Quanji-41:繊細デスネー(あるいは、最終決戦/意義&異義の所在/異議あり)

 声の主の……姿はいまだ見えないけれど。


「……」


 何と言うかの重圧プレッシャー的なものは、上方から押し付けられるかのようにして感じている。反応はひとつきりですマスター、との妖精カナエちゃんの珍しく押し殺した言葉に、僕ら四人は申し合わせたかのように背中と背中を合わせて四方ぐるりに意識を向けた正方形の布陣を敷いている。でも一律「二階建て」のこの建屋群の屋上からのだだっ広く広がる視界にほぼ死角は無いはずなのに、「月」の御方の姿は未だ視認かなってない。どこから……どうやって来る……?


 四(プラ一)対一。そのアドバンテージはでかいはず、と思いたい。でもボス的な敵っていうのはそれくらいのハンデを物ともしないというのが御約束であるわけだし……何となくそういうお約束ごとがなまじの物理法則よりも厳然としてそうなこの異空間でもあるわけだし、そこは注意に注意を重ねないといけないよね……


 いやいや、先ほどの気合いと覚悟はどうしたんだって。落ち着いて、その上で気合いを全身に送っていくんだ。相手がどう来ようが、僕らは、僕らなりに対処するほかは無いのだから。心なしか僕の右二の腕に執拗に押し付けられてくる、適度な張りと柔らかさが共存した誰かさんの左二の腕と、角度を変えて触れられてくるそれよりも熱く柔らかい何らかの感触に思考を乱されながらも、僕は深く息を吸い込んで集中していく。


 思えば、今まで生きて来てここまで何かに真剣になったことなんて無かったんじゃなかったっけ。そりゃまあ二次元代に傾ける情熱はなまなかないものがあるのは確かだけれど、それはそれでちょっと違うよね……僕は今、自分の意志で為そうとしている、何かを、確実に。


 腹はいい加減据わったはずだ。僕は、倒す。この、わけ分かんないまま連れて来られた、いまだ得体の知れないこの「世界」で、目標であろうところの、「敵」を斃す。


 改めて考えてみると、相当なやばさの事態であることは確か。随分と前から嗅細胞を執拗に撫でるかのようになった胡散臭さも、もはや消臭できないほどに漂っていることも確か。でももうそんなことらは深くは考えないぞ……燃やす、ここ一発、「人生」の何かをぉぉぉぉぉぉッ!!


 自分でも大分痛ましいメンタルに陥っていることは、少し離れたところから俯瞰しているかのような自分視点も何故かあることから、充分理解している。その上で、ぃやるッ!! ぃやってやるんだぁぁぁぁぁ……ッ!!


「!!」


 視界をじりじりと左右に巡らせていた僕の、一秒前には何も無かったはずの空間に、


「……!!」


 盲点からずれて見えるようになった、とか思わせるほどに思わせぶりなところはほとんど皆無のまま、


「……」


 「その人」は僕らのいる「屋上」から十メートルは離れていないだろう所の「屋上」に、ぺたり貼り付けたかのように現出していたわけで。いつの間に……とかは今更思うことは無かった。「そのくらいやってくるだろう」的な思考は既に持っている。「持ち構えている」と言えるくらいに。そんな言葉は無いとは思うけど。けど。


 頭ふた回りくらいふわふわと風にたなびきその形を微妙に変えて見せている、大きな白い球体の帽子的なものと、その華奢な身に纏った何かの白毛皮のみっしりした質感のコート状のものが、どちらかというと肌暑さを感じさせるこの空間にそぐわないなとか、そんなどうでもいいことを考えさせられるほどに、ごくごく自然に現れ出でていた。血色というものがほぼ感じられない、白塗りとは全然違うその顔色の「白さ」に、不自然さを感じて何とも言えない不穏さと違和感が沸き起こって、僕とその人の間の空気を澱ませていくようで。


「問答無用でごつりのめしてやりましょうマイマスターとその下僕しもべども……ッ!! こちらはかつてないほどの最強布陣と思われますからね……『最弱七曜』なんて瞬殺出来るびょう・DE・KILLダナエェェ……」


 凛々しい高音ソプラノから野獣のような唸り掠れ声へと変化していく左胸ポケットの住人の落差感にも不穏さを感じるけど、気合いのあらわれと見ることにしよう……と、


「……『最弱』。確かに、単純に『部首ラディカル』の強さ・汎用性で見たらそうなのだろうな……何度か貴様等『来訪者』にやられたこともある。だが我々は甦るのだよ何度でも……何故か分かるか? この世界の構造を掴んでいないだろう貴様らに分かるとは思えんが……」


 その姿を現してからは、見た目全体的に白い「月の人」は気負いも外連味も無くそのように、感情の抜け落ちた声を放つばかりだ。なんだこの余裕。そして「甦る」って……それこそゲームの中ボスじゃあないんだから……


「『世界』において、『明確な目的』というものがある方が希少レアケースと言えるかも知れない……『この世界の目的』は何だ? 『七曜われわれ』を斃しカネを得て元の世界に帰るということが目的なのか? それはなぜだ?」


 相変わらずのフラットな声質のまま、そのような事を問われても。こっちが聞きたいよ、という言葉は、僕の右後方からの何故かデレを含んだツンな女声と左後方からの金切るしゃがれ男声がほぼ同時に放った「こっちの台詞なんだからね(なんじゃいィィ)ッ!!」というほぼ同レベルのイキれがかった音声に先んじられてかき消されていくのだけれど。


 うん……何となく月の人の立ち位置が分からなくはなってきた。そしてその佇まい、放つ言葉が何と言うか作り物めいていて嘘くさい、のは何でだろう。うぅん……本当にここで戦う意味があるのか? そんな根源的なところさえも。いやいや? それが「手」なのかも知れない。こちらを惑わし萎えさすこと……もう戦いは始まっているのかもだ。何よりここに至るまでさんざん戦いを煽ってきてたよね。いまさら。なら、


「……それは貴女を倒してのち、考えます……とにかく、先に進むにしろ、その場にとどまるにしろ、これはけじめであり決意表明でもあると……僕は思うから」


 落ち着いているつもりの自分の口から放たれたのは、そのような割と嘘っぽい台詞のような言葉たちなのであって。あれ? 飲まれてない流されてない? 僕。


「ふふ、そこまで腹くくれているとは、まあこちらとしても好都合。あとはどうなろうと、ここで決着をつけると、そういうわけだな? なかなかの猛者じゃあないか……いいだろう、存分に来い」


 月の人の言葉もそんな上っ面めいた台詞感を増していくけれど……何とも言えない膜に覆われたような違和感が僕の頭の片隅に付着しているようだけれど。


「そして……『最弱』最弱と侮ってくれているようだが……都度都度言っているように、私は屠った輩の『聖★漢字セカンヅ』をひとつだけ、己が身に宿すことが出来る能力を得ている……つまりは」


 場の空気はガチの戦闘モードへ。それは覚悟していたことなのだけれど、月の人の言葉に嫌な予感がキュルキュル音を立てながら去来してくるように感じられて。


「……<月>のみにあらず。我が力はそれぞれこの『四肢』に宿っているがゆえ……」


 月の人が両腕両脚を力みなく開く。その仕草で初めて、その華奢な身体がごく低空にて宙に浮いていることが確認できた。それも能力? とか逐一細かすぎることに着目してた僕を嘲笑い吹っ飛ばすかのような、


 刹那のことだった……


「!!」


 左頬に「風」と言うほどでもない、空気の微少な流れを感じたかと思ったら、


「……!?」


 次の瞬間、僕の身体は真後ろへ向かって、抗えないほどの質量と弾力を持った何かに撥ね飛ばされるかのようにして吹っ飛んでいたわけで。


 なん……だこれェッ!?

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