Quanji-44:大概デスネー(あるいは、後塵/エスカオポジツィオーネ)

 走れッ。


 真正面に捉えたのは、「月の人」の白い姿フォルム。それを目指し、僕は足元を蹴り踏み込みつつ、身体を前方へと進めていく。今やヅオンさんの「草葉」は僕の膝を覆うくらいまで一面「生長」していて、それに若干足を取られ滑らされつつも、走る。


 ダリヤさんが作ってくれた「隙」を、逃すわけにはいかない。


「カナエちゃん、『漢闘衣クロス』するよッ!!」


 娑婆で放つとそこに留まりづらくなるだろう黄金の四文字をもう臆面もへったくれも無く言い放つ僕であるのだけれど。「了解いたくしないでね♡」との妖精要請へんじを受け、僕らは二度目ともなると意外にスムースにお互いがお互いの体を絡め取るようかのようにして「合身」していくのであり……全身にまた焼きごて級の痛熱さを痛感しつつ。


 しかしそれに怯んでる場合でも叫んでいる場合でも無い。傍から見たらすんごい便意我慢顔になっていそうだけれど、構わず僕は駆ける。体に次々と装着されていく青銅色の破片パーツ。<かなえ>の「根源アーク化」が、僕に途轍もない身体能力を与えていく……そして、


「……」


 上空ちょっと斜め前方へと思い切りよく跳躍ジャンプした僕の視界は、一気に十階建てマンションの上層階から見下ろしたような物に推移している。遥か下に「緑色」をバックにした「白い点」、そしてそこから弾き飛ばされていく「薄茶色」の一点……


 ヅオンさんの「緑」で足元周りに注意を引き、死角を狙って背後からのダリヤさんの一撃もそれは囮で、


「おおおおおおッ!! 唸れ『カナエ=ス・錐世顕すいせいけん』ッ!!」


 これがッ!! 思考視角の埒外のッ!! 連携技だッ!!


 決めのように放つ技名に呼応するかのように、僕の振り上げた右腕全体が青白い光に包まれる。瞬間、突き出された拳骨の一点から放たれる光線ひかりが、「きり」のように鋭くえぐり込むように、この世に顕現し、眼下の白一点へと吸い込まれるように撃ち込まれていった。やった……か?


 しかし、


「……」


 見えてましたよくらいに腹立たしいほど無駄なく余裕で、月の人は直前で身体をずらしていた。はするほどの真横の屋上天板に、僕の渾身の一撃が穿った穴が開いたのが見えた。交わされた……ッ!! 瞬間、


「ぐっ……!!」


 下からはまた例の「見えない圧力塊」。それが今度は僕の左右両側から同時に挟み込むようにして押し擦りつけ潰されてくる……ッ!!


 ぐり、と、ぐら、の中間くらいの音が、僕の体内を通して鼓膜を震わせたように感じた。左脇腹より少し上辺りからの「音」の出どころが、僕に肋骨あばらの何本かがひしゃげ折れてしまったことを告げてくるようであり。それを認識した途端、体中の血液が一気に冷やされたかのような感覚が全身に巡り襲い掛かってきて。それとは真逆の熱を放つ患部の重い痛みに、思わず顔が引き攣り歪んでしまう。


 やばい……の喰らっちゃったよ……僕鼎ぼくらの最大級攻撃が……いともたやすくかわされちゃったよ……こちらを無感情で見上げる月の人の目と目が瞬間合う。仕留めた、みたいな視線を送られた。確かに。まごうことなくね。でも……


 なんちゃって。


「……『真逆』」


 声を発するごとに横腹にそれこそ錐で刺すような痛みが走るけれど、それだけは言ってやっておきたかった。無感情なその瞳に一瞬、怪訝そうな光が浮かぶ。そう、「囮」云々と、呟きツイターでダリヤさんに飛ばしていたのは、「真逆な嘘」。


「……騙し合いは、私らが上を行ってたってことで、喰らいな」


 上空から緩やかに落下していく僕の耳に、ダリヤさんのそんな押し殺した声が確かに届く。


 丹生人ちんまいとの意思疎通は、呟きツイターを介さずに、口頭で行われていた。


 ……「呟き」とは真逆のことを。


 「正方形陣」を組んでいた時に、それだけの囁きが私だけに為されたわけだったけど、何となくその意図は分かった。


 最初期に、何かわざとらしくも私らに「与えられた」能力、「呟きツイター」。確かに有用は有用であったけど、それだけで済むもんでもないだろ、とか私は実は警戒していた。そしてやはり。


 最後の最後にそれでこちらの足をすくおうとしてきやがった。読み通りだよ。


 背後へと吹っ飛ばされたと思われた私の身体は、次の瞬間、ふんわりとハンモック状のものに優しく包まれ搦め取られていたわけで。


「……」


 ヅオンさんが現出させといてくれた、「緑」の「網」。先ほど「草葉」を視界全体を覆うかのように展開させていたのは、それこそ正に「囮」。そして「囮」と思わせといた私を再び主格へと呼び戻すための、切り札。


 ちんまいの呟き、<囮頼みます>の言葉も実は「囮」。私が囮を担うということも、実は真逆。先ほどの上空からのちんまいの攻撃も、それも「囮」。全ては、


「……『銀河”疾”風ぎんがしっぷー』ッ!!」


 この一撃のため。私の中で広がった想像創造イマジネーションの奔流が、人智を超えた速度をもってして、そして「緑網」の反発力も加算して、


「……!!」


 完全埒外のタイミングで、月人との距離をゼロへと縮める。刹那、


「!!」


 完全に作用点を捉えた私の拳の一点が、やろうの白く整えられた陶器のような顔面にヒビを入れんくらいの痛烈さをもってして、撃ち込まれていくのであった……!!


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