Quanji-42:深淵デスネー(あるいは、クァトロ/塞翁が/坩堝アジターレ)

 いきなりの衝撃に。


「むうううううッ!?」


 というような、口も開ききらないままで絞り出された、そのような呻き声を眼前の空間にコンマ一秒単位で置き去りにしながら。


「……!!」


 後方へと、吹っ飛ぶ。吹っ飛ばされる。なまじ「低重力」だからか知らないけれど、飛ばされ方も大袈裟な感じだよ……ぼくらがさんざん文字通り吹っ飛ばすように倒して来た敵さんの気持ちが何となくここに来て分かった……前方に向けて吸い込まれていくかのように高速でカッ飛んでいくかの周囲の景色……身体に感じるは空気の鋭い流れが及ぼす疾走感……これ一抹の爽快感もあるんですね……


 とか逃避するかのように考えている場合でも無い。「見えない攻撃」。これまたありがちな技ではあったけれど、いざ相対してみると存外に厄介だ。「出」が分からないもんだから対処が難しい。喰らう前から構え備えてないといけないのか? でもこの力自体不明だ。何にどう備えていいかも分からない。


 いや落ち着け、そして考えろ。「後方支援」「司令塔」……僕がこの世界に来て目指そうとした役職ジョブを今こそ、こなすんだッ!!


「……!!」


 落ち着いてひくつく喉奥に空気を何とか送り込みながら、どこに合わせていいか分からない視線を強引に眼輪筋を総動員させて動かして自分の足元へとやって眼下の流れる景色……「白建物」の屋上が碁盤目のように広がる光景を見据える。帆布のような黄土色の大きな布切れがただ雑に張られただけの日除けみたいな物がよぎった。瞬間僕は宙を飛ぶ身体を無理やり縦回転に反転させて頭からその「布」目掛け突っ込んでいく。


「ぐ……」


 何とか、といった感じで僕の体重を受け止めてくれた「布」は次の瞬間、結び付けられていた四つ端のどこかが千切れたか、身体を包むように巻き付くようにしてその反発を失ってから、切り揉みしながら僕は右肩から屋上のひとつに擦りつけられるようにして落下してしまうけれど。


 思ったより衝撃は少なかった。何より止まって良かった。その力の出どころは判らなかったけれど、それ以上に理解不能の「無尽蔵さ」みたいなのがあったから。これはあれかな? 無重力状態では力を与えられたらそのエネルギーが保存されたままであるとかそんな?


 思ったことは片っ端から思考の遡上に上げてった上で吟味しよう、と決意した僕だったけれど、仲間たちの動向にも目を配らないと。と、


「マスター……?」


 左胸のポケットから、そんな珍しく戸惑いと驚きを等量孕んだかのような妖精カナエちゃんの言葉が聞こえてくる。良かった無事で。でもそれよりも僕の方に、僕の行動に気になることがある、みたいな声色なんだけど。うん、それは分からなくもない。


 ほぼ無意識に、僕は自分の「部首魂ラディカルソウル」であるところの<かなえ>を、青銅色の四つ脚の金属器を、自らの右頭上らへんに浮かばせていたのであって。


 自分でも、何でそのような構えを取ったかは分からなかった。でも元より僕に使える手段ってのは限られているわけで。自分の出来る最大限のことを、ただしようとしただけなのかも知れない。


 それよりも。


 「倒した相手の『聖★漢字セカンヅ』のひとつを自分の身体に宿せる」……みたいなことを言ったよね? それはつまりあの月の人は、<月>以外にも「能力」を発現させることが出来るってことだ。そりゃ凄いイレギュラーかつイリーガルな感じ……何でもありかーってことになる……けど今更に、それを訴えたところでどうしようもない。「情報」のひとつとして自分の頭の中に叩き込むことだけを考えろ。その上で、どう対処するか、それを頭の中で組み立てるんだ。


 現出させた<鼎>はそのままに、僕は彼我の状況を素早く把握しようとする。先ほどまで四人は固まっての陣形を取っていたけれど、めいめい先ほどのあの謎の「力」に撥ね飛ばされ、まさに「四散」したかのような位置関係になってしまった。僕を中心と置くと、ダリヤさんが二時方向二十メートルくらい先、坊主氏が九時方向に同じくらい、振り向いて確認したところ、ヅオンさんは七時方向に十メートルくらい。


 意思疎通は例の「何とかツイター」で可能だから(十七文字限定だけど)、距離を取らされていても連携、みたいなことは出来ると思う……思いたい。我の強いのがふたり(プラスいち妖精)おることを思い出し、ううぅん面と向かっても「意思の疎通」って出来てたっけか……というような諦観気味の唸り声が勝手に僕の唇を震わしてくるけど。


 へい……へいへいへいへいィッ……!!


 開幕いきなりやってくれんじゃあねえかよ……最弱のくせしてカマしてくれるじゃあねいかい……


 ノー警戒でさらに相手の出方を待っちまったのが最大の失策だなぁ……だがよぉ、俺ぁ例え一対一タイマンだろうが最早負ける気はしねえのよ……


 殊更に外連味を滲ませながら、ニヒルを具現化したようなこの俺は「黒玉」から引き出したる得物……既にこの手にしっくり馴染むようになった二尺三寸(推定)の<刀>をゆっくりと正眼に構える。


 月のヤロウは余裕こいてか「次の一手」は繰り出してきやがらねえと来ている。何だ? さっきの吹っ飛ばしでメンタル優位にでも立てたつもりかよ。確かにワケ分かんねえうちにカマされちまった体だが。だが。


 それが何であれどうであれ関係ねえんだよなぁ……?


 相棒が見出してくれたこの<刀>能力。「切る」っつたら切るが確定事項……!! そう何かがキマっちまったかのように思い込めば、念じて躊躇なく突っ込めば。


 「それ」が為せるということを経験・体験してきた。はからずもその感覚は、シャバにいた時にはついぞ感じ得なかった、何と言うかの清々しさを伴ったものであったがよう。


 そうだぜ……「一念」こそがどうともならねえ現状をぶった切り、てめえ望みの未来へと風穴をぶち開ける唯一手段だっつぅことだ……俺は今の今まで全然分かっちゃあいなかった。


 斜に構えてひねた向かい合いかたじゃあ、


 何も成し遂げられやしねえってことを。為す。成す。俺は閉塞しっぱなしのてめえの人生をも、ざんぎってやる。


 うん、よしよしよしよし、滾るのはいいが、少し落ち着け。やけに白い壁の建物が林立した何とも浮世離れしたこの「場」だが、その建物の大きさは全部同じくらいと見た。よって将棋盤の枡目のように……


「……」


 ヤロウまでの距離をある程度測れるっつうわけだ。無理やり「ここ」にかっさらわれてからこっち、この「低重力」の空間で飛んだり跳ねたりしたりさせらりたりでその「体感」っていうのは掴みかけている。「適度な慣れ」、それプラス、「身体が重力に慣れ」ちまったらここまでの運動能力はおそらく発揮できねえであろうからして、今の今、そいつがマキシマムのコンディションと言えなくもねえ。


「四マス分」イコール目測二十メートルか。半分くらいを小走り小股で駆け抜けてからの、ホップ、ステップで奴の背面に回り込みつつの斬!! ……こいつで両断できるはずだ。


 呼吸を整えろ。ヤロウは俺から見て右方向へと悠然と視線を送っていやがる。相棒アンド旦那の方角……そっちを注視してこちらはスルーか?


 その余裕ヅラを叩き割ってやるぜぇぁぁぁぁッ!!


 無音無呼吸無気配でヤロウへの射程距離まで駆け抜けた、つもりだった。横っ飛びのタイミングもこれ以上無く決まり、後は振り上げた<刀>で<切るkill>と念じ降ろす、それだけだったはず、だった。


 刹那だった。


「……!?」


 相変わらずこちらをノールックのままのヤロウのこめかみ辺りに放っていた剣撃が、「何か」に弾かれた。把握できないままの俺の固まった顔面が、ゆっくりと巡らせてきた表情の無いなまっちろいヤロウの顔と向き合った。瞬間、


「ガっ……!!」


 またも「見えない何か」の力によって、俺の身体は今度は建物屋上に敷かれてた「すのこ」みていな物に、押し付けられるようにして叩きつけられていたのだったが。


 何だこれぁッ!?

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