【Ⅴ】—3 展望

 四日の間に、支部連合軍の方は祠防衛隊が出発するなど動きがあったらしいが——皆を見送れなかったことを、ランテは大変後悔した——王都の方では何か大きな動きがあったわけではなかった。しかし、少しずつ方向性が見えてくるところまでは来ている。現在セトが使っている部屋を使って、ランテは報告を行う。


「支部連合軍と手を組むことに賛成する人が大多数を占めているよ。街の人たちも、少しずつだけど話をし始めてくれていて……やっぱり、大変なときに手伝ってくれたのがありがたかったし、一緒に戦いたいって言ってくれてる人が多いみたい」


「混乱が起こっていないなら何よりだ。王都の人は落ち着いているな」


「皆のおかげだよ。ありがとう」


 心からそう思っている。ランテの礼を、セトは遠慮がちに受け取った。


「力になれたことがあるなら、こっちも嬉しいよ。だけどお前も動いた側だから、礼をもらうよりは労い合いたいな」


 ランテもまた仲間の一員としてしっかり数えてくれているのが分かって、とても嬉しい言葉だった。王都の皆も当然大事だが、支部側の皆もやはりランテにとっては大切であることを再認する。


「労い合うのは結構だけど、まだ事が済んだわけじゃないからね。それで、今後はどうしていくんだい?」


 普段より少しだけ語調が柔らかなデリヤの発言が次に続き、その後はセトとランテの会話になる。


「とりあえずは、一刻も早く黒軍と手を結ぶことを考えたいよな。正式な文書は要人たちの連名で、一応出来上がってる。後は行って話をするだけなんだが、ランテはいつになったら身体が空きそうだ?」


「あ、ごめん、オレ待ちだった?」


「お前と、ルノアだな。ルノアには中立の立場で、仲を取り持ってもらいたい。忙しいところ悪いけどな」


「それは大丈夫だと思う。ミゼはずっと、国が二つに分かれて戦っていたことに心を痛めてきたから」


 ようやく、ミゼの悲願であった戦争を止めるということが叶うのだろうか。ランテとしても願ってやまないことだ。それを果たすための一端を担えることに、責任と誇らしさを覚える。


「過去には、あっち側から来た使者を惨殺したこともあると聞いたよ。そう簡単に事が運ぶとは思えないね」


「その辺りはどうにかする」


 デリヤの心配は尤もだろう。いかに弁が立つセトとはいえ、今度のことを上手く収めるのは至難を極めるはずだ。


「当然、あらかじめ考えられることについては考えていくつもりだけど、結局は相手がどう出るか次第だからな。ルノアの話だと、停戦まではそう苦労しないかもしれないが、その後共同戦線まで持ち込めるかは……あっちからしたら、ベイデルハルクは七百年以上前に関わりを断ったはずの相手だろうし、そっちで勝手にやれって言いたくなる気持ちは分かる」


 その難しさについては、無論セト本人も分かっているようだった。ここまで考えて、ランテははっとする。行くのは彼だけではなくてランテもなのに、交渉内容については何一つ考えていなくて、また彼に任せきりにしようとしていた。こんなことではいけない。


「でも、ベイデルハルクのやろうとしていることは、最悪世界が滅びることだから……協力できないかな?」


「こっちから見たら手を組むメリットだらけだけど、あっちはこう思うだろうな。国を危機に晒したくない、兵を死なせたくない、どうせぶつかるにしても先に他勢力がぶつかってくれた方が戦いやすい、そもそもあっちがこうなるまで奴らをのさばらせていたんだから責任を取ってもらおう――兵を出さずに静観する理由、というか、口実が山ほどある。どう働きかけるかは難しい話だ」


 ランテにはそういう気持ちがよく分からない。これまで敵だった相手とはいえ――ランテが分かりやすいように考えるのならば、七百年前のベイデルハルクの私兵らがそのような存在になるのだろうが—―一緒に戦いたいと言うのなら、共に戦うだろうと思う。しかしそれは、ランテがベイデルハルクがどのような人物か知っているからなのかもしれない。無理やりに従わされていたなら、という仮定ができるか否かは大きな違いだろう。自分とは違う人間の感情や思考回路を汲むのは、本当に難しいと思う。どうしたら分かるようになるのか。


「これについては当日までに考えておくとして、そろそろ具体的な日取りも決めたい。航路のつもりだがいいか?」


「え? あ、ミゼに送ってもらったらすぐに着くよ」


「流石に相手を驚かせる」


 隣でデリヤが黙ってはいたが、どうしてそんな当たり前のことも分からないのか、と言いたげな顔でランテを見つめている。溜息は我慢してくれただけありがたかった。


「ルノアも忙しいだろうし、いざというときのために力も温存していてもらいたい。そこに差支えがないなら、港まで頼めるならありがたくはあるけど」


「分かった、オレは大丈夫だけどセトは大丈夫? 地図を見る限り、港まで自力で行くことになったら結構歩きそうだけど、身体の方は?」


「無理は控える」


「うん、そうして」


 前までなら心配になっていただろうが、今のセトのこの言葉は信じられる気がした。


「じゃあ、オレは早く出発できるようにミゼと話してくる。あと、何か向こうでやることはある? あ、そうだ」


 大事なことを言いそびれるところだった。今度からきちんとメモを取らないといけないかもしれない。何せ、ランテは重要な橋渡し役なのだ。情報の行き違いが起きたら、大変なことになる。


「祠の防衛に王国群も協力したいって。内乱の後で数が減ってしまったから、たくさんは難しいんだけど、もしレイグさんがいるんだとしたら、解放してあげたいって気持ちもあるから」


「助かるけど、いいのか? どう上手く事が進んでも、被害の出ない戦いにはならない」


「それは、うん、ミゼや皆も分かってると思う」


「分かった。その人が来るのは東の管轄の祠って話だから、話を通しとく。後から直接、指揮官がオルジェ支部長のところに足を運んで欲しい。頼めるか?」


「うん」


 今さらながら、セトたちに拾ってもらえたことを本当に幸運に思う。人柄もそうだが、やはり組織を動かすには地位が必要だ。彼にはそれがある。心強いことにも。ランテたちの意向を聞いてすぐに動いてくれることが、ありがたくてならない。


「そっちの話はもういいかい?」


「あ、うん、長々ごめん」


 間が生まれるのを待ち構えていたように、デリヤが口を開いた。


「今後の中央をどうしていくか考えてみたよ。僕の意見はきっと尖ってる。気づいたことがあったら言ってくれるかい? 特に君は、詳しいかはともかく、王国のあり方もある程度知っているだろう。参考にしたい」


 そう断ってから、デリヤは今後作りたい社会の展望を話し始めた。


「まず、貴族という身分をなくしてしまいたい。これは絶対に必要だと思うね。奴らは金を集めて贅沢をすることしか考えていない能無しだ。白軍組織のようなものを新しく作り直せば、治安維持やら執政やら、奴らが貴族の仕事だと思っていることなんて、他の人間でもまかなえる……というか、その方がいいね。実力主義で、能力のある人間を登用していきたい。世襲なんてゴミ溜めを作るだけの仕組みじゃないかい?」


 辛辣な物言いだが、ここまで来ると爽快とさえ思えてくる。痛快という言葉は、こういうことを言うのだろうか。


「デリヤって貴族だよね」


「それが何だい?」


 ランテが思わず聞くと、やはり苛ついたような返事があった。デリヤは貴族というものそれ自体を好いていないのは、もうその答え方だけで伝わってくる。


「貴族の人って、貴族でいることを喜んでいる人が多いと思うんだけど、デリヤはどうしてそういう考えを持つようになったのか、気になって」


「どうしようもない父親を見て育ったからじゃないかい」


 それ以上話す気はないと言外に主張しつつ、デリヤは言った。子は親を見て育つと人は言う。デリヤが父と同じ道を歩まなかったことを、ランテは素直に尊敬したい気持ちだった。


「貴族制度をなくすことは、オレたち平民からしたら願ってもないことだけど、当然貴族側は猛反発するだろうからそこをどうするかだな。それと、中央貴族はともかく、地方の貴族は役目を正しく全うしている者も多い。そういう人たちを腐敗貴族と一緒にしてやるなよ」


「正しかろうと正しくなかろうと、特権を享受していることに変わりはないじゃないか」


「特権を与えられている分、犠牲にしているものだってあるさ。例えば、自由とかな」


 ランテはそこまでセトとデリヤの会話を静かに聞いていたが、そういえばと思い立って口を開いた。


「王国にも貴族はいるんだ。それでちょっと思ったんだけど、王国とこっち側、それから黒軍……ラフェリーゼだっけ? その三つの関係って、今後どうなっていくんだろう。全部が同じ国になるなら、貴族のことだって一緒に考えないといけないし……」


 ランテの声が完全に消え入ってからもしばらく、二人は口を閉ざしていた。


「それは双方と話をしてみないと何とも言えないけど、現段階の個人的な見解を言うなら、全部が同じ国にというのは難しいと思ってる。元は同じだったとしても、もう七百年隔ててしまったからな」


 デリヤの方も、今しがた述べられたセトの意見と大方同じ思いでいるようだった。二人は隔てられてからの世界で生きて来て、それしか知らないから、そういう意見になるだろう。それは分かる。しかしランテは、記憶喪失だったからこそ、二つの世界をその中の人間として経験することができた。だから思うのだ。皆でまた一つの世界の中で生きられないだろうか。


「ただ……」


 微かにセトが零した声が耳に届く。目を向けたランテに一度視線を寄越してから、セトはデリヤに視線を流した。


「なあ、デリヤ。お前はこの世界のあり方についてどう思う?」


「どうって何がだい?」


「ここが呪で出来ている世界だという点について。オレとランテは、この話では多分両極端の考えを持ってるだろうから、お前の意見も聞きたい」


「その話なら、そうだね」


 それについてはランテも聞いてみたい話だった。ランテとセトが両極端というのはそうだろう。それぞれの来歴から、今在ることに満足するランテと、不安定な存在であるという事実に苦しんで来たセトとで、違う見方になるのは当然とも言える。


 二人分の視線をしばし受け続けてから、デリヤはゆっくりと口を開いた。

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