【Ⅰ】—2 腕試し
救出作業が一段落したのは、日が昇ってしばらく経ってからだった。
誰も死なせないと誓った通り最大限努力したが、既に手遅れだった人たちは少なからずいた。特に主戦場となった城の中は、まだ見るに堪えない状況だという。
「城を片づけて、家を失った人たちに貸しましょう。食糧もかなり蓄えがあるはずです。そして、紫の軍の人たちに集まってもらいたいんです。現状や今後について、話し合いましょう」
ミゼは一国の姫だ。それは確かなことだけれど、王国時代には国王陛下が存命であったから、一度も国政を行うことはなかったし、人前に立って何かを取り仕切ることもなかった。こうして人を動かすのは初めてのことだろうが、彼女は動揺を全く見せず毅然としている。国王とレイグを欠く今、ミゼしかいない。その状況は分かるが、さぞ不安だろう。支えになりたい。ミゼの傍を離れないようにしようと、ランテは密かに決める。
「ランテ」
声を受けて振り返ると、セトとユウラがいた。
「急場は凌いだって感じだな。まだ落ち着けはしないだろうけど、ひとまずお疲れ。これから今後のことを話し合うなら、オレたち外の人間はいない方がいいと思うから、一旦引き揚げようかって話してたんだが、それでいいか?」
「あ、えっと……ちょっと待って」
流石に勝手に判断してはいけない内容だと考えて、ランテはミゼに打診しに駆ける。
「ミゼ、話し合いをするなら北の人たちが一回帰ろうかって言ってるんだけど、どうしよう」
後ろから二人もついて来ていた。セトが補足をしてくれる。
「オレたちを信じていいのかどうかって話になるだろうから、こっちがいると話しにくいんじゃないかって思ってさ」
ミゼはしばし悩んでから、首を振った。
「いえ……もし時間が許すなら、同席してくれると嬉しいわ。今の情勢にはあなた方の方が詳しいでしょうし。何より」
柔らかく微笑んで、続ける。
「あなたたちの人となりを知れば、信じないという選択はしないと思うから」
セトとユウラが視線を交わす。二人は同時に小さく頷いて、セトの方が返事した。
「分かった。その場にはオレとユウラの二人で参加させてもらう。残りの兵はこの後祠に向けて発つ人間は引き揚げさせて、後は残して復元作業に当たらせる、でいいか?」
「ありがとう、お願いします」
その後てきぱきと兵に指示を出すセトとユウラを見ていると、憧憬の念が湧き上がるのと同時に、不甲斐なさも感じた。二人はランテより一つ二つ年上ではあるが、ほとんど変わらない。そんな二人がこんなにも人をまとめられている。ランテが二人のようになれれば、もっとミゼの力になれるはずだ。二人から吸収できることを探すために、ランテはじっと二人の姿を目で追いかけた。
王城地下、第三修練場。かつて紫の軍の会合場所だったそこで、会は持たれた。集ったのは、紫の軍からオーマとジェーラ、マイル、エデ、そしてランテとミゼの六名。城の兵代表として兵士長、自警団代表として団長、参加を希望した貴族が数名にセトとユウラを加えた二十名程度だった。
ミゼからこれまでの経緯が語って聞かされる。幻惑の呪を用いた説明はやはり分かりやすかった。しかしその内容は信じがたいものだったようで、話が済んだ後しばらくは沈黙が続いた。
「七百年以上が、ねえ」
オーマがぼんやりと呟いた一声が契機となった。
「ベイデルハルクの野郎、許せねー。クレイドの奴もだ。二人まとめてぶった斬ってやりてえ」
ジェーラのやや過激な発言に、彼女を知らない者の内の何人かが唖然としている。豊かな髪を絹のリボンで束ねて騎士服に身を包む彼女の佇まいは、一見すると淑やかな女性騎士に見えるものだから、驚くのも無理はない。
「はい。ベイデルハルクを、今度こそ討たねばなりません。そのために今の世界のありよう、そして手を繋ぐべき相手のことを皆さんに知っていただきたくて、今回、白軍北支部の副長さんとその副官さんに同席していただきました」
ミゼの紹介を受けセトが進み出て、現代のこと、白軍についてのこと、そして今出来上がろうとしている新組織についてが端的に語られる。
「我々は長らく無知で、ここに至るまでにベイデルハルクの支配を唯々諾々と受けてきました。王都の皆さんからは、あまり良い感情を向けられないだろうということは理解しているつもりです。ですがそれでも構わないと仰ってくださるのならば、共に戦いたいと願っています。我々が信用に値するかどうかは、皆さんでしっかり吟味してくだされば。どちらにせよ、皆さんが我々に剣を向けない限り、こちらから皆さんに害をなすことはないと誓います」
その後には、周囲を窺い合うような間が続いた。貴族の一人——ランテは貴族の多くの名前を知らない——が最初に口を開く。
「姫君は、あの者らを信じておいでか? それは何ゆえに?」
ミゼは躊躇わずに頷いた。
「彼らと長い間時を共にしたランテの記憶を見ました。彼らの動きなくして、王都は目覚められませんでした。そして行動の節々に真心を感じもしました。私は長らく人を見てきましたから、彼の言葉に嘘がないのもよく分かります。疑う理由がむしろ見つけられない」
きっぱりと言い切ったミゼに背中を押されたように、頷きが広がっていく。唯一頷かなかったのはジェーラで、彼女は隣にいたオーマの剣の鞘を引っ張りながら立ち上がった。
「おわっ、何だ?」
「剣貸せ」
「おい待て、何する気——」
オーマの制止も聞かず、ジェーラはまずミゼにつかつかと歩み寄る。
「姫様、ご無礼お許しを」
低頭して断り、ジェーラはオーマから奪っていた剣を鞘ごとセトに投げ渡した。
「ランテが世話になったのはよく分かったよ。王都の目覚めのために尽くしてくれたこともね。それは感謝しているが、私はあんたみたいな若造をこの場に寄越してくる白軍連中が気に食わないのさ。嘗められているのかって思っちまう。あんたに実力があるなら、要人だって認めてもいいけどね。というわけで、手合わせを一つやろうじゃないか。真剣でやるが当然殺しはなしの寸止めだ。いいだろう?」
貴族としてそれほど位の高くない家の出の上、女性の身のジェーラは、実力で騎士の座を射止めた。有名な話だ。だからこそ彼女は何よりもまず実力を重要視する。理由をあれこれつけてはいるが、結局のところ白軍の人間がどれほどできるのかを知りたいのだろう。本調子ではないにしても、セトの技量なら問題ないだろうが、できれば穏便に話がついて欲しい。
「必要なら」
「副長」
あまり気乗りしない様子のセトが持つ剣に、隣からユウラが手を載せる。
「あたしが」
セトが何か答える前に、ユウラは剣を手に取って進み出た。
「副長の方が実力は上です。あなたがあたしに勝ったら次は副長、でいかがですか?」
「へえ、威勢のいいお嬢さんがいたものだ。面白いね。こっちは構わないよ」
ジェーラに強気に微笑んで見せてから、ユウラはオーマに目を移した。
「剣、借りますね」
「それはいいが……」
気遣わしげなオーマだったが、ユウラはそんな彼に長く視線を留めることもせず、鞘から剣を抜き取った。刀身を一眺めして頷く。
「ここでやりますか?」
「ここは元々修練場だからね。ぴったりさ」
どんどん話を進めていく二人の前で、ランテはおろおろしていた。どうしてこんなことになっているのだろう。
「あの、ジェーラさん、ユウラは剣——」
止めに入ろうとしたランテを止めたのは、セトだ。
「ユウラは剣も使える。あと、止めると怒る」
「怒る? 何で?」
「信じてないのかって」
「ああ……」
眼を鋭くするユウラの立ち姿が、ありありと目に浮かんだ。思わず真顔になって頷いたランテに笑いかけて、セトは続けた。
「見守ろう。王都の人に頼りになるって思われるのは、悪いことじゃないしな」
彼は、ユウラが勝つだろうことを信じて疑っていないようだった。それをこれまで一緒に戦って来た仲間として嬉しく思う気持ちと、王国の、そして紫の軍の一員として悔しく思う気持ちとで、ランテの心中は非常に複雑だった。
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