【Ⅴ】—4 虹色

「単純な感想を言うなら、気に食わないってことになるね。僕だって中立的な見方ができるわけじゃない。呪で……人の念で出来た世界なら、どうしてワグレは滅ぼされなきゃいけなかったんだい? なぜ母上は死ななければならなかったんだい。それを世界が望んだからなんて答えを、受け入れられるわけがない。事実なのかどうか、僕は未だに疑っているよ。生憎、呪の感知能力も高くないからね。呪力が証拠と言われても頷けない」


 自分が視野の狭い人間であることは、ランテもいい加減理解し始めていた。確かにそう言われると、ランテだってなぜ王国が滅びなければならなかったのか分からないし、どうしてミゼがあれほどに苦しまないといけなかったのか分からない。それを誰かが願ったと思いたくもない。確かに、そうだ。それら全てはベイデルハルクの責だと思ってきたけれど、元を辿れば彼を生み出した世界の責だとも言えるのだろうか。


「これから先、僕が無念の死を迎えることになったとして、それすらも世界に祈られたからだと受け入れなければならないのか? そんなのはごめんだね」


 そこまで言って、デリヤは足と腕を同時に組むとセトに視線を返した。


「それで? 僕からそれを聞いて、どういう話をしたかったのかな」


 セトの返答には、時間がかかった。


「……オレは、ベイデルハルクの考えの全てを否定はしないんだよな」


「へえ?」


「この世界の在り方を認められないから、変えないといけないっていう点だ。そこに至る思考の流れは違うけどさ。個人的な感情からもそうだけど、それよりも、多分……の話で申し訳ないが、ベイデルハルクがこうまで世界を好きに出来たのは、世界のありように気づいて以降、そこに干渉してきたからじゃないかって思うんだよ。要は世界をこのままにしておくと、ベイデルハルクを倒すのは難しいだろうってことと、仮にベイデルハルクをどうにかできたとしても、この先卓越した呪の才能を持つ人間の思うがままの……そこまではいかなくても、そういう人間の意志が多分に反映された世界になってしまうんじゃないかっていうことを、何よりも危惧してる」


「多分とは言っているけど、何の根拠もなくそんな話はしないだろう。どうしてそう考えたんだい?」


 デリヤに問われて、セトは「ちゃんとした根拠はないけど」と断ってから、その危惧について答えた。


 根拠として、彼は始まりの女神の存在を挙げた。始まりの女神のように、祈りの司たり得る能力を持つ者が現れたら、世界は自在に作り変えられてしまうのではないか。王家に伝えられていた創世の伝承が確かならば、不可能な話ではないだろう。それが善なる者であれば大きな問題はないが、そうでなかった場合、世界はたった一人の意志で破滅に向かうことになる。王家がこの事実を秘めていたのは、民を不安にしないためという理由の他に、良からぬことを考える輩を出さないためという理由もあったのではないか。


 ベイデルハルクがその力を持つ根拠として、【超越の呪】の仕組みが挙げられた。あれは世界を呪力に戻して操作し直す技術だが、その発想のもとになったのが、運命に――祈りに干渉することだったのではないか。そうでなければ思いつけるものではないだろうと。それに付け加えて、ベイデルハルクのこれまでの行動も根拠として語られる。彼は始まりの女神を、次いで白女神を殺し、その次は大精霊を狙っている。世界の安定を崩すために、と言えばそうなのだろうが、自分が世界に干渉するために妨げとなる存在を消していっているとも言えるわけで、これは以前干渉をしたからこそ、何が妨げになっているのか気づけたのではないかと。


「――以上からオレが言いたいのは、ベイデルハルクを倒すためには世界の安定を守るために大精霊を守る、っていうことだけじゃ足りないってことだ。もちろん大精霊の力を渡すわけにはいかないのは前提だが、奴に世界の根源の祈りの力に……運命に干渉するような力があるとするなら、程度によってはどうやっても勝てない。だからもしかしたらオレたちにも、この世界のありようを変えることが求められてるのかもしれない。ベイデルハルクを倒した後に、じゃなくて、倒す前にだ。奴の望んだ運命にあらがうために」


「世界を変えることへの後押しが欲しくて、僕の意見を聞いたってことかい」


「オレの考え方が偏っていないかが知りたかった。厭世の念が強い方だったから、安易にそっちに向いてないかってさ。この考えに、他の人から見ても意義があるのかを問いたかったんだよ。ランテ、どう思う?」


 セトの言っていることを頭で整理し直す。


 ——オレは、お前みたいにはなれない。


 以前セトが目覚めた後言っていたことが蘇って、ランテの脳内に木霊した。セトが精神的に一番苦しいときに言われたものだから、真に受け過ぎて傷ついてしまったら彼も望むところではないだろうけれど、内容そのものは分かる部分がある。ランテはおそらく、世間の人一般と比べた場合かなり楽観的な方なのだろう。この世界の在り方をありのままに受け入れるという考えを、「今生きているからそれでいい」と言える人間はきっと多くない。


 それにセトの推測が正しかったとしたら、やはり世界の在り方そのものを変えなければならないということも分かる。白女神の力を手にして、ベイデルハルクはますます運命への干渉力を手に入れただろう。祠の防衛がどの程度成功するか分からないが、失敗すればまた奴に力が集まることになる。


 だとしたら。


「あっ、分かった」


「どうした?」


「セトがこのタイミングでこの話をした理由。世界の在り方を考え直すんだとしたら、世界が三つに分かれたままじゃ、上手くいかないって話?」


「意見が割れていたら話もまとまらないだろうからな。世界を改めるなら、それが一つの機会になったらいいとは」


 ランテは頷いた。ベイデルハルクを倒すということは、世界がまとまる後押しになると思っていた。それだけでは不十分でも、もっと前向きな――世界を安定させるためにという理由があれば、よりよいまとまり方ができるかもしれない。


「なかなかうまくはいかないだろうね。誰が長に立つのだとか、どこの在り方を軸にするんだとか、少し考えただけでも問題は山積みだよ。それを解決するための時間が、果たしてあるのかな」


 デリヤの心配はもっともではある。けれども。


「考えよう、皆で」


 気づいたとき、ランテは立ち上がっていた。言いたいことがまた濁流のように溢れてきて、喉元で引っかかっている。一度短く息を吐いてから、その一つ一つをゆっくりと取り出していく。


「時間がないことも踏まえて、皆で話し合えばいいんだ。誰か一人が決めるんじゃ、偏った考え方になる可能性があるし、その人一人が重圧を受け過ぎる。だから皆で決めるんだ。そのための場をまず作らなきゃ。オレ、すぐにでも出発できるようにミゼに伝えてくる。早くラフェリーゼの人たちと話をしよう」


 デリヤが「君は転がる樽みたいだね」なんて皮肉を言うが、呆れた顔ではなかった。セトは「お前の訴えなら、あっち側の人間も耳を貸してくれそうな気がするんだよな」と、珍しく理屈の裏打ちがないことを言っている。二人の反応は、それぞれ嬉しいものだった。


 そして、ふと思う。軍旗の色を決める話を頼まれていたが、虹色はどうだろうか。白でもなく黒でもなく、そして紫でもない色がいいと思っていた。ミゼが創世の幻影を見せてくれたとき、まず最初に現れた世界の始まりの色。正確に言うと、虹色という表現は違うのかもしれないが、ランテはそれ以外にあの色の表現方法を知らない。本物の虹のようにはっきりと色が区切られているようなものではなくて、様々な色が混ざっているようなものだった。新しい世界を始めるという意味を込めたいが、それだけでなく、皆が並び立って世界を創っていくという意味も込めたい。


 伝えると、「君のセンスはどうかしている」と今度こそデリヤに呆れられてしまったし、セトには制服や軍旗の製作コストの面で心配されたが、ランテの心はもう揺らがなかった。


 意外にも商人や職人たちには大受けで、「中央の技術者たちはそれほど難しいことを任されるほどに信頼されている」と受け取ってもらえたのだとか。「流石は女神の騎士」なんて言われたときはランテも困ってしまったけれど、皆が活き活きとどう実現するか話し合っている様を見ていると、ランテまで元気になれるようだった。

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