【Ⅳ】—1 導師

 絢爛、という言葉がよく似合う。ラフェリーゼの首都はそんな街だった。こちらに来て最初に目にした港町だけでも、ランテの目には大変栄えた街に映っていたが、さすが首都というだけあって比較にならないほどだ。とにかく一軒一軒が高く広い。数えきれないほどの建物が存在しているのに、建物はどれも整然と並んでいて、決して雑多な印象は与えない。


 街の入り口で風籠から降りたランテたち一行は、ノベリらに先導されながら首都を歩いていた。時折ノベリが街の説明をしてくれるだけで——歴史的な建造物だとか、貴族の邸宅だとか、名物店だとか、そういうものの紹介が多かった——皆黙っている。そんなランテたちを、人々は遠巻きに眺めては何か話していた。好奇心は感じ取れるが、悪感情を向けられている雰囲気はない。


「大事な客人が来ることは伝えてありますが、それがどのような方かは伝えていないんですよ。戦地に行く者は多くありませんから、白軍の制服も知らないのでしょう」


 ランテが人々を凝視していることに気づいたらしいノベリがそう教えてくれたことで納得した。この人たちはランテたちの正体を知ったらどう感じるのだろう。想像するのは、少し怖かった。






 導かれるままに街の中心部に位置する宿に行って荷を置き——外観も内装も豪奢であり、格の高い宿であるのは見るだけで知れた——最後に、議事堂に案内される。議事堂もまた洒落た建物であった。円形という建造物としては変わった形でデザイン性こそ高いものの、中央本部のような有り余るほどの華美さはなかったことが、好印象を与える。


「この先に、私以外の十一名の【導師】と、【大導師】がおります。ああ、導師というのは各地方の代表として政治を司る者でして。大導師はその長ですね。本日はあなた方のお話を伺いますので、よろしくお願いします」


「分かりました」


 議事堂に入って柔らかいカーペットを踏みしめていると、いよいよだという気になってきた。緊張を感じているが、不用意なことを言ってしまわないためにも、ある程度の緊張はしていた方がよいだろう。歩きながら深呼吸を一つする。ノベリとの会話では怒り出しそうになってしまったので、一層気をつけなければとランテは自戒する。


「こちらです」


 見上げるほど大きな扉の前で、ノベリは一度ランテとセトを振り返った。扉はすぐに開かれる。円形に並べられた座席とそこに坐す人物たちが、まず見えた。彼らは一斉に扉の方を——つまりはランテたちに顔を向ける。若い者、老いた者、男、女。厳格そうな、という印象を与えるところだけに共通点を持つ者たちが、静かに存在していた。


「ようこそ、使者の方々」


 部屋の中央、最も奥まったところに一段高くなった壇が設えられている。そこに坐していた男性が立ち上がり、壇を下りて、ランテたちへ向けて胸に手を当てて頭を下げる。慇懃な所作だった。他の導師たちも彼に続くのを見るに、彼が大導師なのだろう。導師たちには、彼と向き合う形で設けられた緩やかな二列の弧を描いた席が与えられている。


「この場に招いてくださり、ありがとうございます」


 セトが言う。平生と変わらない声音だった。緊張はしていないのだろうか。


「私は今期の大導師を務めております、オッドと申します」


 ミゼがラフェリーゼと連絡を取ったときに応対したあの人だと、すぐに分かった。確か、独りになったミゼを助けてくれたというアーテルハ侯の末裔だ。


「ここにおりますのは、ラフェリーゼの国政を担う導師たちです。端から水の都代表スズーノ、アキウス。炎の都のタリム、オルン。雷の都の——」


 ノベリを含めた十二人の紹介を大導師オッドがしてくれるが、情報量が多すぎてランテには覚えきれなかった。席に戻ったノベリが風の都の代表であることだけは、しっかりと暗記できたのだが。


 ランテとセトの自己紹介も済み——セトはここでも私という一人称を使っていたので、ランテもそうした——勧められた席に座る。用意された椅子はふんわりとした座り心地で、上質のものと思われた。


「高齢の者もおりますから、互いに座ったままお話しましょう。一人高いところにおりますが、導師らの様子が見渡せる位置におりたいもので、ご容赦を。今回お越しになられた経緯について、全員に向けてご説明をお願いしてもよろしいですか? セト殿」


「はい」


 再度、セトの口からこれまでの経緯が語られる。起点は数年前にワグレが消滅したことについてだった。そこで生まれた疑念がエルティ襲撃で確信に変わり、中央へ反旗を翻すに至ったこと——一つ一つの出来事を丁寧に説明し終えて、セトは最後をこう締め括った。


「七百三十七年に渡ったベイデルハルクの支配から解き放たれて、ようやく我々は自らで考えることを始めたところです。真っ先に思い至ったのは、戦を止めることでした。もちろん、発端は捏造された歴史であったとしても、その後に積み上げられてきた事実から目を背けてはならないことは理解しています。失われた命が戻らないことも、当然……身に染みて知っています。しかし積み重ねて来た宿怨は、一案ですぐさま解消できるものではないでしょう。一刻を争う今、機を逃しては共倒れになってしまう。継続してお話しすべきことと、急ぎ求められる交渉とを分けて——情と論を分離して、お話がしたいと考えています。ご理解いただけたら、と」


 謝罪はしない。しかし、一定の責任は認める形の話し方をセトはした。十七の表情は多種多様だ。無表情の者、不快の相を示す者、物思いに沈んでいる者、ひたすら微笑んでいる者——


「お話は分かりました」


「新組織の要人らで記した文書をお持ちしています。お渡ししたいのですが」


「いただきましょう」


 オッドとセトの会話が途絶えたところで、ノベリが立ち上がり、セトから文書を受け取る。それはオッドのところまで運ばれて手渡された。大導師は中をさっと確認すると、一つ頷いて机に置く。その後ランテに視線が移された。


「では次に、ランテ殿の話を伺ってもよろしいですか?」


「はい」


 先刻風籠で話した通りの内容を復唱するかのごとく伝える。あのときの会話はここに伝わっていただろうに、なぜ二度も同じことを話させるのだろうか。そうは思うが、話すうちに話しそびれたことを追加できたので、結果的にはよかったのかもしれない。


「今お話したように、オレ……私は、王国の人です。だからあの事件が元で、国が半分に別れてしまったことを悲しく思っています。それに、私は目覚めてからは白軍の人たちと一緒にいました。たくさん助けてもらった。白軍側の人たちは、ベイデルハルクのせいで悪く思われてしまうかもしれないけど、でも皆が悪いって訳じゃないんです。むしろ、きっといい人の方が多いんだ。それをラフェリーゼの人にも知ってもらいたいです」


 そう話を結ぶ。あまり響いた感触はなかった。多くの者は怪訝そうな表情をしているように見える。


「ランテ殿」


 オッドが言う。


「ミゼリローザ様から伺ったこととあなたの話は一致しています。ですが、あなたの話はやや突飛な話に思えてしまうのも、致し方ないことと思ってくださいますか? 二度死んだということは、一度目に誓いの呪を行使したとして、その次はどうしたのかという問題が生まれます」


「それは、はい。でも本当なんです」


「ええ。あなたが嘘をついているようには見えません。が、我々も国民を信用させるに足る証が必要なのです。間違う訳にはいきません。国を背負う者の責務です」


「なら、どうしたら信じてもらえますか?」


 思わず立ち上がってランテが問うと、オッドは掲げた手の平の上に闇を呼んだ。


「闇呪には、記憶を読むものがあります。【有明】という呪なのですがね。これを、あなたに使わせていただきたいのです。我々の手であなたの記憶を検めれば、信じることができましょう」


 すぐには返事ができなくて口を閉ざすと、セトが声を上げる。


「人には、他人に知られたくないこともあるはずです。それは、あまりに」


「ならば貴殿の記憶を渡すか?」


 導師の内の一人がセトの発言を遮って述べる。声の主を探すと、どうやら炎の都の導師だった。がたいのよい男性で、一つ大きな傷の刻まれた顔から察するに、おそらくは軍人だろう。


「貴殿は西側の要人。多くの機密事項を知るだろう。我らは既に譲歩している」


「私は誰の記憶を渡すのかではなく、記憶を渡す、渡さないの是非を問うているんです。こちらでは、そのようなことが日常的に行われて——」


「セト、いいよ」


 このままでは、セトの立場を悪くさせてしまう。自分のために言葉で戦おうとしてくれている仲間を見て心を決めて、ランテは顔を上げた。


「大丈夫です。記憶、見てください。そうしたら分かってもらえると思います。だけど、ミゼにだけは許可を取っていいですか? 私の記憶は、ミゼとのものが多分一番多いと思うので。闇呪を使える人は、声を遠くに飛ばす呪が使えますよね?」


 聞いてみると、オッドが頷いた。


「ええ、できます。ではそうしてみましょう」


 ミゼがいつも使う、小さな闇の粒を生み出す呪を彼は使った。闇はふわふわと漂いながらランテのところに近づいてくる。その途中で、声がした。


『どうしましたか?』


「ミゼ、あの、オレ、ランテなんだけど。今、ラフェリーゼの人たちと交渉をしてて、それで、オレの記憶を見たいって言われたんだけど、いい?」


 闇の向こうにいるミゼの様子は分からない。少しの間があって、返事がある。


『気にしてくれてありがとう、ランテ。私は大丈夫よ。あなたがいいと言うのなら、そうして』


 ミゼがランテの判断を信じてくれたような気がして、嬉しかった。笑みを浮かべながら、謝意を口にする。


「ありがとう、ミゼ。そうする」


『ええ』


 ミゼの返事を届けたのちに、闇は薄れて消えた。オッドが立ち上がる。


「では、よろしいですね?」


「はい」


 力強く頷くと、それまで表情がほとんどなかったオッドが、やや笑んだように見えた。大変穏やかな微笑で、ランテは直感的に、この人は敵ではないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る