【Ⅲ】   決起

「それで? なんでいきなり逆走したのよ」


 門まで戻ると、ユウラが待っていた。開口一番に非難めいた口調で言われ、ランテは怯んだ。


「その……ごめん」


「あたしは理由を聞いてるんだけど」


「ええと」


 ルノアのことを説明したら、なんと言われるだろう。なんとなく気が進まなくて、ランテは手近な嘘をついた。


「そう、財布。財布落として」


 溜息で返される。


「どうせつくなら、もっとましな嘘にしなさい」


 即見破られたことに、焦るより先に感心してしまった。しかし、ユウラはそれ以上の追及はしない。ランテに背を向けて歩き始める。道が分からないだろうランテを気遣って、ここまで迎えに来てくれたのだろう。人がいい。


「ユウラ、ありがとう」


「何が」


「迎えに来てくれたこと」


「テイトに言われたのよ」


 ほんの少し声が動揺したのに気付いて、ランテはつい微笑んだ。




 北門まで来ると、ユウラは立ち止まった。このあたりに家があるのだろうか。いや、どうやら違う。門の柵の向こうに、松明に照らされた人の姿と荷車が見えた。食糧調達に来た中央軍だろう。開けろと口々に言う彼らに、柵の内側で門番がしきりに首を振っている。


「ユウラ、ランテ」


 呼ぶ声に視線をやると、建物の陰、ちょうど門の死角になる場所にテイトがいた。手招きに従う。


「四人だ。三人はおそらく雇われ。二人は剣を、一人は斧を持ってる。残り一人が証持ちの白軍で、たぶん目付け役」


 手短な、しかし要を得たテイトの状況説明に頷く。証持ちとは、洗礼の証を持つ者のことだろう。


「やっぱり中央軍もいるのね。だけど一人なら、姿を確認される前に気絶させてしまえばいい」


「そうできるといいんだけど……雇われの三人、少しはできると思う」


「面倒ね」


 テイトの目が、ランテに移った。


「援護するから、任せていい?」


 直前に交わされた会話のせいでちょっと躊躇ったが、ランテは頷いた。ユウラが驚く。


「テイト、それ本気で言ってるの?」


「大丈夫大丈夫。ランテに任せよう」


 一番手前にいた剣士に何か怒鳴られ、ついに門番が折れた。門を開け始める。成り行きを見守っていた町民たちが、慌てて背中を返し、去っていく。出番だ。少しばかり緊張しながら、ランテはひとり、踏み出した。右手を剣柄に添える。大丈夫だ。視線が集まってくる。


「おっと兄ちゃん、あんたが世話してくれるのかい? じゃあさ、乾パンと干し肉、塩、あとは酒に水。そこいらをありったけ持ってきてくれよな」


 真っ直ぐ目を見返して、ランテは答える。


「それはできません」


「あ? なんつった?」


「できないって言いました」


 先頭に立つ剣士が、表情を険しくした。浅黒い肌に吊り上がった眉、刈りこんだ頭、腕には大きな傷もある。恰幅もあって、確かに強そうな風体だ。心拍が速まる前に、意識的な呼吸をして自らを鎮める。


「おいおい、分かってるよなあ? オレたちゃ中央軍の遣いなんだぜ」


「分かってます」


「それでも言うこと聞けねえってか?」


「そうです」


「き、君」


 気弱そうな門番が割って入ってきた。申し訳ないが、今は無視を決め込む。


「たいそうに剣なんか吊ってるが、オレたちとやる気なのかい?」


 答える前に、ランテは足を横に引いた。


「そうです」


 途端、三つの笑い声が重なる。どれも低くて荒っぽい声だ。一人だけ、白鎧の男は無表情のまま、槍を手に立っている。やはり洗礼を受けた者らしい。


「へえ」


 ようやく笑いが治まって、リーダー格らしい剣士が三歩進み出た。背負っていた剣を取り出す。大きくて長い剣。重そうだ。荷車の後方から茶化す声が飛んできた。


「一人でいけんのかー?」


「はっは、こんな坊ちゃんに負けるようじゃあ仕事にならねえよ」


 答えて、リーダーの男は両手で長剣を構える。冗談めいた口調だが眼光は鋭い。ランテも剣を抜いた。腰を落とす。息を吐いた。一瞬の間があって。


 最初に唸った長剣を、横っ飛びでかわした。重いだけあって動きはそう速くない。見失うことさえしなければ、始動を見てからでも優に避けられそうだ。黒獣やデリヤに比べれば。長剣の行き先を追う。次は左下から右上へ。上体を逸らしてやり過ごす。そして、ここ。ランテは足を踏み込んだ。手首を返し、剣を一気に引き上げる。


「くっ」


 振り上げた剣は、ちょうど喉元で止まった。太くてやはり浅黒い。喉仏が上下する。傷つけることはしない。思った通りにできて、ランテは少しほっとしていた。


「くそ、小僧が」


「帰ってください」


「誰が帰るかよ!」


 剣士が叫ぶと同時に、左右から二つの人影が飛び出してきた。それぞれ剣と斧とを握っている。残りの二人だ。急いで引こうとしたが、たった今まで戦っていた剣士に腕を掴まれた。動けない。まずい。


 だが、ランテに武器を振り下ろす前に、二人はなぜかバランスを崩した。顔面から転倒する。痛そうな音がした。二人の足元から白い煙が立ち上っている。正面の男からもだ。風に乗って、煙はランテの方まで漂ってきた。冷たい。冷気だったようだ。ようやく、正確に状況を認識する。男たちの足首から下が、氷のブロックに包まれているのだ。どうしてこんなことになったのだろう。ランテは二、三度瞬いた。


「武器を捨ててください」


 脇からテイトが、静かに進み出た。


「ランテの腕も離してください」


 白軍に見られても大丈夫なのだろうか。目をやると、白鎧は倒れていた。傍に槍を手にしたユウラがいる。いつの間に。


「ふざけんな、お前ら、何者だ」


「急がなくていいんですか」


 正面の剣士に、テイトがゆるりと微笑みかけた。


「早くしないと、凍傷になって、そのうち壊死しますよ」


 すうっと寒くなったのは、呪による冷気のせいだけではなかろう。先に、転んだ二人がそれぞれ武器を放り投げた。それを見て、観念した正面の男がランテを解放し、長剣を地面に落とした。がらんがらんと、耳障りな音がする。


「はい」


 横から、何かを差し出された。縄のようだ。どこから取り出したのか。ランテがひとつ受け取ると、テイトは早速正面の男に縄をかけ始めた。


「何しやがる」


「早く呪を解いて欲しければ、大人しくしていてくださいね」


 またしても微笑を浮かべながら言って、テイトは器用に縄を巻いた。恐ろしい。さすがに気の毒になったが、ランテもならって、転んでいる斧持ちの方を縛ることにした。




 男の子の家は、北門付近の大きな家だった。聞けば食糧難になるまでちょっとした宿をしていたらしく、ランテたち三人がそれぞれひとつずつ部屋を借りても、まだ空き部屋が残るほどだった。


「久々のお客さんだし、町の恩人だもの、腕によりをかけて料理を作るわ」


「酒も用意しよう。とっておきだ」


 両親も共に親切で、歓迎してくれた。ひとまず今日はゆっくり休めそうだ。ベッドの上に腰かける。疲れが押し寄せてきた。今日一日だけでも、色々なことがあった。寝転がると硬い物が背に触れた。探して、取り出す。デリヤに託された短剣だった。


 ——君に託すよ。


 どうしてオレに。デリヤの代わりに入ったのがオレだから? 分からない。だけど、託された以上無下にはできない。中央と戦い、偽りを暴くのが彼の意志なら、ランテはその意志を受け継がねばならない。


 ——それ、大変な物だよ。


 もうひとつ、蘇った声があった。少年の声だ。大事なものとはこの短剣だったらしく、ずいぶん惜しそうな顔をしていた。どうしても渡せないとランテが言うと、「まあ、取り返されたものはしょうがないか」と折れて、去り際にこう言ったのだ。


 ——相手を選んで売れば、とんでもない値段になる。


 もちろん、売るつもりはない。だが、売ればとんでもない値段になるということは、これは本当に「白軍の偽りの証拠」なのだろう。赤銅色の柄に臙脂の鞘。装飾が踊り、そして中央には紋章が刻まれている。半月よりも少し細い月がややずれて背中合わせになる形、それを剣が貫いたようなものだ。絶対に見たことがあると思う。教会で見たあの紋は似ているが違う。それなら、一体どこで? 脳裏にルノアの姿が過ぎった。たぶん、関係している。直感でしかないのだけれども、そうとしか思えないのだ。聞いておけばよかったと、ランテは後悔した。


 ——変わらないのね、あなたは。本当に。


 ルノアとの問答を思い返す。考え直してみてもやはり、ほとんど意味は分からなかった。分かったのは、彼女と会ったのはエルティのあれが初めてではないということ、彼女がランテのことをよく知っているであろうこと、そして彼女がたった一人で中央に立ち向かおうとしていること、それだけだ。もっと聞きたいことがたくさんあったのに。考えるほど、後悔は募る。だが、また会うことになると、彼女はそうも言った。ならばそのときに聞こう。できるなら今度は止められるといい。彼女の無謀な戦いを。いや、止めるのではなく共に立ち向かいたい。今のままでは駄目だ。逆に彼女の足を引っ張ってしまう。強くならなければ。


 思い立って、ランテは起き上がった。テイトに呪を教えてもらおう。自在に扱えるようになれば、きっともっと戦力になれる。食事まで後どれくらい時間があるだろう。食事の後でも、今日じゃなくても構わない。約束を取り付けるだけでもしておきたい。ランテは勢いのままに部屋を出た。




「呪を?」


「良かったらでいいんだけど」


「もちろん構わないよ」


 顔を合わすなり早速切り出したが、テイトは快く了承してくれた。彼は割り当てられた部屋からちょっと顔を出して、階下の様子を探った。おいしそうな匂いが流れてくるが、まだ支度は済んでいないらしい。


「もう少し時間がありそうだね。疲れてなければ、今からでも?」


「テイトは疲れてない?」


「全然平気だよ」


 招き入れられる。疲れていないはずはないのに、彼は笑顔だ。


「座って話そうか」


「ありがとう」


 応じて、テーブルの前の椅子に腰かけた。テイトはベッド脇の棚を物色して、羊皮紙とペンを探し出してから戻ってくる。借りていいよねと呟いてから、正面に座った。


「ランテは統べるものとの契約なしに呪を使えてるみたいだから、もしかしたら当てはまらないかもしれないんだけど」


 そう断ってから、テイトはペンを握った腕をさらさらと動かし始めた。


「書物には色々小難しく書いてあるけど、呪を使うときに必要なのはとにかく集中力。それから意志の力。こうしたいって強く思うことが大事なんだ。そしてそれができるだけの体力もおのずと必要になってくる。もちろん全部揃っていても、何でもできるってわけじゃない。属性ごとに向き不向きがあるし、あまりに突飛なことはできない。まずは自分の属性で何ができるのか知るのが重要になるよ」


 よどみなく、分かりやすい説明が続く。やはり慣れているのだろう。


「そのできることそれぞれには名前が与えられていて——光なら例えば【閃光】っていうのがあるんだけど、暗いところを照らしたり、相手の目をくらませたりできる呪だね——慣れてきたら分かると思うけど、呪は名前を知ってるほうが扱いやすい。漠然と明るくなれって願うより、【閃光】を使いたいって念じる方が簡単というか。些細なことに思えるかもしれないけど、戦闘中だとこれがすごく大事になってくる。一瞬の差が勝負を決したりするしね」


 話しながらも、テイトはものすごい勢いで羊皮紙を埋めていく。器用だ。


「もうひとつ心得ておいてほしいのが、呪の使いすぎは禁物だということ。使ってみれば分かるけど、あ、いや、ランテはもう知ってるよね、呪って疲れるんだ。【呪力】って呼ばれたりするんだけど、人にはそれぞれ呪の連続使用許容量がある。それを越えてるのにまだ呪を使おうとすると、もちろん呪は成功しないし、下手をすればその場で意識を失うこともある。戦場でこれをやってしまうと命取りだし、使おうとしたのが強力な呪だった場合はそれだけで命に危険が及ぶ。目安は難しいんだけど、そうだなあ……頭痛がしてきたら絶対にやめた方がいい。その前に気づく方がいいんだけどね。これはセトに聞くのが一番かも。たぶんよく知ってる」


 無茶するなっていつも言ってるのに聞かないから、と付け足して、テイトは苦笑した。


「ひとまず、上手く呪を使いたいと思うなら、これを覚え切るのが一番の近道」


 羊皮紙を差し出される。走り書きだったのに、判で押したように整った字で埋め尽くされている。光の呪の名称が書き連ねてあるようだが、気の遠くなりそうな量だ。思わずげんなりしたランテに、テイトは微笑みかける。


「初級からだいたい中級くらいまでの、僕が知ってる光呪を挙げてみた。頑張って覚えて」


「いつまでに?」


「明日」


 にこやかな返事に、ランテは言葉を失った。聞き間違いだろうか。期待をかけて、もう一度尋ねた。


「ごめん、今なんて?」


「明日までに覚えて」


「全部?」


「全部」


 一歩も譲歩せずに、それでもテイトは笑み続ける。


「光呪を扱えるの、羨ましいよ。二大属性なだけあって光は強いし、自由が利くから。攻撃から防御、補助まで何でも使える。上手く扱えるようになれば、戦略の幅も広がるよね」


 確かにランテから教えて欲しいと願い、頼んだ。だから文句を言うのはどうかと、そうは思う。だけど、彼は自分がとんでもない要求を突きつけたことを理解しているのだろうか。努力してなんとか笑みは浮かべてみたものの、どうしても引きつってしまった。




 翌日朝早く、セトが戻ってきた。宿に泊まると言ってあったので大丈夫だろうかと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。


「町中昨日の話で持ちきりだったからさ。聞かなくても、ここに泊まってるって教えてくれた」


 男の子の母親からの朝食の誘いを丁重に断ってから、セトは空き部屋を借りてランテたち三人を集めた。


「任務の話?」


「いや……」


 テイトの問いに答えを濁す。言葉を継いだのはユウラだった。


「支部、やめてきたの?」


 突拍子もない質問のように思えたが、気付いて、ランテは息を呑んだ。彼の服に、いつも必ず縫い付けてあったはずの白の紋章が見当たらない。テイトも同じことに気付いたのだろう、目を丸くしている。


「そのつもりだった……けど、支部長に止められた」


「なんで?」


 ランテが理由を問うと、セトは少し間を取った。彼は何かを考えてから続ける。


「長くなるかもしれないけど聞いてくれ。それから、どうするか考えて決めて欲しい」


 神妙な頷きが三つ返される。セトも頷き返して、語り始めた。


「デリヤは中央に利用されて黒獣を操っていた。間違いなく、中央には黒獣を作り出して操る技術がある。最近妙に黒獣が増えたのは大方中央の仕業だろうな。表では黒軍の仕業だと言いながら、裏では黒獣を作り出し、操って、民衆を襲わせてる。それからもうひとつ、ワグレとエルティの件。中央に盾突く集団が消されようとしている。どんな目的があるかは分からないけど、このまま中央を放っておいたら、ろくなことにならないのは目に見えてる」


 ここまで一息に言ってから、目を落とした。


「ただ、中央の力は強大だ。安易に立ち向かっても潰されて終わる。白女神がついているから、それだけで中央を正義と信じる者も多い。敵の数は計り知れない。正直、このままなら勝算なんて無いに等しい。勝ち目があるとしたら、中央が間違ってると示す確固とした証拠を探し出して、味方を増やす……くらいしか、たぶん手段はない」


「王国説」


 閃きを口にしたランテに、セトが首肯した。


「証拠になり得るとしたら、王国説しかないと思う。交通要所だったワグレを壊滅させてまで消したかった説だ。十分可能性はある。問題は、学者も資料ももうほとんど残っていないこと」


「確か、ワグレに誓う者が残ってるって」


「ああ。だからオレは、これからワグレに向かう予定でいる」


 ユウラも、テイトも、沈黙してセトを見ている。


「知っての通り、ワグレはいまや中央の管轄下だ。担当はクレイド聖者とモナーダ上級司令官、兵の数はエルティの全戦力と同等。強行突破は不可能だろうな。忍び込むのが上策だけど、そう上手くいくか。失敗すれば支部に迷惑をかける。だからやめるつもりだった。そういうわけで、この格好をしてるんだよ」


 セトは自分の左の鎖骨下に触れた。いつもはそこに白の紋章がある。


「これは任務ではないし、命の保障はできない。できれば一人で行きたいと思ってる」


 重い内容に反した、淡々とした口調で締めくくって、セトはユウラ、テイト、ランテを順に見た。誰も何も言わない。


「すぐにとは言わない。今日一日ゆっくり考えて」


「あんたは、あたしたちが何に悩んでると思ってる?」


 ようやく、ユウラが静かに切り出した。伏し目がちな瞳はどこかしら寂しげだ。


「あたしたちは……あたしは、あんたの足手まといになるのが怖い。そうなるくらいなら残ることを選ぶわ。どんなに行きたくても」


 テイトが無言で同意する。ランテも頷いた。セトは次に口を開くまで、何かと何かの間で葛藤する。


「本当は嘘をついてでも、行かせたくない。最初は黙って行こうと思ってた。でも……支部長に諭されてさ。だから、正直に言う。ユウラも、テイトも、ランテも、足手まといなんかじゃない」


「それなら、悩むまでもないわ。行く」


 間髪入れず、ユウラがきっぱり答えた。セトは難色を示す。


「お前、妹は? もしかしたらしばらく給金出せないかも」


「分かってるのよ、本当は。お金を集めても……無駄だってこと。どれだけ集めたとしても、相手は貴族だもの。いらないと拒まれてそれで終わりよ。分かってたの。分かってたけど、何かしてないと自分が許せなくて、だからお金でも集めることにした。他にどうすればいいか分からなかったから。でも、もうやめるわ。それってただの自己満足だった。あたしは中央と戦って、そしてユイカを救い出す。セト、もしあんたが行かなかったとしても、あたしは行ってたわ。あたしこそ、行かなくちゃならなかった」


 ユウラの目の奥に固い意志が宿る。何を言われようと、もはや彼女は揺るがない。悟ったのだろう、セトは潜めた溜息を落とした。降参の証だ。


「分かった。テイトは?」


「僕も行っていいかな」


 テイトも即返答した。表情は穏やかだが、目は、やはり固い。


「二人とも——特にセトはすぐ無茶するから心配だし、呪のことなら少しは役に立てると思う。中央は放っておけないしね。ランテはどうする?」


「オレも行く」


 ランテもまず意志を伝えてから、続ける。一瞬たりとも迷わなかった。


「中央と戦いたい……戦わなくちゃいけないような気がするんだ。だから、行きたい」


 しばしランテを見据えて、セトが尋ねた。


「何か思い出したのか?」


 首を横に振って答えた。不十分だと思って、言葉を足すことにする。


「はっきりとは、何も。でも、なんとなく……見たことがあると思ったり、会ったことがあると感じるときがあるかな。デリヤにもらった短剣の紋章を見たときと、ルノアと大聖者に会ったときがそうだった」


 そうかと返事を寄越して黙ると、セトはもう一度、順に全員の顔を見た。自分の決断に微塵も後悔していないらしい三人の表情を確認して、苦笑する。そして一言こぼした。


「やっぱり、言わないで行くべきだったか」


 物申そうと一斉に口を開いた三人を制して、セトは「でも」と繋いだ。


「心強い。ありがとう」


 テイトは優しく微笑み、ユウラは照れたように視線を下げる。ランテも笑った後、頷いた。セトも応じて。決まりだ。


「四人で、ワグレへ」

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