【Ⅲ】—1 新組織

 中央本部、大議事堂。第一回目の新組織の会議の参加者は、北支部から副長のセトと連合軍副指揮官のアージェ、そして大聖者の呪について深く知る者としてテイト、東支部から支部長のオルジェと副長兼連合軍総指揮のフィレネ、さらにその副官ナバ、西支部から副長のサードとその副官カゼッタ、南支部から実戦部隊長シリス、中央代表としてモナーダ、最後に王国の代表としてミゼとランテの計十二名となった。いつも総会が行われる部屋らしく、大仰に感じるほど広い。たったの十二名では中央部の席がわずかに埋まるだけだったが、防音などの面からこの議事堂を使うことは昨日のうちに決まっていた。


 最後に来たオルジェが席に腰かけてからしばらくの間、誰も何も言わない時間が流れた。


「司会が必要ではと思いますが」


 南支部のシリスが沈黙に耐えかねたが、控えめに発言した。彼は気弱そうな線の細い青年で、一見すると中立を貫こうとする支部長に反目して兵を出すような人物には見えない。しかしこの重苦しい場面で真っ先に発言できたことを鑑みると、見た目と違って案外肝の据わった人なのかもしれなかった。


「もし皆様ご異論なければ、私にその役目をくださいませんか。ご存知のように南は、支部長の承諾を得ての出兵ではありませんし、数も四百ぽっちでした。そもそも、現状について深く理解して出兵したわけでもありません。今後、これまでの南支部としての機能を果たし続けるに足る権利を頂戴できるのならば、それ以上求めることはございません。僭越ではございますが、このような立場だからこそ、私が最も司会に相応ふさわしいと愚考します。もちろん不足があればその都度補って頂きたいです。その点も、立場的に見劣りする私こそが務めるべきだと思った理由の一つです」


 弱々しい声ながら、彼はそこまで言い切った。ランテはなるほどと思わず頷いていた。話が終わってから、ナバがシリスと目を合わせて微かに頷いていたのだ。シリスが見た目にそぐわないような行いをしているのは、ナバの入れ知恵だったのだろう。ナバは自分が動かしやすい相手を選んで連れてきたのかもしれない。


「問題なかろう」


 皆がそれぞれの出方をうかがうような間があったが、オルジェの一声で大勢は決した。当然ランテに異論はなかったので、頷きで追従しておく。


「では、失礼します。ここにいらっしゃる方々はほとんどの方が既にご存知かもしれませんが、共通認識は必要かと思いますので、中央本部を打倒するに至った経緯を確認しておきたいと思います。構いませんか」


「いちいち確認を取っていてはらちが明かん。問題があればこちらから口を挟む。話を進めろ」


「……すみません、ではそのように。どなたに伺いましょう」


 オルジェの指摘にやや肩を縮こまらせながら、シリスが尋ねる。すぐに、ランテの傍で声が上がった。


「それは、私から」


 セトだ。


「発端は、エルティが中央の襲撃を受けたことです。ここにいるルノアを罪人として連行中のジェノ上級司令官が、道中エルティに立ち寄り、中央広場で白獣の召喚を試みました。それ自体は防げたのですが、直後に大聖者が現れまして。北の戦力だけでは大聖者を退けることはできなかったでしょうけど、ランテとルノアの助力があって、どうにか街は防衛できました」


 その後も彼は、端的ながら不足なくあらましを述べていく。ロアらやデリヤから聞いた情報、ワグレでの経緯とイベットの話、王国記の内容とその信憑性、激戦地での戦いと現れた城について——既に出来上がった報告書を読み上げるような正確さで、そこまでを語り終える。


「その後のことは、皆さんご存知のように私は捕虜の身となりましたので。ここから先のことは、ランテ、頼めるか?」


「あ、うん……あっ、はい」


 いきなり話を向けられて、心の準備が整っていなかったランテだったが、どうにかその後を継いで話を進める。レベリアで我に返ってから、エルティに向かい、そして白都ルテルへ至って軍議を始めるまで潜伏したこと。語るのは何度目かではあったために、それなりに上手く話せたつもりではあったが、セトのときと違っていくつか質問が挙がったのは、それでもまずいところがあったのだろう。少し申し訳ないような気持ちになる。


「今回の蜂起に至るまでの経緯はよく分かりました。ありがとうございます。それでは、昨日の件についての報告を各隊から頂いてよろしいでしょうか」


 シリスの進行は、声こそやはり頼りなげだったが、的確であるようにランテには思えた。今度はサードから口を開く。


「西・中央の連合軍でティッキンケム攻めをした。こちらの手勢は二千、対して監獄側は千二百程度だったな。黒女神の加勢もあり、こちら側の戦死者は六十七名で、監獄側は監獄長以下五百足らずだ。残った者はほぼ証持ちゆえに西の兵力として加える。その他の敵方指揮官は、空いた牢にぶち込んでおいた。元々収容されていた者たちに関してだが」


 サードは紙束を取り出すと、やや乱暴に机の上に乗せた。束は分厚く三つに分けてある。


「収容者リストだ。生存者と獄死者、そして行方不明者を調べさせた。分けてある。急がせたので多少のミスがあるかもしれんがな。要約すると、欲しかった戦力の半数程度は既に殺されていた。攻め入ったときは処刑作業の途中だったようでな。収容者によると、前の晩から始まっていたらしい。こちらの大監獄攻めの情報が漏れていたというよりは、中央本部陥落後のことを考えていたようだ。行方不明者はほとんどが名のある上級司令官や聖者の人質らだ。王都に連れて行く者たちの人質だけ、あらかじめ移送していたのだろう。生存者の概数は、戦闘員になり得る者が三百余名、非戦闘員が千弱だ」


 紙束を見比べてみると、一つが圧倒的に厚く、残る二つのうち片方はその半分程度の厚みで、最後の一つは百枚程度の束だと思われた。一番分厚いのが生存者のものであろうことは分かるが、残り二つはどちらがどちらだろう。数が少ない方が死者の方であって欲しいと、ランテは祈るように見つめた。


 その次は、モナーダが引き継いだ。


「では、次の我々白獣阻止部隊の報告をさせて頂く。一体のみ召喚を許してしまったが、本隊の助けもあり被害が軽微なうちに食い止めることができた。その後は本隊に加わっていたが、そちらの報告は本隊の指揮官に任せよう」


「では、本隊についてわたくしから報告を。予定通り東・南の軍は東門から、北の軍は北門から攻め入りました。両門で戦闘はありましたが、被害は出ていません。その後本部外門で交戦状態となりましたが、北の支部長の働きがけがあり、無血での開門となりました。ハリアル支部長は白女神が中央全体を崩壊させるための呪の準備に入っているとの情報をお持ちでしたので、その阻止のために精鋭たちを本部内に送り、他の者で住民の避難と、貴族街に潜んでいた本部の兵の征討を行いました。敵の兵力は三千程度でこちらと同程度おりましたが、取るに足りない者たちの集まりでしたわ。負傷者こそ少々出しましたが、死者はおりません。ただ住民の方が多少パニックを起こしたようでして。戦いの心得もないのに武器を手に戦場に来た者や、一家心中を行った者などがいて、多少被害が出ましたわ。今は落ち着いたようですけれど」


「本部内のことについてはこちらから。大神殿を目指して進軍したのは、北の支部長ハリアル、同実戦部隊隊長アージェ、同実戦部隊員テイト、ランテ、東の副長副官ナバと、ルノア、そして私です。本部中庭で準司令官三十名あまりと交戦後、大聖者、及び白女神と対峙しました」


 フィレネの後を継ぎ、セトが本部内、そして大神殿内の出来事を淡々と語る。話が世界のありように至ったときには、さすがに聞き手たちに動揺が走ったが、彼は一切間を取らなかったので、大聖者が去るところを語り終えるまで、結局全員口は挟まなかった。


「それは、また……何と言えばよいか」


 モナーダが言葉に窮した様子で言う。


「そもそもベイデルハルクの言うことは、真実なのだろうか」


 ミゼの言うことだからとランテは疑っていなかったが、言われてみれば確かに証拠のようなものは存在しないと気づく。やはり疑う気にはならないが、ミゼを知らない他の者は何か物的証拠がないと信じられないのも仕方のないことだろう。ランテがちらりと見遣ると、ミゼは頷いて声を上げた。


「目に見える証拠をというのは難しいと思います。ですが、呪の造詣が深い方なら、この事実を知った上で世界そのもの呪力を感じ取ってくだされば分かるかと。世界そのものが呪力を供給され続けている一つの呪であることが、時間をかけて観測し続けていれば感じ取れるはずです」


「私たちも含め……ですか」


 モナーダは少し悩んだ後、敬語表現を付け足してミゼを見た。頷きが返るのを見て険しい顔になる。そのまま彼は、組んだ手に額を載せて俯いた。


「その状況を脱しようとしたベイデルハルクの気持ちも、分からないではないな……受け入れがたい現実だ」


 その気持ちが、ランテには分からない。確かに自分が誰かによって創られているというあり方は、積極的に受け入れたいと思えるような事実ではないかもしれないけれど、今ここにいるランテがランテであることは一番自分がよく知っていることだ。自分の意志で生き方を決めてここにいる。どう創られていたとしても、それは変わらないではないか。それなのになぜ不満を抱くのかが、ランテには分からないのだ。


 だがおそらく、そう思うランテの方が異質なのだろう。だからランテは声を上げることをしなかった。うかがい見たミゼの表情が曇っていて、何とかしないととは思うものの、何も言葉が出てこない。


「この世界の在り方を受け入れられなかったとして」


 しばらく続いた沈黙を退けたのは、サードだった。


「大聖者の創る世界に希望が持てるか? 俺は持てんな。腐り切った中央本部を見ていれば分かる。まだ俺の方がマシな組織を作れていると、自信を持って言える」


「それについては同感だ。大聖者にくだるなど言語道断」


 先程からオルジェが発言すると、空気が変わるような感じがする。この場において一番発言力を持つのが彼であるということが、言葉通り肌で感じられた。


「流石は元中央本部上級司令官殿だ。大聖者に頭を垂れる癖が抜けておらんと見える。謀反によって奥方を処刑されてなお、大聖者に牙を剝く勇気を持てんとは、よほど念入りに調教されているのだな」


「えっ」


 思わず声を上げたランテを見て、モナーダは力なく、そして寂しく笑った。


「君たちが気に病むことではないんだ、ランテ君。私が選んだことだ。妻には……本当にすまなかったが、妻はきっと、分かってくれる」


 声の方にも力の不足をありありと感じた。モナーダは弱い笑みをたたえたまま、オルジェに目を戻す。


「貴殿の言う通りだ、オルジェ殿。そしてサード殿も。世の在り方に疑問を抱くのと、大聖者に賛同するのとはまた別の話であるな。戦意や士気を削ぐようなことを言って申し訳なかった」


 挑発とも取れるオルジェの発言に対し、一切声を荒げず落ち着いた対応をするモナーダに、人間としての器の広さを感じはする。だが。ランテは歯を噛み締めていた。前回の軍議のとき、中央の民たちのことに考えが至っていなかったこともそうだったが、犠牲を出さないようにと願っていながら、犠牲を防ぐための策を今までランテは何も講じてこなかったのだと、改めて思い知らされた。あそこでモナーダが敗北すれば、彼や彼に近しい者たちがどうなるかは分かっていたはずだった。そんなことを考える余裕はなかったなどというのは、単なる言い訳だ。モナーダの妻の犠牲には、間違いなくランテたちが関わっている。


「ランテ。今は」


 横から小さく声がかかる。テイトだった。ゆっくり首を振られる。言いたいことは理解して、けれどもすぐには受け入れられず、ランテはもう一度強く歯噛みした。


「うん、分かった」


 今考えることではない。分かる。分かるが、自分へ抱いた情けなさは、長くランテの心に居座り続けた。

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