


「エンケドラム山のアンクロメンティエンシェントドラゴンが

 ラグナロクの刻にアルケイオスしてしまうわ!

 はやく、安らぎの楽園サンパレスに君臨せしガンヴァール鉱石を

 ガティート族から奪取しマカ=ラニの祭壇へムジバルヘイムルして!」






「まだアラビア語、直ってないのか……」


ふたたび冒険の旅路は遠のいていった。

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