【Ⅵ】—1 回答

 二日後、ランテとセトは再び議事堂で大導師らと向き合っていた。


「まだ議論が進んでいないこともありますが、あまり長くあなた方を引き留めるのもよくないだろうということで、回答できることのみ回答致します」


 黙っている導師らの表情は相変わらず読みづらく、一人話すオッドも今は表情を消していて、大変緊張する。


「今回のことですが、我々はまずあなた方が交渉に値するかどうかを見極めるところから始めました。いただいた時間のほとんどを、そこに費やしたと言っても過言ではありません。皆でランテ殿の記憶を手分けして検めながら、意見を出し合いました」


 固唾を飲んで、ランテはその後の言葉を待った。


「議論は円滑にとはいきませんでした。が、結論として我々はあなた方を信じることにしました」


 肩から力が抜けたことで、ランテは自分が大変強張っていたことに気がついた。手がじんわりと湿っていたことも知る。身体がちゃんとランテの緊張に反応していたのが分かって、嬉しかった。


「あなたの話に嘘がないことが、記憶から分かりました。また旧白女神統治区域の人々が、かのベイデルハルクに立ち向かうために命賭けで戦って来られたのも、よく分かりました。ただし、やはりベイデルハルクは強大な敵であることもまた伝わってきましたし、あなた方に具体的な先の展望がまだ見えていないことも知りました。ベイデルハルクとどう戦うかについてや、ベイデルハルクを倒したとして、その後世界をどうしていくかについてですね」


 これと言った表情は浮かべていないが、無表情とも言えないような穏やかな顔で、オッドは言葉を重ねていく。


「では、書面でいただいていた要求への、現段階での具体的な回答を述べます。まず、停戦については承諾します。ラフェリーゼは旧白女神統治区域に攻め入ることはしません。次に、ベイデルハルクを討つための共同戦線や大精霊と【核】の併合についてですが、これについては保留とさせていただきます。あなた方と組んで勝機があるのか、まだ見極めたい。近くあるという三つの祠の防衛戦の結果を基に判断します。それから、こちら側の【核】の防衛はこちらの戦力で強化しておきますし、国境付近——現在旧王都に坐すベイデルハルクに対する防衛線も強化しておきましょう」


 率直な気持ちを述べるならば、ランテは落胆していた。停戦や自己防衛についてはミゼ曰く交渉なしでも見込めることであり、共同戦線についてはほとんど進展がないも同然の返答だ。このままでは、何のために来たのか分からない。そうまで思っていたところ、言葉が継ぎ足された。


「次いで、二つこちらから提案があります」


 提案とは何だろう。皆目見当がつかない。続きの言葉をただ待った。


「一つは、超越の呪の研究で力になれる者を数名程度派遣しようかという提案です。彼らにはこちらとそちらとのやり取りの仲介も請け負ってもらうつもりです。もう一つは、離れた者と声を伝達し合える闇呪の【呪具】などいくつかの物資や、発達した都市技術を提供するという提案です。こちらには条件をつけます。癒し手を数名生み出していただくことがそれですね。いかがでしょうか」


 オッドは最初からセトを見て話をしていたし、ランテもこれはセトに判断を委ねるべき領域だと考えたので、同じように彼を見た。視線が返ってくる。


「癒し手についてはお前次第になる。いけそうか?」


「えっと、分からないけど、多分」


 素直な反応をすると、セトは頷いてからオッドに顔を戻した。


「提案についてお答えする前に、まず先程のご回答について確認させてください。協力できるかは三つの祠の防衛戦の結果如何いかんでとのことでしたが、どの程度の成果を出せばご満足いただけますか。また満足していただけた場合、具体的にどのように協力してくださいますか?」


 やや緩慢な瞬きがなられてから、返事がある。


「防衛戦は一勝一敗一分け以上で協力可能とします。勝ちとは防衛成功に加えて敵将を討ち取ること、引き分けとは防衛のみ成功することと定義しましょう。協力の具体的内容については、まず落ちた祠がある場合、その属性の使い手たちにこちらの【核】との契約を認めます。そして旧王都付近で防衛に当たっているだろう千五百程度の精鋭兵に、ベイデルハルクへの攻撃命令を出しましょう。核の防衛隊とのバランスを取りながら、追加の兵も段階的に数百ずつ出していきます。もちろん実際に攻め入るタイミング等は、そちらと相談します。そして大精霊と核の併合についても話を進めて構いません。ただしラフェリーゼ側に最低三つ、【核】は残していただきます。いかがですか」


「ええ、大枠についてはそれで問題ありません。ただ、いくつか条件を付けさせていただきたいです。一に、導師の方々の参戦の約束ですね。非戦闘員の方も数名いらっしゃるようですが、大半は武の才か呪の才のある方々とお見受けします。何名共に戦ってくださいますか?」


 オッドは一段高いところから導師らを見渡した。やや動揺が走った彼らの反応から察するに、先程の回答までは議論の済んでいた内容だったが、これについては想定外だったと思しい。


「四……でどうですか、皆さん」


 大導師を足して全員で十三名の導師のうち、三分の一足らずの数が提示される。大導師の案に導師らは皆頷き、追いかけるようにセトも頷いた。


「では、一勝一敗一分けのときは四名で。二勝で七名、三勝で十名お願いします。また導師の方々には、最精鋭として我々と共にいずれベイデルハルクと直接相対する可能性もあると覚悟しておいていただきたいです。初期配置の兵も、二勝で三千、三勝で四千をお願いしたいです。その後五日おきに、初期配置数の十分の一以上の兵を追加派遣する約束もしていただきたい」


 全員が絶句したような沈黙が、数瞬の間訪れた。急にセトが強く出たので、ランテも吃驚してしまう。大丈夫だろうか。


「核の防衛も行うとなると、二勝三勝時の出兵数が多過ぎますね」


「そうでしょうか。祠戦で兵を率いる予定なのは、いずれも敵側の主力です。その主力を討ち取れた直後こそが、最も勝機のある瞬間でしょう。そこで思い切った攻勢をかけなければ、どこに活路があるんでしょうか。こちら側はその倍の兵を用意するつもりです。また、この条件を呑んでくだされば、そちらに益が大きい先程の提案二つについても受け入れるつもりです。ランテは長くここに留まるわけにはいきませんから、癒し手については人数ではなく日数で制限を設けさせていただきますが。できれば一日でお願いしたいですね」


 オッドとセトは共に口を閉ざして見つめ合う。先に視線を逸らしたオッドは、導師らを一巡して反応を確かめた。


「この場で決を採りましょう。挙手でお願いします。賛成の方」


 最初に挙がった手は三つだった。ランテが驚いたのは、その中にノベリがいたことだ。他には炎からあの強面の軍人が一人、雷からこちらも軍人と思われる女性が一人。


「大導師、発言の許可をよろしいですか」


 ノベリが相も変わらず微笑みながら言う。大導師の「どうぞ」という声が届いてすぐ、彼は立ち上がった。


「おそらく、セト殿は三勝することは考えておいでではないですよ。ランテ殿の記憶によると、中央本部攻めに用いられた兵は北が千、東が千三百、南から四百、西で千五百、中央から八百の計五千でした。本部攻めがほぼ犠牲なしで成功したことから、多少戦力の増強が見込めたとしても、これから先の祠戦で受けるだろう被害や、他の祠の防衛強化に割く兵の数を考えると、普段戦地に配備されていた兵を回すとしてもとても八千は準備できないでしょう。本命は二勝ですね? それでもそちらは六千、かなり身を切る思い切った出兵になる。対してこちらの三千は、あちらほどの痛みを伴うものではありません。私は賛成ですね」


「本命は兵数ではないだろうよ。導師を戦場に引き出すことさ。おっと、発言失礼しますね大導師」


 緑のエリアに座っていた若者が、発言の途中でのんびりと立ち上がりながら述べ始める。


「おたくの提案通り、経験の有無はともかくここにいる十三人のうち戦えるのは十人さ。その中で軍人は四人。一勝ならまあ軍人さん頑張ってって話だけど、そちらさんが二勝したとしたら、軍人以外が三人戦場に引っ張り出される。さーて、誰が行く? こんな決、そこのところが決まんなきゃ難しいと思うんですけどね、大導師どうですか? 立場が違うと意見も変わるもんさ。実際今挙手したのは、確実に戦場に行く軍人さんばっかですよ」


「そう、戦地に行くことがない我々三名は賛成しがたい。ぜひ決から数を引いて考えて欲しい」


 今度は立ち上がらずに、土エリアに座る高齢の女性が続いた。戦えないのは彼女と、片足の男性、まだ子供に見える男の子の三人だろうか、その二人からも頷きがある。オッドはそれらを確認してから、深く首を上下させた。


「では決の前に立場を明確にしておきましょう。導師を派遣する場合、法に則り、軍人四名と私に加えて非常配属員のリストを上から順に用います。すなわち、緑領域からイアエンと水領域からスズーノですね」


「そうなりますよねぇ。いやだなぁ、戦いたくないなぁ。しかし驚いた、大導師も戦場に出るんですか」


 先程発言した緑エリアの若者は、イアエンというらしい。この場に不似合いなほどに飄々とした態度の彼は印象が強く、もう覚えられそうだ。


「ええ、それが定めです」


「発言失礼。決はその七人で採りましょう。イアエン、座れ。あまり見苦しいところをお客に見せるな。お前のよわいの半分ほどの彼らが、既に戦いに身を投じてきたんだぞ。何度も死に瀕しながらな」


「半分って、言い過ぎじゃない? 俺まだ三十五なのに」


「座れ。そして黙れ」


「軍人が四人もいちゃあねぇ」


 雷の軍人女性に従って、イアエンは肩を竦めながら椅子に腰かけた。次にオッドから話を振られたのは、もう一人の非軍人のスズーノだ。


「イアエンは反対でいいですね。スズーノ、あなたは?」


「賛成に回ります。これで賛成が過半数、決まりですね」


 若い女性のスズーノは、一見すると戦闘員に見えない。呪をメインで使うのだろうか。表情を変えずにこう受け答えするのを見るに、腕に多少以上の覚えがあるのだろう。


「賛成多数により、セト殿の提案を受け入れることにします。他の方も異論はありませんね」


 一瞬置いてからぱちぱちと疎らに拍手があった。可決されたようだ。ちらりと、ランテはセトに視線を遣った。彼はすぐに気づいてくれる。


「成功?」


「及第点」


 短いやり取りをする。祠防衛戦への参加を諦めて来たのだ、何らかの成果は欲しかった。ひとまず一定の成果は得られたと言えるはずだ。ランテは詰めていた息を吐き出した。喜びよりも、安堵が強かった。

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