【Ⅳ】ー2 軍議

 まず何から始めようか。少々悩んだが、自己紹介のようなものが必要だと思い立つ。


「これから一緒に動く仲間になるので、まずは自己紹介し合いませんか」


「では各自、名前と立場、使える兵について述べるということでどうかな」


「はい、それでお願いします」


 モナーダが適宜助けてくれるようだ。心強い。ランテが言うと、近くに座っていたアージェが頷いて口を開く。


「北支部実戦部隊隊長のアージェだ。兵は千。呪も武術もできる奴が多い。一人につき中央兵三人分は働くから、三千いると思っていいぜ」


 アージェを皮切りに、兵を率いる立場にある者から発言していく。


「東支部副長フィレネ・ベレリラです。今回連れて参る兵の数は千三百です。北以上に精鋭揃いですから、頼りにしてくださって構いませんわ」


「東支部の副長副官やってます、ナバです。今回は南の兵をまとめます。四百しか連れてこれないですけど、南としては頑張った方だって思って欲しいすね……」


「西支部副長サードだ。兵は千五百出す。練度は低いが、一部精鋭は役に立つ」


「元中央上級司令官、モナーダ・ルルファだ。中央の離反者から集めた兵を八百ほど用意できる。また、中央本部についての情報は、ある程度伝えられるだろう」


 四支部とモナーダが言い終えたところで間が生まれた。机を囲んで座っている者の中で、残っているのはランテたち三人だ。デリヤもルノアも黙ったままなので、ランテが言う。


「ランテです。北支部の……実戦部隊の新人です。こっちがルノアで、こっちがデリヤです」


 ランテの視線を受けて、ルノアが静かに後を引き受けた。


「本名を、ミゼリローザ・ル・レイサムバードと申します。王国王族の末裔まつえいで、誓う者であり、また黒女神と呼ばれています。ですが今は、ルノアとお呼びください」


 一瞬、場が静まり返った。皆がルノアを見つめている。ランテが何か言おうと口を開いたところで、別のところから声が上がった。


「なぜ黒女神がここにいるのか、信用できるのか。経緯の説明を求めたい」


 サードだった。淡々とした口調だったが、しかし鋭い言葉でもあった。


「ルノアは絶対に信用できる。今までだって」


「ランテ、いいわ」


 ついやや感情的になってしまったランテをルノアが止めて、彼女はやはり静かにサードを見つめる。


「私は皆さんにとって憎むべき相手です。七百年前王国を守れず、西大陸をベイデルハルクに奪われ、言われるがままに大陸の西側の人々の王国に関する記憶を奪った。その後は、大陸の東を守ることに手が一杯で、西のことは……何もできませんでした。始まった戦争を止めることもできず、流れる血をただ嘆くことしかしてきませんでした。どうすれば被害を増やさずにいられるかと考えると……どれだけ考えても、犠牲のない方法なんて考えつかなくて、ではいつの時代の人々にその犠牲を強いるのか、それも決めきれませんでした。ただ生きるだけで得られる小さな幸せがどれだけ尊いかは、知っています。誰のものだって踏みにじりたくなかった。また、それを踏み躙って動いたところで、道が開けるかも分からなかった。いたずらに犠牲を増やすだけかもしれないと思うと……ひたすらに、怖かったのです。謝って済むことでもないのですが、本当にごめんなさい。……ですが」


 話すうちに俯けていた双眸を、ルノアは再び上げた。強い意志を映したその両の瞳を、一人一人に向ける。


「こうして皆さんが起とうとしている。私が起たない理由がありません。むしろ、本当は私こそが起たなくてはならなかったのです。憎き仇であるベイデルハルクを討つために」


 またも、しばし場が静まり返った。ルノアの七百年間に思いを馳せたのかもしれなかった。一つ息をついてから、フィレネが言う。


「……ごめんあそばせ。東は、かねてからセト北支部副長と情報を共有しており、協力関係にありました。ですから、情報は多少入っておりまして。この方の言うこと、それから王国の存在。それは真実だろうというのが、わたくしの結論です。滅びた国の城は、東の管轄からはよく見えますわ」


 フィレネが援護してくれたことに、ランテはほっとした。アージェもまた彼女に続く。


「裏切り者がいるかいねぇか、誰が信用できるかできねぇかなんて、これから調査する時間もねえんだ。ここに顔揃えた時点で信じるしかねえだろうが。話を先に進めようぜ。中央をどう潰す?」


 異論が出ないか少し待った。誰も何も言わないので、ランテはアージェに感謝しながら話を先に進めることに決める。


「それなんですけど、提案があって。本部を攻める隊と、中央が目論んでいる白獣召喚を止める隊、それから人質の解放を目指す隊を作りたいなと思っていて」


 空気が変わったのを肌で感じた。全員が真剣な——それこそ眼前に敵を認めたような、そんな顔をしたのが分かる。


「召喚士同士は、ある程度の距離まで近づけば互いに感知できる。中央の部隊に私を含め四人の召喚士がいる。そして、君もだね?」


 モナーダに確認を取られたデリヤは、すぐに頷いた。


「ああ。僕も元召喚士だ」


「では五人。五人がそれぞれ隊を作り、白獣召喚阻止に動こう。召喚士そのものはそう戦闘能力に秀でていないというケースが多い。基本的には呪使いだから、白兵戦に弱いという明確な弱点がある。それを踏まえて考えると、目標に忍び寄り意識を奪うというやり方が最も望ましいだろう。さらに、召喚士はそれほどたくさん作り出せるものではない。精々十……多くて十五というところだろうと思う。気配を消すことに長けたものを中心に、一部隊十ほどの兵があれば十分だと思うが、どうだろうか。白獣が呼び出されたときのために、予備の兵を二、三百ほど回してもらえると、より安定はするだろう。光呪使いの方がよいな。白獣が召喚された場合、光呪を扱う方が動きやすいゆえに」


「では、あなたの兵の一部を使うと良いのではなくて?」


「そうさせてもらえるとやりやすい」


 ランテ以外の者は、このような場に慣れているのだろう。間断なく話は進んでいく。フィレネの提案にモナーダが頷いたことで、あっという間に、白獣召喚阻止の部隊は決定した。そして、その後もすぐに次の話題が上がる。サードだ。


「こちらからも一つ提案がある」


「何ですか?」


「中央本部を叩く前に、ティッキンケムを襲うのはどうだ。先にそちらへ注意を逸らし、それから手薄になった本部を仕留める。大監獄に閉じ込められた人質や、中央反抗勢力も加われば、よりやりやすくなるだろう。やり手がいないならば西が請け負う。中央兵の残りも回してもらうと助かるな。そもそも中央兵と西の兵は、他支部と証持ちがいる分構成が違う。それぞれ別に動いた方がやりやすいのではと思うが?」


「証持ちの兵も戦わせるんですか?」


 途端、しんとする。どうしても黙っていられなかった。サードはランテを横目で見る。きっと感情が顔に出ていたのだろう、言いたいことはそれで彼には伝わったようだ。非難されると思ったが、サードはそうはしなかった。


「今は証持ちの是非で争っている場合ではない。西の兵の使い方は西で決めさせろ。そもそもだ。証持ちは、それぞれ覚悟の上で洗礼を受けている。戦わせねばそいつらの覚悟を踏み躙ることになる。そして最後に、俺は無能な中央の指揮官とは違う。兵を容易たやすく死なせる気はない。めるなよ、新人兵」


 言葉は強かったが、口調はどこか穏やかだった。証持ちを受け入れる気には当然ならないが、彼の言うことにも一理あるのは分かった。加えて何となくだが、サード自身も証持ちを積極的に受け入れているわけではないような気がした。


「すみません」


 謝ると、サードは特に気分を害した風もなく視線をランテから外した。話を進めろ、と言いたいようだ。


「よい考えだ。皆さんはどう考える?」


「いいと思います。それなら、残りの支部の人たちで、中央を攻めることになるかな」


 モナーダに投げかけられて、ランテは頷いた。ティッキンケムが大監獄らしくて、そこに人質や中央へ反抗する勢力も閉じ込められているというのは、サードの話を聞いただけで分かったし、そこにいる人間が解放されれば味方も増えるだろう。戦力が多少分散してしまう以外は、悪い話に思えない。やはり人が集まると、新しい意見も集まるのだなと実感する。


「ええ。それが良いと思います。我々東と北は、ちょうど二日後中央へ援兵を出すことになっていますから、目くらましにもなりますし。南には東と合流して向かってもらいましょう。そして、まずは門を破るところからですわね。指揮官は誰ですの?」


「……この数日で門の兵の配置が見違えた。あれは、容易くは攻められない。さすがと言うべきかもしれないな」


「セトらしいです。あ、北支部副長の」


 フィレネの問いにモナーダが、そしてその後にランテが、揃って沈んだ声で応じた。アージェが低く唸って、ナバが「えっ」と短く声を上げる。


「テイトが人質にされているみたいなんだ。それで、多分従わされてるんだと思う」


「あー……」


 補足すると、ナバが納得したように声を吐き出した。彼と、それからアージェも浮かぬ顔になる。このままではいけないと、焦ってランテは声を上げた。


「だから、人質を救出できたら、戦わなくても」


 皆まで言う前に、フィレネが声を被せてきた。向けられた視線には一片の感情も滲んでいない。いっそ非情にすら思える声音で、彼女は語る。


「残念ですけど、ランテ様。甘い考えは捨てるべきですわ。人質を取られていようと何だろうと、立ちはだかる以上敵は敵として考えるべきです。そもそも、中央に従う人間の大部分は、彼と同じような状況にあるはずですわ。皆、同じように従わされています。人質の救出も現実的ではありませんわね。本部の奥深くの牢に繋がれているのでしょうし」


「でも」


「セト副長が何を選ぶかは対峙してからでないと分からないことです。個人的には、いかに大事な仲間であろうと、人質は切り捨てるべきだと思いますけれど。門の兵の配置が改善されたということは、彼にはそうする気がないのかもしれませんわね。ですから、戦うことを前提に話を進めましょう」


 おそらくはランテと同じ気持ちを抱えるのであろうデリヤやナバ、アージェ、そしてルノアも黙っている。このまま話を進ませるわけにはいかないと思って、ランテは縋るようにルノアを見た。


「ルノア、セトと話せないかな」


「それが……ごめんなさい。彼の呪力を探し出せないの。前に見つけたときも相当乱れていて苦労したけれど……それを念頭に置いても、見つけられない。外門付近にいるのでしょうし、彼は癒し手だから、見つけやすいはずなのに。何かあったのかもしれない」


「何かって」


「分からないわ。……けれど、呪力は精神状態を映し出す。だから、彼は」


 それきり何も言わなくなって、ルノアは揺れる瞳で彼方を見た。罪悪の念が彼女を包んでいるのが分かる。不穏な予感がランテの胸中を満たして、ますます気が急いた。


「セト副長は、激戦区でリエタ聖者と相討ちしていますわ。聖者級の難敵と見るべきです」


「癒し手でもある以上、真っ先に潰した方がいい」


「待って」


 話を進め始めたフィレネとサードを遮るが、ランテが次の言葉を探すより前に、今度はモナーダに止められた。


「ランテ君。セト副長の気持ちも考えるべきだ。彼を救うということは、人質を殺すことなのだよ。対峙したとき、彼が戦うことを選んだのだとしたら、それは自分の身より人質の命を重んじたということだ。倒してあげることも、優しさだ」


 もどかしい。そんなこと許せるわけがないのに、周りを納得させるだけの言葉をランテは持たなかった。この場で必要なのは、情より論だ。その程度のことはランテにも分かるが、考えても考えても、出てくるのは情に訴える言葉でしかない。


「おいランテ。俺らの副長を侮るんじゃねぇぞ? セトは頭も切れる。何か中央の裏をかく策を持ってるかもしれねぇ。悲観してもしょうがねぇんだ。前向きに考えろ」


 アージェにそう言われて、ランテは何かを言おうとして開いていた口を閉じた。そうだろうか。そうかもしれないけれど、それでは今までと同じでセトに全て投げているのと同じだ。きっとまた無理をさせるし、セトは自分を捨てることに躊躇ためらいがないから、そんな選択をさせてしまうかもしれない。


「証持ちの指揮経験がない人間を指揮官に据えたところで、使い物にはならんだろうと思うが」


「部隊長クラスに、経験者が多くいるはずだ。総指揮の人間が直接証持ちに指示を下さずとも、兵を動かす方法はある」


「もう少し情報が欲しいな」


 話し合いは、サードとモナーダ、そしてフィレネの三人によって進められていく。


「北とはよく演習をしますから、わたくしの把握している範囲でお伝えしますわね。まず、用兵については堅実な方で、兵の命を重んじるタイプですわね。守りが固く無理に攻めない。ですから、今回のような防衛戦は得意とするところでしょう。彼自身の戦闘スタイルは真逆ですけれど。使う呪は風属性で、中級紋章までは網羅されていたはずです。それから、癒しの呪ですわね。そちらの能力は特に高いです。仕留めるつもりならば確実に急所を狙わないと、まず回復されますわ。扱う武器は剣で、こちらもかなりの腕をお持ちでした。時々飛び道具としてナイフを扱ったりもするようです。剣にせよ呪にせよ、速さがありますわ。とにかく、中央の並の司令官クラスよりよほど厄介だということを、把握しておいていただきたいですわね」


 セトを敵として攻略するための話し合いが始まっている。そうすることに、彼女ら三人には躊躇いがない。


「弓兵は使い物になりそうにないな。どう攻略する?」


「彼が指揮し慣れているのは、優秀な北の兵です。能力的に大きく劣る中央兵を指揮すれば、綻びが出るはずですわ。そこを突きましょう」


「副長本人は?」


「どうにもならないときは、情の弱さを利用しましょう。傍に副官を連れているという情報もありますし、それならば、そちらから狙うべきですわね。赤髪の女性で槍を使います。彼女もかなり腕は立ちますけど、副長には劣りますから。彼女の対処能力を越えれば、まず庇いに来ますわ」


 ランテは両の拳を握った。サードと言葉を交わし続ける中で披露されたフィレネの見立ては、悲しいほどに正しい。ランテよりセトと付き合いが長いのだ、当然と言えばそうだが、迷いなくそんなことを提案できる彼女が恨めしい。


「なるほど。敵と親しいだけにやりにくがるかと思ったが、そうでもなさそうだな。では門のことはそちらに任せる」


「ええ。必ず落とします」


 全体の会議はそれで一旦終わる。役割ごとに別れて話をし始めた者たちをぼんやりと見つめながら、ランテは拳を握り続けていた。セトたちを救い出すための手段を、何一つ見つけられないままだった。押し寄せる無力感に、溺れてしまいそうな気がした。

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