【Ⅱ】—1 仇敵
エルティで作戦会議と隊の再編成を行った後僅かな休息を取り、一日半かけてユウラら北支部祠防衛隊はリュブレ村に到着した。司には残ってもらって、ではあるが――こんなときでも、大精霊の管理を止めるわけにはいかない——村民たちに隣町への退避を促し、現在戦闘準備を整えている最中にある。
——信じて待っているよ。美味しい食事を、たんと用意しておくからね。
不安げな顔一つせずに見送ってくれたノタナの言葉は、あれから何度もユウラの頭の中で繰り返されていた。言いたいことは他にもあっただろうに、全て我慢してそれだけを伝えてくれた彼女のためにも、生きて戻らなければならない。
兵の総数は、およそ八百。まだいくらかは増やせたが、祠周辺は狭くあまり兵を置きすぎると逆に動きづらくなる。中央で副長とも相談の上、この数に絞ることが最善だと判断した。
「ユウラ、簡単に四方に石垣は作っておいたよ」
「ありがとう。弓兵と呪使いの半数はその内側に展開させて」
「うん」
祠は元々戦を想定して作られておらず、防衛機能は皆無と言えた。そこにテイトが呪で手を加えてくれたことで、最低限の状態にまではなっている。後は手作業になるが、櫓を立てればそれなりに様になるはずだ。その作業も既に完成が見えてきている。
連れて来たのは北支部の精鋭ばかりだ。セトとランテがいないという大きな穴はあるが、それ以外は北支部の最高戦力が集っていると言って差し支えないだろう。ユウラが細かな指示を出さずとも小隊長らが各部隊をまとめ、必要な施設の建設や連携の確認などが無駄なく行われている。それを見ているだけで励まされる思いだった。
空を見上げる。星がちらつき始めていた。もう夜と呼べる頃合いだ。
「ユウラ、何か——」
テイトのその声が、兆しとなった。
「総員、持ち場へ!」
迸る光を目の端に捉えた瞬間にユウラは声を張った。早すぎる。進軍もなしにこうも突然攻め入ることができるなんて。続けざまに頭に響いた声を首を振って追い出す。戦が始まる。思考を散らす余裕などありはしない。今はただ、目の前の戦いに集中しなくては。それに、全て想定の範囲内のことではある。落ち着け。ペースを乱した心臓を叱咤するように、一度だけ胸を叩いた。いつものように槍を構えれば、自然と平常心が帰ってくる。
「結界班、すぐに張って」
大精霊の傍には司たちがいる。張られた結界の内側で震えるネーテと彼女を支える父親の姿を見つけて、ユウラは槍を握り直した。
——本当ならネーテを逃がしたい。しかしネーテは今や村一の呪使いです。ネーテだけは外せないんです。ですからどうか、よろしくお願いします。
ネーテの父親は悲痛な顔でそう言っていた。この結界を突破はさせない。自身が最後の砦となるように陣取る。最も周囲を見渡しやすいここが、総指揮官たる自分の立ち位置だ。
やたらと明るいだけだった光が、あちこちに集結し始めて人型を模っていく。それらは軒並み同じ体格をしていた。シュアが【光の子】と呼んでいたクスターの複製たちだろう。強いということは聞いている。
「指示通りに。決して死なないこと!」
北支部で行った作戦会議では、幾つかのパターンを想定して、それら全てで選ぶべき策を打ち合わせていた。ゆえに、指示は残らず既にし終えている。これからなすべきことは、冷静に戦局を見極め都度必要なフォローをすることと、兵たちの手に負えない難敵が出て来たときには、自ら相手をすることだ。
全員同じ顔をした敵兵らは、揃って薄ら笑いをしながら姿を現した。皆、武器を持っていない。戦い方もクスターと同じならば——おそらくそうだ——徒手と呪を使うという。肉体を都合よく作り変えでもしているのか、外見からは考えられない筋力を持つとか。
戦闘が始まる。ざっと見渡しただけだが、敵の数はおよそ八十ほどだ。ベイデルハルクに連れられて見た、光の子らが詰め込まれていたあの場所はさほど広くなく、必然中にいた者の数も途方もないほどと言えるほどではなかった。大陸中央での決戦も残している以上、それほどの人数は出せないだろうとセトは言っていたが、その通りだ。単純計算で十対一で立ち向かえる。
北の兵の十。実戦部隊の人間に対し、兵が何人いれば太刀打ちできるかという訓練を行ったことがある。北の兵の十という数は、セトやアージェともそれなりに良い勝負ができる数だ。訓練と実践という場の違いはあれども、後れを取ることはないと信じている。
「一人! やはり致命傷を与えれば消える!」
右手で北の兵の声が上がる。視線を遣れば、ちょうど人型の光が霧散するところだった。頷く。造り物でも、死は生者と同じように与えられると聞いていた通りだ。
そのときだった。ぞわりと肌が粟立ったことで、ユウラはそれを予感した。思考より先に足が動く。半歩身を引いて、構え直した槍を振り被る。
「やりますね」
しかしその槍は、出現した敵を——敵将を捕らえるには至らなかった。何かに阻まれたからだ。視線だけを移して確認する。像、だろうか。まだあどけなさを残す少女を模した像——
意図せず腕に力が加わったのを、ユウラは自覚した。軋む石像はやがて傾き始める。それが倒れるより先に、一歩踏み出した。突きでいい。今、己を動かしているのは紛れもなく殺意だった。
が。
「挨拶ぐらいさせてください」
再び前方に現れた像が、ユウラの槍を受け止めた。肉を穿つつもりで放った渾身の突きの威力が、そのまま返ってきて指から腕へと駆け抜ける。思わず顔をしかめた。
「この度聖者の位を賜りました、ソニモ=デワーヌと申します。よき戦いにしましょう。北の副長副官、及び実戦部隊副隊長ユウラ殿」
個性のない顔。初見の印象は、今後とも覆ることなどないだろう。眉も目も鼻も口も、そして輪郭さえも、何一つ記憶に残る気がしなかった。どこにも特徴が存在しないからだ。それだけに怖気が走った。こんなどこにでもいるような男が、世間に混ざって生きながら、妹や他の少女たちを地獄に突き落としたのか。
頭や目は冷えていて淡々と情報を蓄えていく一方、腹と腕は滾っている。腕には今なお痺れが残っていたが、柄に伝わる力は常の数倍はありそうなものだ。この男が、この男が、ユイカを。
「これから死ぬ奴の挨拶なんて、いらないわ」
言葉と同時に薙いだ槍によって、またしても石像は倒される。その上を飛び越えて槍を返すように振り上げたが、障害物のせいで軌道が読みやすかったか、余裕を持って避けられた。
「そう仰らず。私はあなたの手の内は既に知っているのです。こちらも明かしておかなければ、フェアではないでしょう?」
言いつつ、ソニモは両手を広げた。四つの少女型の像が彼を取り囲むように現れる。
「こちらは、私の天使たちで、私と一緒に戦ってくれる戦友たちでもあります。ああ、もちろん他にもまだまだいますよ。全部で七十一人です。ご紹介しましょうか?」
少女像は、どれもがきらきらとした色違いの光沢を放っている。宝石の類と思しい。硬度があり、ユウラの突きでも多少削れた程度だ。
一息ついた。ソニモの肩越しに戦況を見る。一進一退の攻防が続いている。この男に手出しをさせるわけにはいかない。感情と思考がしっかりと切り離されていることに安堵しながら、ユウラは一つ選択する。
一対一で、この男を倒す。
「テイト、指揮を一時委ねさせて」
「でも、ユウラ——」
「大丈夫。あたしは落ち着いているわよ」
黙ってユウラを見つめてから、テイトは最初に頷いた。
「分かった。でも、なら、全体を見て必要だと思ったら手を貸すからね」
「ええ、そうして。ありがとう」
テイトの指揮能力は申し分ない。何も不安はなかった。それきり振り返るのはやめて、ユウラは仇敵だけを目に留めた。
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