初詣デートは思い出の場所で。

榊原モンショー@転生エルフ12/23発売

第1話

 1月1日。あっという間に過ぎ去った2016年と入れ替わり、2017年はやって来た。


 朝の8時20分に佐伯駅の釣り人像前に集合という約束だったのだが、俺は何を張りきったのか7時50分にはその像の前に立っていた。

 薄汚れた青銅の釣り人の腕には、俺たち通行人にも分かりやすいように少し大きめの懐中時計が動いている。まだ8時3分。待ち合わせ時間には程遠かった。

 駅近くの牛丼屋、うどん屋、ラーメン屋。そこに入っていくスーツ姿の会社員、ファミレスに入っていく親子連れ、喫茶店に向かうカップル。正月の過ごし方は十人十色のようだ。

 藍色のコートを着込み、背中には肩甲骨の間に、そして腰に一つずつ貼るカイロを装着。寒さ対策も万全。


 白い吐息が空中に霧散してく。

 ふーっと遊ぶように口を尖らせて空に向かって息を吐けば、まるで蒸気機関車のように空高く白い蒸気が舞い上がっていった。


「あ、ハヤトだ。やっほ~……って、早いね。いつからいたの?」


 ふと、声のした方向に身体を向けるとそこには一人の少女が手を振ってこちらへ向かっていた。

 俺はもう一度時計を見て、8時5分であることを確かめながら「5分前くらいだなぁ」と投げやりに答えてみた。


「こういうときは男の方は時間ぎりぎりに来るもんじゃないの? ほら、『ごめんごめん、どのくらい待った?』『今来たとこだよー』って。……何なら今から家に帰ってもう一度出てきても良いんだよ?」


「んな面倒くさいことするか……」


 そんないつも通りの軽口を叩きながら挑発的な笑みを浮かべるその少女――明佳あすかは真っすぐに俺の方へと向き直った。

 ピンク色のコートに身を包み、耳当てを装着。ネックウォーマーは口元も覆っているために、白い吐息が漏れているのが垣間見える。

 背中の分厚いコートには、肩まで伸びた黒く艶のある髪がかかっていた。


「……んじゃ、行くか」


「うん、そだね」


 お互い、手袋は嵌めていなかった。


「--ん」


 俺は青い空を見上げて右手を、明佳の隣に差し出した。

 差し出された手を、きゅっと小さく握り返して明佳は意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ふふ……明けましておめでとう、ハヤト。さて、さっそくですが、問題です」


 不敵に笑う明佳の頬は微妙に紅潮していた。

 自然と明佳の左手を握る右手が熱くなっているのを感じる。


「今日は、何の日でしょう」


 その問いに、簡単に「元旦だろ?」とでも答えてしまえば、殴られてしまうかも――。

 そんなくだらないことを考えながら、明佳の艶がかった口を一瞥して、呟いた。


「付き合い始めてから、3年目……だな」


「おっ、正解~」


「1年で一番分かりやすくて助かるな」


「誰かさんが唐突に告白してきたときは、驚いたよ? あれ受験前だったんだからね?」


「その告白受けた誰かさんも誰かさんだろ」


 俺たちは、それからあまり話すことはなかった。


 3年前の1月1日、俺たちは付き合い始めた。発端はどうだっただろうか。


 こっちから一方的に知っていた中学1年の時は、明佳に声をかけることは出来なかった。

 

 中学3年の頃に知り合って、それから同じ高校を受験するから、と言って一年間共に受験勉強をした。

 来たる1月1日、合格祈願の為にここを初めて訪れた際に、唐突に俺は告白をしてしまったんだろう。

 何故受験直前に。何故唐突に。相手に迷惑を掛けることは考えていなかったのか。

 そんなことを全て忘れ去って出た一言だったと思う。

 だがそれ以上に、明佳が俺の告白を了承し、一緒の高校に通い、こうして高3の冬にもまた二人で初詣に行けることは何より幸せだった。


「初めの頃も、こんな感じだったもんな」


「……そだね」


「大学受験、上手くいくといいな」


「一緒の大学ライフ送れるといいね……」


「今年は合格祈願もしなきゃな」


 俺たちは手をぎゅっと握る。

 それはどちらから行う、というでもなく、自然に。

 俺と明佳は人込みに流されるようにして神社へと向かう。

 佐伯駅から西に徒歩4分。そこにあるのがこの地域での最大手神社である、金城孔明神社。

 様々な出店が立ち並び、はたまた老若男女の参拝客。参拝するために並ぶ人々で出来た行列は200メートルは下らないだろう。


「バイト代も稼げたしな。おみくじでも、食いたいもんでも。今日は俺が持とう」


 俺は胸をドンと叩いた。ふふふ……この日のために俺は勉強の合間を縫って少しだけバイトをしたのだ。

 冬休みの5日間という短期のバイトではあったが……それでも、受験勉強と並行して行うのは大変だったな。


「いいや……今日は別の神社行きたい」


「……はい?」


 突然の明佳の宣言に、俺は思わず面食らってしまった。


「いこ、ハヤト!」


「え……ちょ、待っ……?」


「いいから、いいから!」


 明佳は俺の右手を掴んだまま、人込みに逆流して金城孔明神社とは真反対の方向へと歩みを進めていく。


「私たちにとっての神様は、あそこじゃないでしょ?」


 意地悪そうな顔で明佳は、人差し指を口元に宛てて不敵にほほ笑んだ。


○○○


「……ここは……」


「やっと、思い出した?」


 小走りだったために、俺たちの息は切れていた。金城孔明神社側には出店や人、鐘の音などの喧騒が聞こえてきていたが、ここはかつてないほどに閑散としていた。

 佐伯駅から東に徒歩15分。小走りだったために10分弱だっただろうか。


「……あぁ、確かに……俺たちの神様は、ここにいる……。そういうことかよ……ったく……」


 その寂れた神社の名前は、宗堂神社。

 2年前だっただろうか。金城孔明神社がこの地に新たに誕生し、目玉スポットとして推され始めた頃からこの神社は扱われなくなっていた。

 人のいない神社。賽銭箱と、おみくじだけが申し訳程度に置かれた閑散とした神社。

 辺りはツタで覆われている上に、窓ガラスの奥には蜘蛛の巣が張っている。


「にしても、寂しいな。新しい神社が出来たからって、ここまで見捨てられるもんかね」


 俺の呟きに、明佳は「私の友達も、皆向こうに行っちゃったよ」と力なく答えた。


「学問成就で有名なんだってね、金城孔明神社。学校の先生も、塾の先生も……。それでも、私にとっての神様は、ここなんだ」


 小さな賽銭箱の前で明佳は碧い空を見上げた。雲一つない、綺麗な空だ。

 木々が生い茂り、小鳥が囀る。2つの石神の銅像下には水溜まりがある。


「……ねぇ、ハヤト」


「……どした?」


「あの時のこと、もう一回……言ってよ」


「……はぁ!? 嫌だよ恥ずかしい!」


「……いいから。やってよ」


 この宗堂神社は俺たちにとっての始まりの場所だった。

 昔はもう少し大きかった賽銭箱と、数々に並ぶ出店。そんな中で、神様の前で俺は明佳に告げたのだった。

 だが、明佳のその表情には有無を言わせぬ何かがある。それに抗うことも出来ず、やるならやってしまえの精神で俺は心を決めた。

 

「……明佳さん。俺はずっと、あなたのことが好きでした」


「……」


 明佳は何も答えない。それは3年前の今日と全く同じ表情だった。


「あなたと一緒に勉強をして、あなたと一緒にたくさん話して……。そんなあなたと一緒の学校に行って、もっと……もっと、もっと、一緒に話したい。だから、俺と……俺と、付き合ってください!」


 枯れた葉っぱが、俺の目の前にはらりと落ちた。

 明佳は、やはり3年前と同じように小さくこくりと頷いた。


「--はいっ」


 当時から、明佳の俺に対する好意は伝わっていなかったわけじゃない。それでもやはり、こういった場面では男から告白するのがセオリーってものだろう。


「じゃぁ、私から」


 ふと、3年前とは違う言葉が明佳の口から飛び出した。


「この3年間、私はハヤトと一緒に過ごせてすっごく楽しかった」


「……?」


 確か3年前は、そのままお互いが恥ずかしくなってその場で別れてしまった思い出がある。

 まともに話せるようになったのは三が日が終わった時だったような……。

 今考えてみれば俺も相当な臆病者だったと思う。

 そんな中でも、明佳は続ける。


「一緒に勉強して、一緒に遊んで。一緒にたくさんお話して……。毎日、毎日がぜーんぶ、ぜーんぶ楽しかった。だから――」


 一呼吸おいて、明佳はネックウォーマーを首元に下げた。


「そんなハヤトが、昔も、今も――大好きです。一そんなあなたと一緒の学校に行って、もっと……もっと、もっと、一緒に話したい。だから、私と、付き合ってください!」


 また意地の悪いことを――と、俺は突っ込むことは出来なかった。

 明佳の表情は、この冷たい外気を暖かく包むことが出来るほどに紅潮していたからだ。

 あの時、俺はその場で居た堪れなくなって、曖昧になって、お互いバイバイをしたんだ。

 だが、それではいけない。それじゃぁ、なんにも進歩していない。

 自然と足が動いていた。明佳との距離が徐々に近くなる。


「……はい」


 俺は明佳をぎゅっと抱き締める。コートの上からでも伝わるその熱量は、俺たちを温かく包んでくれていた。


「一緒の大学行こう、明佳」


「また大学でもよろしくね、ハヤト」


「……もちろんだ」


 受験を10数日後に控える中、俺たちは寂れた神社の中心で互いを抱きしめ続けていた。

 大学でも明佳と楽しい日々を過ごすことが出来ると、そう信じて――。

 

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