【Ⅴ】—3 意味
「——これが、さっきオッドさんと話したこと」
オッドを見送ってからセトと合流し、ランテは現在彼が借りている部屋で全ての報告を終えたところだった。ランテの手の中には、セトが淹れてくれた茶があって——茶の淹れ方はノタナ仕込みだということで、とても美味しい——今度はそこに自分が映っている。先程からずっと自分に試され続けているような奇妙な感覚が続いていた。
「流石」
セトはその一言でランテを評価した。それを聞いて初めて、ランテはちょっとした誇らしさを感じられた。茶の中の自分と目が合って、笑っているのを知る。恥ずかしくなってしまったので、ぱっと顔を上げた。
「あれで良かったのかな」
「満点じゃないか? お前は打算なしでそれがやれるところがすごいよな。なるほど、人たらしか。言えてる」
軽く笑った後に一呼吸置いて、セトが続ける。
「話してくれてありがとな。言いにくいこともあっただろ」
「大丈夫。交渉、上手くいくかな」
「上手くいったとしたら、お前のおかげだよ」
彼の言葉にランテが慣れてきたのか、それとも彼がやや素直になったのか、最近ランテにも彼の言わんとしていることがよく分かるようになってきた。後ろ向きな言い方はしなかったが、上手くいくと断言はできないのだろう。おそらくは含意を汲み取ったと気づかれて、言葉が付け足される。
「もう一度言うけど、お前の対応は満点だからな。元より分が悪いから、甘い見立てができないだけで」
「うん、ありがとう。でも、そもそもセトが交渉のできる状況に持ち込んでくれなければ可能性はゼロだったんだから、上手くいったらセトのおかげだとオレは思う」
「謙虚だな」
「セトこそ」
前々からセトはランテを認めてくれていた。が、ここ最近は——白都ルテルでのことを経てからは——さらに一段高い評価をくれている気がする。それを感じ取るたびに、もっと頑張ろうと思わされる。
「報われて欲しいって思ってる」
急にそう言われて、何のことか捉えかねた。だらしないくらいに緩んだ顔でセトを見上げる。目が合ってから補足が来た。
「お前とミゼにだよ。七百年以上前から、二人とも頑張り過ぎてる。現在進行形で頼ってる人間が言えたことじゃないかもしれないけど。それに、そのためにどうしたらいいのかっていう具体的展望もまだ見通せてないし」
「オレも、ミゼには報われて欲しいってとっても思ってる。オレ自身は報われたいとかは思わないけど、でも、うん、平和になった世界でミゼといられたら幸せだろうなって思う」
「向こうもそう思ってるだろうから、叶えてやらないと」
「……うん。そうしたい」
「王国のことは詳しくないけど、全てが上手くいったら、お前の今の立場だと地位的にはミゼと釣り合いそうじゃないか? 精霊を宿す王族の姫と、分裂した組織を繋いだ旗印。まるで始まりの女神と始まりの王の再来だって、受けも良さそうだよな」
セトは背中を押すつもりで言ってくれたのだろうが、ランテはその言で悟った。
「セト、もしかしてオレを旗印に推してくれたのって、それで?」
少々言葉に詰まって、彼は苦笑した。気づかれたくなかったらしい。
「まあ、少しは考えた。それ以外の要素——特にお前の人柄によるところが大きかったけど」
胸が詰まるようで、ランテもすぐには言葉が出てこなかった。あのときのセトは本当に苦しそうだったのに、ランテやミゼの幸せまで考えてくれていたとは。尊敬するし、感謝も尽きない。
「セト……ありがとう。やっぱり、セトはすごい」
「お前の力で得た立ち位置だよ。オレ以外の人間だったとしても、お前をちゃんと知る人間ならお前を推していたさ」
「そんなことないよ。どうやったらセトみたいに、色々考えられるようになる?」
「お前は変に小細工しようとするより、直球勝負の方がいい。オレのはただの慣れで、お前のは持って生まれた素質」
「ううん、セトも素質だと思う。頭がいいの羨ましい。セトが前に、オレみたいになれないって言ってたけど、オレも頑張ってもセトみたいになれないよ。ここまで来れたのも、たくさん力になってくれたからだってちゃんと分かってる。本当に、最初に会えたのがセトたちで良かったって思ってるんだ。ありがとう」
何度も思って来たことだが、そう言えば最初にエルティで述べたきりで、以来直接言葉にして伝えたことはなかった。言葉だけでは足りない気がして、ランテは最後に立ち上がって頭を下げる。セトはランテに顔を上げることと座ることを促してから、応じた。
「とても素直に言うなら、一時期は後悔もした。手に余ることをしたなってさ。お前が悪いわけじゃなくて、オレ自身がお前に関することで選択を間違えたんじゃないかっていう後悔だ。……いや」
視線が流れる。その後一息ついて視線を戻してから、セトは言い直した。
「悪い。あのとき言ったように、八つ当たりみたいにお前がいなければって考えたこともあった。ごめんな」
「ううん。その……当然だなって思う。こっちこそごめん」
「あのときは、どこかに原因を押しつけていないと立っていられなかった。情けないよな。選んだのも決めたのも自分だ。謝らないでくれ。お前は本当に、悪くない……どころか、むしろ頑張り過ぎてるくらいなんだから」
頑張り過ぎているのはセトもだろう。思ったが、ランテは口を挟まず聞き届けることにした。セトがまだ何か続けようとしていたからだ。
「……回り道するけど聞いてくれ。支部長の
セトが自分のことを話すのは珍しい。だから、黙って耳を傾け続ける。
「母親と別れてからは、世間一般的に見たらお世辞にも善人とは言えない集団に拾われて、人に言えないようなことをして食い繋いでたけど、拾ってもらえなきゃどこかで飢死か凍死でもしてたと思うんだよな。生かしてもらったと思ってる。次に出会ったのが支部長とノタナさんで、真っ当な生き方を与えてもらった。その後がユウラで——テイトやデリヤとかが続いて、お前だ。考え方を大きく変えてもらった……って自覚できるくらいだから、かなり影響を受けてると思う」
自分のことを考えるのが嫌いだった彼が、とても奥深いところまで自分と向き合っているような気がした。彼の変化に少しでも自分が関われているなら、それはとても光栄だ。
「それで思うのは、お前やミゼにとってもオレたちとの出会いが意味ある出会いであって欲しい、ってことなんだよ。王国時代は勝てなかった相手に、オレたちがいることで多少は助けになって勝てたとしたら、お前やミゼが永く生きたことも少しは報われるかもって思ってさ。二人は人より何百倍も苦労してきたんだから、その苦労に意味を感じて欲しい。意味を感じさせられるくらいの存在になりたいって、今は思ってる」
ミゼがとても苦しんできたことは間違いないと思っていたが、ランテ自身が苦労して来たとはこれまで思ったことがなかった。しかしセトの言葉を聞いていると胸に込み上げてくるものがあって、それはさらに喉を突くようにせり上がってくると、最後には目元にまで到達する。泣く、と思ったときにはもう涙が零れていた。
どうして泣いているのかは、よく分からない。もしかしたらどこかに不安があったのかもしれないし、これまで苦しさを感じてきていたのかもしれない。自分の心にまでランテは鈍感で気づかなかったけれど、言葉にしてみるとそれらも頷けた。けれども、そう言ってくれたことが嬉しかったから、というのが一番の理由であることは間違いない。
「ごめん、泣くつもりじゃ」
「こっちも泣かせるつもりじゃなかった」
セトは敢えてだろう、軽い調子を選んで答えてから、続けた。
「お前やミゼに頼りきりになるつもりはない。オレも——オレたちも、戦局に関与できるようになれればって思ってる。……というか、なる、だな。逃げ道作らずに宣言しとくよ」
これまでも十分心強かったのだが、ここまで一連の言葉が、今までよりもさらに強くランテを支えてくれる気がした。だから、精一杯の心を込めて言う。
「ありがとう。これまでも頼りになってたけど、でも、すごく嬉しい」
穏やかな笑みで応じてくれる彼を前に、ランテもまた、頑張りたいと思った。
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