Quanji-45:決然デスネー(あるいは、掌の中の/天球/見つめるはGATTO)

 決まった……ッ!!


 吹っ飛ばされていった先から、反発して弾き返るようにして、ダリヤさんの薄茶色のブレザーが残像を置き去りにするほどの速度で「白」に肉薄する。瞬間、弾け飛んでいたのは今度は「月の人」の華奢なる体であったわけで。


 「囮の囮の囮作戦」。結構な上空から白建物屋上のひとつに何とか足から降り立つことの出来た僕は、その衝撃で肋骨が体内で不随意に動くという痛気持ち悪さを感じて脊椎あたりがぞわとさせられるけど、とにかく策がうまく決まってくれて良かった……でもやっぱ痛い……


 とか蹲って痛みをいきみ逃しこらえていたら、僕の視界に空中をぽわぽわと浮遊しながらこちらに漂い流れて来る「黒い球体」が。そこに書かれていた文字は「治癒」。


 次の瞬間、その黒球体はシャボン玉がふいの風にさらわれるかのようにすいと急に速度を上げると、青銅プロテクターの狭間を縫い、僕の左脇腹に吸い込まれるようにして接触した。と、


「……!!」


 痛みも何も、そこから感じなくなっていた。これダリヤさんの……顔を上げてそちらを見上げると、会心の拳撃を打ち放ち終えた姿勢から、柔らかそうな肩までの髪をたなびかせ、赤いチェックのスカートを翻し、ふいとこちらを振り返って来た顔と顔が合う。


「べ、別に足手まといになったら面倒めんどいから手駒として回復させたげたんだからねっ」


 瞬間、三メートルは離れているのに艶めいて見えるアヒル唇から放たれたのは、教科書通りというか古文書通りの由緒正しきツンなる言葉セリフであったものの、何かもうそれに対しては即応でつっこめなくなっている自分を感じている……


 何と言うか御大の真意っていうのが分かってきてしまっているから。でもこっちも余りにも素直に気持ちを出してしまうと本当に抜き差しならなくなってしまいそうだから(別にそれはそれでいいとは思うんだけれど)、いつものおもねった追従笑いで、どうもでやんす、と頭に手をやりひょこりと顎を突き出してみせるに留める。いやそれよりも。


 「足手まとい」にならないようにしないと。ダリヤさんも当然分かってるみたいだ。月の人を、今ので倒しきれてはいないということを。先ほどの一撃で、その白い姿は少し先の「緑」の中に埋もれて動きを見せていないけれど。


「おー、しゅごい一撃でしたねダッリャ……そして、ええ、うまくいって良かったですねー」


 左手の方からまたも軽やかに、飛び石を跳び移るかのような軽やかさでワイシャツの白が映えるヅオンさんが笑顔で向かってくる。本当に助かりました。その無尽蔵なパワー……でもまだ油断しないでくださいね、と一応念を押しておく。そう言えばもう一人は大丈夫かな……「草葉」がどんどん侵食してきているから、倒れ伏しているとその姿を見失ってしまうのだけれど……


 刹那、だった。


「……」


 無音、だったけど、その身体から発せられているのだろう、「見えない圧力」はこちらの毛穴という毛穴を粟立てていくかのようで。月の人は静かに、ワイヤーをウインチで滑らかに巻き上げるが如くそれは澱み無く、吊り上げられたかのように見えた。その白い影は次の瞬間、僕の方を向くと、両腕を力無く広げていく。


「!!」


 と視認した時には既に、「重力」が、僕の身体を鉛レベルに、体内に流れる体液血液を水銀レベルの重さへと変えている。右手方向ではダリヤさんが、左手方向ではヅオンさんがそれぞれ同じように上からのとんでもない圧力に抗う術もなく、押し付け伏せられていってしまっているのが、揺れる眼球の隅で何とか捉えられたものの、だからと言って僕にも何にも出来る術は無かったわけで。あえなく「草葉」の中に顔を突っ込まされる。


「……少し、遊び過ぎた」


 テンプレ台詞集<痛撃喰らった後の余裕取り戻し>の項の二番目くらいに記されてそうな言葉を殊更無感情に吐きながらも、少しは揺さぶれたようだけど……その白面にめりこんだであろうダリヤズナッコォの痕は遠目にも赤く残って見えている。ただ、


 被っていた白い球状の「帽子」はどこかに飛んで行ったのか、そこに隠されていた白い髪が今や潮風になびき、結構なくせ毛を展開させている。そしてその隙間からは、いつぞや見たのと同じ、「ヒマラヤン然とした猫耳」がのぞいていたわけで。やっぱり……


「……貴女……だったんですね……」


 肺も横隔膜も上方からの「圧力」を受けていてそう音声として出すのも一苦労なのだけれど。全てはこのヒトの手の上で踊らされていたと……そういうことだった。


「まあ……あざとすぎたかもですにゃん?」


 その台詞めいた言葉も、だいぶ、ですけれどね。


 正体を現したのは、「転移」させられた僕らが最初に出会った人物……いや「神」を自称していたところの、猫耳の御方であったわけで。何となくの想定はついていたものの、いざ明確に突きつけられると結構ショックなところもある。何よりその理由目的が掴めないところが何ともで。と、


「だい……ぶ御粗末な自作自演もあったもんだな……てめえの意図は何……だ?」


 猫神ネコォルさまを挟んで、伏した姿勢のままのダリヤさんがそう言葉を絞り出す。分かってる。話をして、時間を稼いでくれようとしてくれているだろうことは。でもこの「根源アーク化」で身体能力を飛躍的に上げているはずの僕でさえ、まったくもってこの「圧力」には歯が立たないよ……どうすれば。


「……私は『星を創る』ことの出来る希少能力を持った神なのですにゃん。今いる『ここ』も私が創造した世界。でもですね、なかなかいい感じのものっていうのは出来ないものなのですにゃあ……憧れの『地球』に匹敵するようなものを生み出したくてはや幾星霜……あなた方の物差しで言うところの二億年がとこは経過してしまいましたのです……」


 つらつらと紡ぎ出されたのは、そんな正気を疑うような世迷言の葉の群れ。しかし……


「そんな中、ぽんと出来たこの『天体』……そこに、まあ神が言うのもなんですが、『奇跡』的に『生命』が発生したのですにゃ……」


 話がどこに進むかまったく分からない。でもこの隙に考えろ、この現況を打破する一手を……ッ!!


「その『生命』こそが『聖★漢字セカンヅ』。まあ名前は後付けですがねにゃん……それは『部首魂ラディカルソウル』とこれまた後付け名づけたのですが、そのいわゆる『生命の核』を元に、様々な環境に適応することの出来る『生命体』だったのですにゃ。でも何か他の生命体に『寄生』しない限りは数日もその生命を保てない……そして増殖することもかなわない、非常に不安定/不完全なる存在だったのです……」


 「圧力」を……この「圧」さえ何とか出来れば……!!


「当然ながらそんな生命は『失敗作』……そう私も一度は考え、放棄しようと思ったのですが……惜しくなったのですにゃ、不完全ながらも『生命』が発生した星なんて初めてだったものですから……」


<マスター……奴には『こだわり』があると見ました……自分でも如何ともしがたいほどの。ので、この『圧力』を発生させている『聖★漢字セカンヅ』は……おそらく『四字熟語』を形成しているはずと見ましたッ。『四肢』に宿らせたとか何とか言ってましたですし……そしてそうであるのならばッ、それさえ掴めれば、『わたし』が逐一全部吸い取ってやりますゆえ……ッ!!>


 決然とした声が、僕の頭の中に響き渡る……カナエちゃん、そうだ僕は独りじゃあない。


「よって、尊敬する『地球』から、『転移』というかたちで『生命体』を諸々かっさらって供給するということを思いついたのですにゃ。結果、『異世界転移それ』に造詣の深い『現代日本』の人間を大量に、そしてその国の言語にちょうど我が『生命体』に合致するかのようなこれまた奇跡的な漢字モノがあったのでそれを当てはめてみた、と、かいつまむとそういうわけなのですにゃん……」


 猫神の言っていることの二厘ほども意味は分からなかったけれど。


「……かりそめにも『生命』がこの星に根付けば、私の心は充足されるのですから……」


 こいつは、とんでもないエゴの塊だってことだけは分かった。


「……!!」


 呼吸を整えろ。であればこんなところでのうのうと「生命」を吸われ続けている場合じゃあない。考えるんだ、乾坤一擲の一打をッ!!


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