【Ⅰ】-2 強く

 会議室の一つを借り、ランテ、セト、ユウラ、テイトの四名はテーブルを囲んで座っていた。


「こんなときに任務なんて。何か、大事?」


「そうだな、それなりに」


 ユウラに頷きで答えて、セトは地図を広げた。


「今回の目的地はここだ」


 ペンで示された場所を見る。エルティの北西にあって、リュブレ村と記されている。


「ああ……それなら、【風の祠】関係かな。こんな時期にセトに話が回るなら」


「オレだけじゃなくて、お前も必要とされてる、テイト」


 二人の会話を聞きながら地図を眺めていると、確かに風の祠というものがリュブレ村のすぐ隣にある。確か、テイトに聞いた話だと、大精霊を祀っているところではなかったか。セトの説明は続く。


「五人いた司のうち一人が急病で亡くなり、もう一人が黒獣にやられて寝込んでいるらしい。その二人が中核になっていたのと、残り三人のうち一人はそもそも新人だったのもあって、大精霊の制御が上手くできずに暴走し始めているみたいなんだ。今はまだ周辺地域に時折突風が吹くだけで済んでるけど、放っておいたらそのうち全土に広がるし、程度も酷くなる。新たに司を作ろうとしても、暴走気味の大精霊には近づけない状態だしってことで、支部に救援の要請があった」


「それなら、今回は大精霊を鎮めることが任務なわけね」


「そうなる。細かく言うと、寝込んでる司の怪我の治療をして復帰してもらうのと、その後新しい司の契約を見届けるのも任務のうちだな。ついでに周辺に黒獣が残っていたら、それを討伐するってのも一応ある」


 それからセトは、慣れた様子で旅の想定ルートや必要日数なども説明し終えた。片道一日半ほどで長い旅にはならないそうだが、村は渓谷にあって山を迂回する必要があり、目で見るよりは遠くなるということだ。


「任務としては難しいものじゃないから、ランテも気楽にな。何かあったら、オレたちが助けられるしさ」


「うん、ありがとう」


 ランテは大精霊や祠、そして司がどんなものか知らないから、あまりイメージはつかないが、それは見れば分かることだろう。見知った人たちと行けるというのもあって、任務内容を聞く前ほどの緊張感はもうなかった。


「旅支度は、ユウラとランテに任せていいか? オレとテイトは、大精霊絡みの件でもう少し打ち合わせをしたいから。資金は下りてる。これで」


 セトはユウラに小さな布袋を差し出した。ユウラは頷いて受け取ると、ランテを見遣った。


「あんたもそれでいいなら、行きましょ」


「うん。荷物持ちくらいしかできないかもしれないけど、いい?」


「構わないわ。次は一人でもできるように、色々教えておくから」


「ありがとう」


 頼むな、と言ってから再び話し合いを始めたセトとテイトの声を聞きながら、先に行くユウラを追いかけて会議室を出た。横に並んで廊下を歩く。


「そう言えば、ユウラって副長副官なんだっけ?」


 黙って歩くのもと思ってランテが切り出すと、ユウラは視線を前に向けたまま答えた。


「そうよ」


「ユウラっていくつ?」


「今年十八だけど、何? 急に」


「いや、若いのにすごいなと思って。セトも同じくらい?」


「あたしの一つ上ね」


「それで副長……二人とも、すごいな」


 そう述べると、ここでユウラはようやくランテの顔を見た。


「確かに北支部は層が若いとはよく言われるけど、年は別に関係ないわよ。むしろ身体能力だけで言えば、あたしたちくらいの年齢が一番有利なんだから。体力もあるし、怪我の治りも早いし」


 そう言われてみれば、そうかもしれない。ランテは納得してしまった。しかし、このような組織の地位に必要なのは戦闘能力だけではないはずだ。思ったままそう伝えると、ユウラは頷いた。


「ええ。だから、あたしはともかく、セトはかなり優秀よ。本来二人いないと回らない副長を一人で、それも実戦部隊の隊長も兼任しながらやってるんだから。誰にでもできることじゃない。それなのに……」


 彼女はそこで口を噤んで、押し黙る。どうにも気になって、ランテは続きを促した。


「それなのに?」


「……何でもないわ。それより、あんたに聞きたいことがあるの。あの日、広場で何があったのか教えて。大聖者が来たのは聞いたけど、細かく知りたいのよ」


「え、うん」


 支部の物資置き場や市場を巡りながら、ランテはユウラに、白獣が現れかけてからの一部始終を語った。彼女は、セトが大聖者とどう戦ったかについての詳細を聞きたいらしかった。満足するまで聞き終えると、ユウラは「そう」と零したきりまた黙ってしまう。その表情は、どこか悔しそうな、それでいて寂しそうなものに見えて、ランテは戸惑った。


「ごめん、オレ、何もできなくて」


「あんたはまだ動けただけましよ。あたしもあの場にいたんだから。何もできなかったのは、あたしの方。……そのルノアって人に、感謝しないといけないわね」


 それから買い物を終えるまで、ユウラはその件について触れなかった。ちょっとした雑談を挟みながら、携帯食料などの必要物資を買い終える。だが、帰路につき、そうして支部が見えたとき、突然彼女は立ち止まった。


「ユウラ?」


「……やっぱり、話すわ。あんまり時間は取らないから。ちょっと来て」


 手を引かれて、来た道を戻ることになる。途中からは違う道を歩むと、小さな公園に出た。据えられたベンチに座るよう言われ、ランテは素直に従った。ユウラも隣に腰かける。


「多分、あんたはこれからもずっとこの隊でやっていくことになると思うから、知っておいて欲しいのよ。セトについてよ」


「うん、分かった。聞く」


「さっきも言ったように、セトは副長としてとても優秀だし、あたし自身尊敬もしてる。でもセトには、致命的に足りてないところがあるの」


「え?」


 ユウラが言おうとしていることについて全く見当がつかないのは、まだセトと長く共にいたわけではないからなのだろうか。陰口なら聞きたくはないが、ユウラの表情は真剣で、また彼女の性格からも、そんなことを言うためにランテをここに連れて来たわけではないのは自明だった。彼女はやがて目を伏せる。そこには、少しの脅えが棲んでいるように見えた。


「セトは……何て言えばいいのかしら。危なっかしいのよ。とことん自分を守ろうとしない。時々、破滅的にすら見えるほどに」


「破滅的?」


「自己犠牲が過ぎるのよ。いつも一番の危険を引き受けては怪我をする。無理に誰かを庇っては負傷する。そういうことの繰り返しよ。組織的に見て、代わりが利かないような人間は、自分の身を守ることを最も優先させないと駄目でしょ? セトには、その点が欠けてる……欠け過ぎてるのよ」


 確かに、ベイデルハルクと対峙したときもそうだった。本来であれば、時間を稼ぐべきはランテの方だっただろう。それができたかは別として、だが。無理が祟って立ちくらみしていたのも、ランテは知っている。


「セトは、何でそうなんだろう」


「分からない……けど」


 心当たりが全くないという顔ではなかったので、ランテは続きを待ってみた。しばらくして、ユウラは考えながら言葉を継いだ。


「生き急いでいるところがあるのは、そうね。普段からそうなのよ。過労死が心配になるくらい働くし、実際倒れたことも数回あるし。まるで……早く命を使ってしまいたいとでも、思っているみたいに」


 そう話すユウラは、どこか寂しそうだった。きっと、ユウラはもっと自分を頼って欲しいのだろう。あるいは、頼ってもらえる自分になりたいのかもしれない。そういう気持ちはランテにも分かる。あの時何もできなかったことを考えると、同じ思いになるからだ。


「じゃあ、オレ、頑張らないと」


「頑張る?」


「セトが無茶しないように。副長の仕事は手伝えないかもしれないけど、とりあえず今度の任務でセトに庇われたりしないように、頑張る」


 ユウラはランテをしばし見つめ、それからふっと笑んだ。あまりに優しい笑い方をしたので、つい視線を注いでしまう。そういえば、初めてユウラの笑った顔を見た。こんなにも温かに笑える人だったのか。


「そうよ。セトの隊に入るなら、強くなりなさい。あんただけじゃないわ。あたしも、もっと頑張らないとね」


 話を終えて、立ち上がったユウラをランテも追う。ふと、提げた剣を見た。恐怖はもうなかった。強くなることは、自分のためになるだけのものではないのかもしれない。誰かを助けたり、支えたりできる力が欲しいと思った。

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