【Ⅰ】-4 面影
付近に人が身を隠せる場所はそうない。ランテの目当ての人物はすぐに見つかった。
「ナバ?」
「ここには誰もいませんよー」
「いるじゃん」
頭を掻きながら、ナバは観念して姿を現した。
「やっぱバレてた? そりゃバレるか。またフィレネ副長にどやされる……減給だけはほんと勘弁してほしいぜ」
「フィレネ副長厳しそうだな」
「厳しいなんてもんじゃねえよ。あの人は鬼の化身だとしか思えねー」
「あははっ」
笑ったランテだったが、直後には硬直することとなった。
「ランテつったっけ? あんた笑い事じゃねーぜ? その鬼に気に入られてんだからさ」
「あ」
記憶喪失以前の己を知っているという点においてはフィレネの存在は大変有難いが、どうしてこうなってしまったのだろうと思ってしまう。ランテにとって以前の自分は別人でしかなく、その別人を知っているフィレネにはどう接してよいのか困惑するばかりだ。記憶が戻れば、また話は別なのかもしれないが。
「ほんと同情するよ。まあ頑張んな。んで、オレどうすりゃいいの?」
ナバはランテが助っ人を依頼するつもりでいるのを見越していたらしい。軽く見えるが、フィレネ副長の隊の三番手だとも言われていたし、こうして単独で任務を与えられているならば、実際は中々優秀なのかもしれない。
「ユウラが手伝えって。料理ができなければ、他にも仕事たくさんあるから」
「お、料理だったらユウラ先輩と二人きりになれるチャンス?」
「オレが今から村に行ってたくさん人連れてくるから、二人きりにはなれないと思う」
「そこは空気読めよ」
「それは無理」
「何で?」
「負傷兵たちに早くご飯食べさせてあげたいし」
「結構いるのか?」
「五百くらいって」
「うへえ。セト副長も大変だな」
それだけの数生き残っていたことはもちろん喜ばしいことだが、確かにセトにとっては大変だろう。ユウラの言ったように、無理をしなければよいのだが。
ナバは建物へ目を向けた。
「中央兵はどうにかなったんだよな?」
「うん。そんなにいなかった」
「指揮官誰だったんだ?」
「さあ。誰も知らないみたいだった。中級司令官らしいけど」
「中級か。そりゃ相手にならねーな」
相手にならない。そうだろうな、とランテは思った。自分でさえ苦労せずとも勝つことができた。他の三人が相手になっていれば、おそらく一瞬で勝負がついたはずだ。だが、上級司令官だったジェノよりはできるように見えた。司令官の級はよく分からない。
「司令官って、やっぱ上級が一番強いもの?」
質問してみると、ナバは呆れたような目でランテを見た。
「お前そんなのも知らねーの? ああ、新米だったっけか」
「まだ白軍歴は数十日くらいかな?」
自分で言いながら、ランテは驚いていた。平原で目が覚めてから、数えられるほどの日数しか経っていなかったのだ。その間にたくさんのことを経験しすぎて、とてもそうは思えない。その間ずっと行動を共にしている三人とは、もうずいぶん長い間慣れ親しんできた仲間のような、そんな気しかしないのだ。
「しゃーねーな。ナバ先輩が教えてやろう。ありがたく思えよ。司令官は下から順番に準、下級、中級、上級って四つの級がある。準が弱くて上級が強いって考えるのが普通だろうが、実は違う。準は平民主体だけど競争率が高えから実力者揃い。たまにすげえのもいる。貴族はたいてい下級以上になるが、下級はひでーぜ。指揮なんて取れないやつばっかだ。中級からまともになってくるけど、レベルは準といい勝負か、ちょっと負けてるくらいだろうな。で、上級は実力者が揃ってる。ときたま金だけでなったってやつもいるが、たいていは優秀だ。支部長クラスの化け物もいくらかいるはずだぜ」
やはりと言うべきか、中央では身分がかなり重要視されているようだ。実力以上に。不条理な話だと思うが、それが中央のやり方なのだろう。
「もしナバが中央に行ったら、準司令官?」
「たぶんな。それより下の小隊長にされるかもしれねーけどな。他にもユウラ先輩やテイト教官、それどころかセト副長も準司令官扱いされるはずさ。どんだけ準がすげーか分かるだろ? フィレネ副長なら貴族だから、上級ってとこか」
よく分かった。下級司令官やともすれば中級司令官よりも、準司令官の方が敵として厄介なケースが多い。覚えておいた方がよいだろう。ランテは確かめるように頷いた。
「なあ、お前はどう思う?」
ふいにナバが切り出して、ランテは戸惑った。何の話だろうか。
「どうって何が?」
「今回のこれ。オレはどう見ても釣られてるとしか思えねーんだよな」
「釣られるってオレたちが?」
「他に誰がいるんだよ」
再び、ナバは負傷兵たちが詰め込められた建物を見遣る。
「セト副長たちは見過ごせねーだろ、こういうの。あっちも分かってやってるに決まってる。激戦区じゃきっと歓迎モードだぜ。それか、今晩とかやべえかもよ?」
「奇襲かけられるってこと?」
「オレならそうするな。怪我人五百って副長大丈夫か? 重傷者だけ治療するにしても、尋常な数じゃねーだろ。ここは見捨てるか他の者に任せるべきだった。オレたち東の人間から言わせてもらうなら、副長は甘いな。早死にするタイプだ。下の者たちは羨ましいけどよ」
言ってから、ナバは遠い目をした。懐古の目だ。誰かを思い出しているのだろう。
「誰かセトに似てる知り合いとか、いる?」
「何でだよ」
「そんな顔してた」
「何だよお前、エスパーかよ」
ナバは気まずそうにランテから目を逸らした。
「兄貴がな。副長より堅物だったし比べ物にならねーくらい弱かったけど、似てたな。過労死せんばかりの働きっぷりとか、部下思いなとことかさ」
「堅物って、なんかナバ見てると想像できないな。ナバとは似てないんだ?」
「うるせーよ。んで、似てないじゃなくて似てなかった、だ。もう死んだからな」
ナバは軽く言ったが、ランテは思わず言葉を失った。視線を下げて、たどたどしく言う。
「そうだったんだ……ごめん」
「別に謝る必要はねーよ。もう二年も前の話だ」
それでもどう言っていいか分からず、ランテは黙っていた。
「お前らさ、ほんとにリエタ聖者に喧嘩売るのか?」
話題が変わったことにほっとする。頷いた。
「そのつもりでいるけど」
「死ぬぜ?」
「そんな強い?」
「強えし、やべー」
「やばいって?」
「ほら、いるだろ? なんか頭おかしいやつ」
「頭おかしいって……変なことするとか?」
「変なことってレベルじゃねえんだって。狂っていやがる」
ナバは身震いした。リエタ聖者のことを心底恐れているらしい。
「さっきの兄貴の話。南の担当区域の激戦区で副指揮官やってたんだけどさ、複数の部下がリエタ聖者に誑かされてな。あまりに危ないことさせられてるから、取り戻しに行ったら部下共々殺された。滅多刺しにされてな。女にかまけたやつらのことなんか、放っておけばよかったのによ」
中央の人間のやることはいつも理解できない。本当に同じ人間なのかと疑いたくなるばかりだ。どうしてこうも残虐な人間ばかりが集まるのだろう。誰か止めようと思う者は他にいないのか。ナバが続ける。
「信じられるか? あの女、兄貴の血被って高笑いしてやがったんだ。狂ってる。南はでも、何も言わなかった。中央の人間、それも聖者の文句なんか言ったら、中央と敵対することにもなりかねねーからってな。中立でいることがそれほど大事なんだと」
言葉には怒りが込められていた。ふと悟って、ランテはナバを呼んだ。
「ナバ」
「なんだよ」
「南出た理由、本当は違うんじゃ?」
苦笑が返される。
「いいんだよ。六股ってなんかかっこいいだろ?」
斜に構えてはいるが、本質はそうではないようだ。ランテは彼を見直した。
「かっこよくない。本当の理由言った方が数段いい男に見えると思う」
「柄じゃねーしな。って、何でオレはこんな話してるんだ? お前嫌だわ。何か口滑るな」
「あ、それこの間セトにも言われた」
「副長も? じゃ、しゃーねーか。で、副長はお前に何喋ったんだよ。ユウラ先輩のこととか聞いてねえ?」
途端にナバはいつもの軟派な雰囲気をまとわせた。この方が彼らしく感じてしまうのは困ったところだと、ランテは苦笑しつつも応じた。
「ユウラの? 何で?」
「副長がライバルとかますます燃えるなーって思ってさ」
「そういう話じゃなかったし」
「使えねー」
「うるさいな」
思わず言うと、ナバはランテを軽く睨んだ。
「何だよ。年下で後輩のくせに偉そうだな」
「ナバ何歳?」
「十八」
「もしかしたら同い年かもしれないし」
「そりゃねーよ。いいとこ十六くらいだろ」
やはりそれくらいの年齢に見えるのか。
「ナバはユウラと同い年なのに、先輩呼びなんだ。南では実戦部隊の隊長やってたって聞いたけど?」
「南と北や東を比べたら駄目だぜ。レベルが違う。それに、ユウラ先輩の方が白軍暦長いんだよ。オレ三年、ユウラ先輩四年」
「へえ」
「で、お前はこんなところで油売ってていいのか?」
時間と役目を忘れてつい話し込んでしまっていた。はっとする。
「あ、やばっ、早くもっと助っ人呼んでこないとユウラに怒られる」
村の方に向かって走り出しながら、ランテは肩越しに言った。
「じゃ、ナバ、セトとテイトかユウラの手伝いよろしく。また後で」
「はいはい。いーな、オレもユウラ先輩に怒られてー」
そんな適当なことを言いながらも、ナバも速足で建物へ向かっていた。口の方はともかく、彼もなかなかの好人物である。なぜか嬉しくなって、ランテは急ぎつつもちょっと笑んでいた。
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本日更新分、本来一話にしていたところの区切りが悪かったので、二話にして既に次話も投稿しています。よろしければお進みください。
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