【Ⅲ】—6 調停
「引き続き状況確認をしたいのですが、よろしいですか」
続いた間が沈黙になりかけた頃、セトがシリスに確認を取る。シリスは慌てて頷いた。
「ええ、どうぞ」
「王都付近の現状についてです。ルノア、王都には結界があるって話だったよな。今はどうなってる?」
セトに目を向けると、ミゼは静かに語り始めた。
「それについては、まずベイデルハルクらがなぜ王都を欲したかについて話してから伝えるわ。彼らが王都を本拠地にしたがった理由は、単に大陸の中央であるという位置が重要だったからだと思うの。北の人たちが見つけてくれた【超越の呪】……あれを用いるためには、対価となる力を世界から集めなければならない。私は超越の呪については解明できていなかったけれど、彼らが呪を用いて世界をどうにかしようとしていることは理解していたから、大体のところを察して動いたわ。呪を使用する際、世界の中央で呪を発動すると最も都合がいいの。つまり、彼らは位置を欲しがった。一方私は、かつての王都とそこに住む人たちの保護を重んじた。私は私が守りたいものを守るために手段を講じて、それは破られていないわ」
「今の話だと、ルノアは王都を元々あった場所からどこかへ切り離したように聞こえるけど、その理解で合ってるか?」
「ええ。元々王都があったエマリーユ湖の位置には今、私が造り上げた王都の模造品があります。彼らはそこに張ってあった結界を破り、王都や王城を占領した気でいるのでしょう。もちろん大陸の中央を陣取られたことは危惧すべきことで、最善はそこの結界も守り抜くことだったのだけれど……ごめんなさい。力不足でした」
謝罪は受け取らず、セトはさらに先を促す。
「それで、本物の王都は今どこに?」
「私の【形影】の世界の中に」
聞き慣れない呪の名前が出て来た。セトにとってもそうだったらしく、説明が求められる。
「説明が欲しい。こっちの人間は、闇呪に明るくないんだよ」
「ごめんなさい、そうでしたね。【形影】は、闇を入り口にして別の空間を作り出し、物を収納しておける上級補助呪です。本来は鞄代わりに小物を収納する際使うような呪ですが、今回はこれを応用し、街と城とを保存しました。多用はできません。七日頂きましたが、そのほとんどをこの呪の完成のために使いました」
王都が無事だということに——もちろん精霊が暴れた後であるのは変わらないから、完全に無事だとは言えないだろうが——ランテは安堵した。便利な呪だなと思うと同時に、ミゼが七日で想像を絶するようなことをやったのだと知り、尊敬のような念と負担への心配とを併せて抱くことになる。
「その呪、解除は簡単にできるものか?」
「ええ、それは。ただ、王都を出現させるに足るスペースが必要ね」
「王都は、時間が止められてるんだったよな。それはどうにかなるか?」
「……ランテや始まりの女神次第、という答えになります」
「分かった」
誰も口を挟めないテンポで進んでいたセトとミゼの質疑応答が、一度そこで終わる。機を待っていたようにモナーダが声を上げた。
「ミゼリローザ姫、お話ありがとうございました。大体のことは把握できたかと思います。もう一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。ベイデルハルクらの今後の動向が読めそうであれば、それを知っておきたいのです」
姫という呼称はミゼを複雑な気持ちにさせるらしかった。
「……まず、王家は滅びました。私は姫でももう何でもありません。特に大陸の西側の方々には、そう呼ばれる資格は私にはありません。一人の仲間として扱っていただけると嬉しいです」
受けて、モナーダはわずかに眉を下げる。
「あなたが望むのならば、そうしましょう。しかしミゼリローザ殿、あなたのされた判断は、あの状況においては致し方なかったことと……少なくとも私は心得ております。そういう人間もいることは、お知り置きいただきたく」
「ありがとうございます」
「質問にお答えします。ベイデルハルクは、【超越の呪】の完成を優先させることは間違いないと思います。私は研究内容を直接目にしたわけではありませんが、北の支部長さんが使ったものの紋を見る限り……今すぐそれが叶うという段階には達していないように思います。そうですね?」
ミゼはテイトに視線を移した。続きは彼が引き受けた。
「失礼します。【超越の呪】について現在最も詳しい者として発言致します。ルノアさんが言うように、この呪はまだ使える段階にない。というのも、全世界を呪力に変えるにはまだこの世界の基盤が盤石で、手が出せない部分が多いからです。この基盤というのは、精霊たちを指します。大陸西側六地点にいる大精霊たち、そして大陸東側では【核】と呼ばれているらしいですが、やはり同じく六地点にある力の集合体がある限り、世界はそう簡単には崩壊しないと考えています。しかし裏を返せば、これら十二個の力の集合体の多くが破壊されたとき、世界は崩壊の危機、つまりベイデルハルクの身勝手な呪の対象にされる
一度、議事堂が静まった。シリスがそっと口を開く。
「では、状況確認は済んだかと思いますので、話し合いを次の段階に進めたいと思います。今後、ベイデルハルクらとどう立ち向かっていくか、の部分ですね。ご意見のある方は?」
誰も発言しない。それを十二分に確認してから、セトが言った。
「黒軍との停戦が最優先事項かと」
視線がセトに集結する。その一つ一つに視線を返し終えてから、彼は続けた。
「一つ言いそびれていたことがあります。準司令官の地位を与えられた後のことですが、同じ顔をした人間が数十詰め込まれた部屋に連れていかれました。今、同じ顔と言いましたが、彼らは皆クスター副官と同じ顔をしていました。大聖者が造り上げたのだそうです。皆さん、クスター副官の実力はご存知でしょう。全員が彼で編成された軍が押し寄せてきたら? こちらだけでも六ヶ所ある大精霊の
「和解したところでその状況は変わらんだろう」
オルジェがすぐに反応する。長らく最前線で戦ってきた東支部の長としては、当然の反応だろう。やや凄むような響きを持った低音に、セトは全く気圧されなかった。
「いえ。和解の後のことも考えた上での提案です」
「和解の後だと?」
「十二個の祠を、六個にできたとしたら? 大精霊の力が倍になったとしたら? 守るべき場所は減り、それぞれが使う呪の威力も倍近くになりますね。当然、ある程度の鍛錬は必要でしょうけど」
どこまで、セトは会議の方向性を読んでいたのだろう。この提案は少なくとも、ベイデルハルクの今後の行動指針が読めていなければできない提案だ。もとより黒軍との和解は彼が考えていたことではあるが、今それが、一度オルジェに難色を示されたレベリアでのあの時よりも、もっとずっと妥当性の高い案として示されている。
彼の置かれた状況を思う。冷静に考えを巡らせられる心理状況には決してなかったはずだ。しかし、この提案が今の一刹那で考えられたものにはとても思えない。きっと、目覚めてからずっと——自分が会議に参加するのだと分かってからずっと、セトは考え続けていたのだ。ランテには分かる。どれだけ心を殺そうとしても、この人は絶対に非情にはなれない人だ。どれだけの自責があったか。どれだけの後悔があったか。どれだけの
「つまりお前は、黒軍と和解ないしは停戦し、力を合わせてベイデルハルクに立ち向かおうというのか。両地域それぞれにある大精霊の力も、半分ずつ託し合ってか?」
「そうです」
「はっ。数えるほどしか戦場に出なかったお前にしかできない提案だな。おめでたい思考で結構なことだ」
気のせいでなければ、オルジェのセトへの態度が、この前会ったときよりも露骨に
「オルジェ支部長が仰りたいことも分かります。ルノアの話だと六百年ほどになるでしょうか、白軍と黒軍が殺し合ってきたのは。その間に募った敵愾心から双方簡単に解き放たれたりしないというのは、もっともなことでしょう。ですが、その感情に
黙ってセトを見つめるオルジェには、その『調停に適した存在』の答えが分かったのだろうか。
「調停は、王都の人間に頼む。どうでしょうか」
それほど大きくはなかったセトの声が、やけに響いたような錯覚がした。
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