Quanji-46:万全デスネー(あるいは、まなざしが/すべてを/包括するが事のことわり)

 いきなりの展開コトに、身体は強力に押さえつけられているものの、精神は流されそうになっている感覚を受け取っている……


 全てはそこの猫神の仕組んだことだった……? 確かにっちゃあ確かになことは思い出すだに沢山あり過ぎてだけれど。


 とにかく第一印象よりも相当なサイコさんであることは確定した。でも僕らのような人間を引き込んでおいて自らが戦うっていうのが何でなん感はあるけど……


「……最初にガチャってもらったのは、『イドの玉』。あなた方の『魂』に寄生する虚ろなる依り代ですにゃ。あなた方の『生命』を吸うことで生存・成長をする、この私がもたらすことの出来た唯一の哀しき生命体……」


 圧力は……緩まない……そのままで完全に優位マウントを取ったかのような嫌な余裕をカマしながら、猫神はそうぽつりぽつり言葉を紡ぎ出している。


「……だいぶイカれが根深く張り巡らされてるようだなその大脳によぉ……だがこっちはお前のクサレ茶番に付き合ってやってる暇はねえ……いまそこのちんまい奴がこの『圧』を破って、のち私がお前に煩悩の数だけのやまいだれ流星群を見舞ってやるからせいぜい今のうちにイキっとくんだな……」


 ヅオンさんが張り巡らせた「緑」の力が霧散していっているのか、先ほどまでちょっとしたジャングルばりに草葉や蔦がはびこっていたこの白建物の屋上はほぼほぼ初期の石造りの屋上の姿に戻っている。そして「重力」だけが先ほどまでとは真逆くらいに違う状況の中、ブレないダリヤさんがその「屋上」に美麗な顔を擦りつけられながらもそのような気を吐いてくれるのだけれど。


「あにゃ……まだ理解が及んでいないようですにゃ。あなた方は『イド』が寄生する『宿主』に過ぎないのですから、創造主たる私にどうこうするということは叶わないのですにゃ。生命を吸われ尽くすまで、のほほんと暮らすも良し、私の拵えた『目標』であるところの『七曜』『三十六騎』またはその眷属たちを倒して、報酬を得て悦に入る、それもまた良し。私の創りしこの惑星オープンワールドで、思う存分過ごしてくださいにゃ。『地球』よりも……遥かに面倒くさくなく、割と未熟なるままで闊歩できますのでおすすめですにゃよ?」


 どんどんわけの分からない言葉が流し繰り出される中、猫神は余裕の嫌な微笑を浮かべながら、いきなり、


「……!!」


 その毛皮のコートの下の右脚を軽く上げたかと思ったら、履いている白いヒールの踵を倒れ伏しているダリヤさんの頬に落としてきやがったのであった……ッ!! ダリヤさんのアヒル口をひしゃげさせるようにして鋭利な先を捻じり込んで……こいつ……ッ!!


 内心いきり立ちまくりの僕ではあったけど、どうあがいてもこの「拘束」から逃れられそうもない……いや待て。さっきカナエちゃんが言ってたじゃないか。こいつの……この「圧」を発生させている「こだわり」の「四字熟語」を突き留めれば……!!


 吸い込んで、無効化できる、はず。いや、そう「思い込め」。そうすれば為るのがこの「作られた世界」の「真実」……!! でも……その語句って一体?


<創造主に通用しないとか言ってるのは嘘だダウトですよマスター……なぜなら現にボクという存在が芽吹いていますからねうふふふふ……マスターマイマスターッ!! 思うがままに、ヤロウを吸い飲み込んでやりまっしょぉぁぁぁあああいッ!!>


 一体化しているからか、自分の身体の内部からもそんなイキれ走った思考が。でも漲る。滾る。そうだよ何度も思うけど僕はひとりじゃあない。


 四字熟語……そのヒントらしきものはあるだろうか……「圧力」、「目に見えない」……うぅぅん……見当がつかない。いや、目の前の事象に引っ張られても答えは出なさそうな気がする……思ったのは「月」。「猫神が月の人になりすましていた」、というのが事の真相だった……であれば「月」が含まれた『聖★漢字セカンヅ』が「四字」に含まれている可能性は無いか?


 だって僕らをバラバラに散開させた<固”有”進路アイゲンヴェクター>とかいう吹っ飛ばし能力を最初に確かに発現していたよね? それも奪った能力だったんじゃないか? <月>も奪った能力なのであれば……今回の「圧力」の発現にもそれが噛んでいる可能性は高いんじゃないか? そして……今回の「四字」にも「有」が含まれている可能性は低くは無いんじゃあないか?


 僕の拙い知識からすると、「月」が部首である漢字はそれほど多くないように思える。「最弱」とも言われてたしね……であれば有用な「有」、ここから攻めていった方が良さそうだ。片っ端から言ってってもいいか、数打ちゃどれかが……それより早くしないとダリヤさんの顔に深い傷が穿たれてしまうだろ急げッ!!


「す、すすす吸い込めッ!! えーとまずは『有為転変』ッ!! えーとえーとそれから……」


 いかーん、慌てると出て来なくなっちゃうよ……おおお落ち着け、落ち着いて考えれば……とかどうとも泡食ってしまって舌がもつれてしまうダメな僕の、


 まさに、その眼前であった……


「……」


 これ以上は無いほどの、猫神の真顔がそこにはあった。瞬間、まるで<鼎>の能力もあまりのことに躊躇ったのようにおずおずと、それはおずおずと、猫神の四肢からそれぞれ一文字ずつを吸い込み吸い出していく……その「四字」は、そうその四字こそは「有」「為」「転」「変」であったわけで。


 今の今までこちらを猛烈に押しつぶさんばかりに押し込んできていた「圧力」が、ふいに霧消した。解放感……を僕は感じたけど、それを上書く感じで、後に残されたのは、敵味方何とも言えないほどの空虚な時空間であった……


 強重力から放たれて、さあここからが喧嘩だぞ、的な勇ましい言葉は放てないほどの何とも言えない感が場を覆い尽くしていく……いや、僕はこの場の最善を尽くしたつもりなんですけどぉ……


「……」


 伏していたダリヤさんも、どこかめんどくさそうな仕草にて、自分の頬を踏みつけていたヒールをぞんざいにどかしつつ、すっくと何事もなさそうに立ち上がると、こちらもまったくの無表情の真顔にて、無言で立ち尽くしている……あ、あっるぇ~、また僕何かやっちゃいましたぁ~?

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