【Ⅳ】―4 明後日
それぞれの話し合いが終了し、モナーダの提案で全員がまた机を囲んで座る。自然とランテに視線が集まって来た。
「えっと……各隊の動きの確認、しておきますか?」
進行役はやはり慣れないので、正しいかは分からないが、思いついたことを聞いてみた。頷きがちらほらとあったので、そのまま話を進めることにする。真っ先に頷いてくれたモナーダに、ランテはまず話を振った。
「では、我々白獣召喚阻止部隊の計画について説明しよう。概ね先ほど説明した通りだが、召喚士五人が十人編成の小部隊を率いる。白都ルテル内をこのように五つの地域に分け、各自担当区域の敵方召喚士を倒す、というものだ」
机上の羊皮紙に、白都ルテルの略地図が描かれている。貴族街を東西に分けて二人、市民街は南北に分け二人、そして貧民街を一人で担当するようだ。担当区域同士の境にある目印も描きこまれてあって、分かりやすい。これならばどこの地点を誰が担当するかで混乱は起こらないだろう。
「各担当区域に、五十ずつ待機兵を配置することにした。何かあったとき、彼らには【閃光】で合図を出すことで動いてもらうつもりだ。この待機兵は、我ら阻止部隊のみではなく、本隊の危機にも対応するよう指示しておく。後で本隊に、いくつか閃光の永続呪が込められた石をお渡しする。それで合図を出して欲しい。証持ちもいるが、その指揮ができる者を複数編成しておく」
「分かりましたわ。そのようなこと、ないと思いますけれど」
フィレネが答えたのを機に、後を継いだ。
「本隊の総指揮は、わたくしが
そこで「失礼しますわね」と断ると、フィレネはモナーダの傍にあったインクと羽ペンを手に取った。手元の羊皮紙にぐるりと一つ円を描く。
「本部の外門には本来正門と裏門がありましたが、上級司令官の情報によると、裏門が封鎖されたようですわね。門としての機能は棄てて、壁のように塗り固めたようです。ですから、そちらから無理に攻めるのは得策と思えません。また、周囲は高さのある外壁が張り巡らされており、強力な【加護】の永続呪がかかっていますから、外壁を崩すというのも難しいでしょう。しかも外門上に弓兵と光呪使いをかなりの数配置しているようです。もとより高低差がある上、あちらの将は腕のある風呪使い。風呪と弓の相性はとても良いですし、弓兵同士の勝負は避けたいところです。ですから」
円の下側と側面から伸ばした矢印にいずれも罰印を書き添え、フィレネは円の上側から新しく矢印を足した。そこに、今度は丸印が書き込まれる。
「東軍と北軍が合流した後、正門を一点突破するつもりですわ。当然、密集すると呪を大量に打ち込まれると思いますが、こちらも呪使いを多く編成し、対処させるつもりです。その間に敵将を始めとする指揮官を白兵戦で討ち、門を制圧します。大まかな作戦はこのようなところでしょうか」
フィレネは淡々と語る。躊躇は一片たりともなかった。このような戦いに慣れているからなのか、それとも軍の長としての責任感がそうさせるのか。
「では、最後に西軍の動きについて共有しよう。我々はこれより一日半の後、白都ルテルの西にある監獄ティッキンケムを攻める。詳しい攻略の仕方は割愛する。そちらに関係はないと思うのでな。半日で制圧が間に合えば、その後東門を通って本隊に加わろう」
「勝算はどのくらいありまして?」
サードは、フィレネの問いを鼻で笑った。
「間に合うかは際どいところだが、戦力は十分だろう。監獄の守衛はそのほとんどが中央から左遷された者たちだ。監獄長さえ抑えれば問題ない。さすがに牢そのものは堅牢だが、それとても鍵一つでどうにかなる」
「お詳しいんですのね」
「二年ほど勤めていた」
そういう経験があるのなら、彼に任せておくのが良いだろう。心強さが増した思いだった。
「だが、陽動が成るかは別の話だ。現在中央本部の兵力は多くはない。こちらを捨てる可能性は十二分にある。それでも戦力増強のために攻める価値はあると見ているが、本隊は心しておけ」
「ええ、分かりましたわ」
これで、一通りは共有したことになる。誰も口を開かないのを少しの間待ってから、ランテは念を押すことにした。
「最後に、何か新しく全体に伝えておくことはありますか?」
誰も何も言わなかったが、ランテが会議を終わらせようとした段になって、ルノアが遠慮がちに発言する。
「すみません。一つ、皆さんに知っておいていただきたいことがあって」
しばらく、ルノアはランテに瞳を向け続けた。それからはまた皆へ視線を戻し、語る。
「中央にランテを渡してはならないということを、伝えておきたいのです。彼は、始まりの女神の力を宿しています。それが敵の手に渡ると、今どうにか保てている均衡が崩壊する。ですから、彼を守らなければなりません」
どんな顔をすればよいのか分からなくて、ランテは心のままの表情、つまり困った顔をして集った視線を受け入れた。ややあって、サードが言う。
「それならば、そいつを中央から遠ざけた方がいいだろう」
「それはっ」
飛び出しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。嫌だなどとランテの気持ちを率直に吐いたところで、説得力は欠片もない。口を開いては閉じてを繰り返しているランテを見て、モナーダが助け舟を出してくれた。
「サード副長。あなたの言うことはもっともだ。しかし私は、彼に秘められた力が、この戦いに必要だろうとも感じている」
「それほどできるようには見えんが」
見た目で頼りなく見られるのは仕方がないと、ランテは自覚していた。手合わせでもしてもらった方がよいだろうか。そう考え始めたとき、今度はフィレネが声を上げる。
「わたくしは、彼に後ろを取られたことがあります」
彼女にモナーダと、それからアージェも追随する。
「彼は光呪で白獣を破った。呪の実力もかなりのものだろう」
「あのベイデルハルクともやり合ったって話だ。ランテを中央に渡せないと知ってたセ——俺らの副長がずっと連れ回していたのも、ランテの力を買ってのことだろうよ」
サードの意見は、理解できる。ランテに対して厳しい意見が多いような気はするが、客観的に物事を見たら、彼のような意見になるのが普通なのだろう。ルノアはランテを戦わせることに反対だったし、セトとて恐らくは随分迷っただろう。安全策を選ぶのなら、離れていた方が良いに決まっていた。
しかし、ルノアもセトも、ランテを信じて共に戦ってくれた。今、フィレネやモナーダ、アージェもランテを一人の戦力として認めてくれている。ありがたく、嬉しく、そして誇らしくもあった。場に不似合いな表情をしてしまいそうになって、ランテは思わず顔を俯けた。
「戦力になるのなら、反対はせん。入るのは本隊か? 責任を持って守っていただきたい」
「ええ、承知しておりますわ」
フィレネが頷いたことで、話はまとまったようだ。援護してくれた三人のおかげだった。彼女らと順番に目を合わせて、少し頭を下げておいた。
「……差し出がましいようですが、一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
壁際に控えていたトウガが、控えめに、しかしよく通る声で切り出した。ランテが「どうぞ」と言うと、彼は深く腰を折ってから続きを述べる。
「私は、ランテさんとデリヤさんが潜伏している屋敷で世話係をしている者です。私のようなものが、発言の機会をいただけたこと、大変感謝致します。中央に住む者として気がかりなことがございまして、お時間を頂戴致しました。白都ルテルが戦場になるのならば、非戦闘員を逃がしてやりたいと思っているのです。門を一つ……できれば二つ、民の脱出用にお貸しいただきたいのと、逃走ルートでの戦闘をなるべく避けていただきたいのです。構わないでしょうか」
慇懃な言葉だったが、主張は明確だった。聞いて、ランテははっとした。この提案を聞くまでその点に全く考えが至っていなかった。なるべく被害が出て欲しくないと願っていたのに、そのための具体策を何ら考えていなかったのだ。その事実に愕然とする。
「いいと思います。あ、フィレネ副長、どうかな」
思わず言ったが、ランテ一人の意見で話を進めてよいはずがないので、フィレネの意見を求めることにした。彼女は半分ほど頷く。
「わたくしたちも、被害は少ない方がよいと考えます。ですが、事前に中央に知られることは避けたいのですわ。避難の開始は、わたくしたちの軍が貴族街まで侵入してからにしてくださる? 門は西と南をどうぞ。そちらからは進軍しませんので」
「ありがとうございます」
トウガは、またしても深く腰を折った。ソノの屋敷に侵入したのは全くの偶然だったが、ユイカに会えたことに加え、トウガに出会えたこともまた幸運だったと心から思う。
会議は彼の提案を最後に終了した。しかし、まだまだ考えることは山積している。散り散りになっていく仲間たちを見送りながら、ランテは拳を強く強く握った。
作戦の決行は明後日だ。運命の岐路とも呼べる重大な日は、もう目前に迫っていた。
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