【Ⅵ】—2 昇華

「イアエンを抱き込んでいたのでしょう? 全く、抜け目のない方だ。いつ接触したのやら」


 会議が終わると導師らは続々と退席していったが、最後まで残っていたノベリはランテたちのところに歩み寄ると、出し抜けにそんなことを言った。セトは何食わぬ顔で「何の話でしょうか」と切り返したが、その返事にはお構いなしで、やや興奮した様子で話を続ける。


「イアエンは道化が上手いし、金の匂いが好きですからね。一見反対派のようでしたが、彼の発言から風向きが変わりました。私は結果に満足していますから、あなたのやり方についてとやかく言うつもりはありませんよ。それにあなたの性格上、おそらく弱みを作るような交渉はしていらっしゃらないでしょう。大導師も黙認するようですしね。……ああ、何はともあれ、超越の呪に触れられるのが楽しみでなりません。研究員の一人として私が派遣されるんですよ。全力で研究にご協力致します。それと、船上ではあなたと風呪について語り合うのも楽しみにしています。あなたの風呪の使い方は非常に興味深い。他の者には別の船を用意しますが、私は同じ船に乗せてください。それから、ぜひテイト殿ともお話をさせていただきたいですね。彼とは気が合いそうです」


 話が呪の件に移ると、五割増しほどの速さになった。その後「では準備もありますので、ごきげんよう」と最後まで自分のペースで事を運んで立ち去っていったノベリを送り出してから、ランテはセトと顔を見合わせる。


「確かに、テイトと気が合いそう」


「研究中に他の呪の話で脱線しそうだな」


 互いに苦笑を浮かべて感想を言い合っていると、今度は大導師がやってきた。ランテとセト両名の視線を受けると、彼は丁寧に一礼する。


「失礼します。ランテ殿には明日一日、癒し手の件でご助力いただきます。それと、よろしければこれからご足労いただけませんか? お二人に会わせたい者がいるのです」


「構いません。どなたですか?」


 セトがすぐに返事をしたが、オッドの方は次の句を発するのに少々間を要した。


「……メイラです。あなた方にはご迷惑をおかけしました。彼女がしたことは許されることではありません、が……彼女も哀れなのです。カイザには悪いことをしました。停戦の使者を出すことは議会の決定です。彼も賛成者の一人ではありましたが、あのようなことになるならば、私が行くべきでした」


 彼は表情こそさして動かさなかったものの、時々言葉を止めつつ言い辛そうに語る。


「彼女は戦地に行くことになります。おそらくは次の出兵で、第一線で戦ってもらうことになるでしょう。これは法の決まりであり覆せないこと。しかしこのままでは、自暴自棄になった彼女は戦死するでしょう。彼女の根底にある白の民への憎しみを昇華しない限りは。そうなってしまってはカイザに申し訳が立ちません。ご無理をお願いするのは分かっていますが、もう少しだけ彼女と言葉を交わしてやってもらえませんか。あまり時間は取らせませんから」


 メイラが目覚めた。良かった、とランテは素直に思う。そしてオッドの提案は、ランテとしてもぜひ頼みたいことだったので快諾した。昨日セトと話したことを受けて、今ならメイラにもっと影響を与えられる言葉を言える気がしていた。今度こそ分かり合いたい。勇み足で、ランテはセトと共にオッドに従った。






「メイラさん」


 通されたのは議事堂の一室だった。今朝のうちに、牢からこちらへ連れてきていたのだそうだ。このためだけに。オッドからの期待を強く感じる。


 手錠の形の呪封じをつけられた彼女は、椅子に腰かけたまま、目だけ上げてランテとセトを一瞥した。


「気安く呼ぶな。なぜ殺さなかった?」


「オレたちには、メイラさんを殺す理由がありません」


「殺す理由がない者まで殺すのが、白の民のやり方ではないのか」


「それは違う。絶対違う」


 ここへ向かうまでの短い道中で、セトからは「お前に任せたい」と言われていた。先の戦いでメイラを煽ったことを気にしているようだった。セトも考えがあってのことだったから気にする必要はないと思ったが、ランテには今彼女に伝えたいことがたくさんあったので、頷き一つで引き受けた。そうしたからには、何としても彼女の心を動かさなくてはならない。受け答えの度に拳を握り直して、都度決意を新たにする。


「メイラさん。一緒に戦ってください。本当の敵はベイデルハルクなんだ」


 これまでよりも一層力を込めて言ってみたが、メイラはそっぽを向いたままだ。


「私はカイザの仇が取れればそれで良かった。世界がどうなろうと知ったことではない。本当の敵など、私にはいない」


 どうしようか。しばし逡巡して、少しだけセトのやり方を倣うことにした。


「カイザさんが殺されることになった発端を作ったのは、ベイデルハルクだ。このまま……このまま、カイザさんの死を無意味にしていいんですか!」


「何だと?」


 メイラがやっとランテの方を向く。セトは反省しているようだが、まず彼女に話を聞いてもらうために熱を煽るのは、正しいことであると思われた。そして、次だ、と感じる。この次の言葉でメイラの心を動かせなければ、彼女の心はもう動くまい。


「カイザさんは平和を願って動いていたはずだ。その結果殺されてしまったけど、それによってメイラさんが立ち上がってベイデルハルクを倒したとしたら、カイザさんがしたことも無駄にならない。意味が生まれる。オレはそう思います」


 二日前、セトがくれた言葉を基にした説得だった。この言葉を使えば、メイラにも前を向いてもらえると思った。なぜなら、彼女は苦しみながらもずっと求め続けていたからだ。カイザの生の証ともなり得る、死の意味を。そのための復讐だったはずだ。


「メイラさんは、カイザさんが死んで……多分それから強くなったんじゃないですか。復讐したいって思いから。実際、メイラさんは強いです。呪だって上級紋章呪まで使える。すごいです。でも、もうカイザさんを直接殺した聖者は死んでるんだ。だから、次にできることを探しましょう。折角手に入れた力を、ちゃんと、カイザさんが望んだ方向に使いましょう」


 都合のいいことを言っているのかもしれない。でもメイラに前を向いて欲しいというのは、偽りのない本心だった。彼女もその恋人もベイデルハルクの犠牲者だ。他人事に思えないのは、どこかに仲間意識に近いような同調が、ランテの中に芽生えていたのかもしれない。


「……失せろ。貴様に何が分かる」


 遠い目を俯けて、メイラは静かに言った。初めて聞いた口調ではあったが、言葉は取り付く島もないようなものだ。駄目だっただろうか。セトに視線を向けると、彼は少々迷った素振りをしてから、ランテの後を継いだ。


「イッチェには何と伝えましょうか」


「何?」


 ランテとは違った切り口だが、どう響くだろうか。焦点の合った目に戻ったメイラが、ゆるりとセトを見上げる。


「あなたの情報を求めて我々に接触して来るでしょう。伝言があるなら、伝えておきます」


 メイラは小さく開いた口で何かを言いかけて、口ごもり、一度唇を閉ざしてから言い直した。


「……好きにしろ、とでも伝えておけ」


「分かりました」


 一瞬、後悔に似た何かの感情が、彼女の瞳に過ぎった気がした。メイラもセトもそれには触れないままに会話は終わる。何かを考え始めた様子の彼女に、ランテもこれ以上の言葉は掛けなかった。


「すみません、大変無礼な対応で」


 扉を出て少し歩いてから、オッドはまたしても丁寧に腰を折った。慌てて応じる。


「あ、大丈夫です。こっちこそ何もできなくて、すみません」


「彼女が前を向くには時間がかかるかもしれませんが、あなた方の言葉はいずれ効いて来るだろうと思います。ありがとうございました」


 そうだといい、とランテは心から思っていた。メイラもずっと苦しんできたはずなのだ。彼女の心の傷が癒えることは永遠にないかもしれないが、うずくまるばかりではなく、痛みに少しずつ慣れて自由を取り戻していって欲しい。


 そして、これ以上そのような痛みを抱える人を増やさないためにも、やはりランテたちにはやるべきことがある。明日ラフェリーゼの癒し手を増やしたら、翌日には西側に戻るため出航できるだろう。祠の防衛戦はどうなっているだろうか。間に合えば加勢したい。それはセトも同じだろう。


「セト、今日の間にできることをしておこう」


 声を掛けて、歩み出す。今日のうちだって、物資の積み込みなど何かできることはあろう。何が起ころうとも、止まっていられる時間などもうありはしないのだ。ベイデルハルクを倒すまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る