Quanji-40:剛直デスネー(あるいは、最大級/魂の/燃やし場へ)

 ……波の音が聴こえる。


「……」


 そんな中、当の自分の身体が仰のいているのは触覚から分かってきていた。背中と後頭部に硬い熱、みたいなのを感じ始めたから。


 それでも、身体の上っ面を撫でる風はほどよく冷たく心地よい。まぶた越しに強い陽の光を感じているにも関わらず、そのまま寝っ転がっていたいような感覚……


 いや、だめだろ。


 割と強めに、その熱源の先へと、重い右腕をでも力無く振り上げつつ、つっこみをかましてみる。そんなきっかけみたいなのを自ら作り出さないと、動こうという気力まで萎え霧散していってしまいそうだったから。


 意識を奪われた系のことが起こっただろうことは、もう何度目って感じだから分かっている。そしてそれはその直前に、無事「敵」を屠ったということに相成ることも。つまりは妙齢さんを倒したと認識が為されて、この「次の場所フィールド」へ飛ばされたと。ゲームのステージクリアみたいな感じだ。そこは何かメリハリ効いてるよね……とは言え、いつまでもこうして寝転んでいてもしょうがない。


 重力に引かれて戻って来た右の手刀を、そのまま自分の高くはない鼻っ柱に打ち込んでみる。結構痛い。無意識の一撃は無駄な力が入ってなくて存外痛い……


 けどおかげで両目は見開かされて。瞬間射し込んできたギラつく陽光ひかりにウッと顔を顰めながらもその勢いで横に転がって、うつぶせ姿勢から肘膝を突っ張らかって何とか四つん這い態勢へと移行できた。


「……!!」


 見渡す視界の遠くに青、そして眼前に広がるは白。この上なく清涼な対比二色ツートンカラーに先ほどから感知し始めた潮の香りが相まって、行ったことは無かったけど「常夏の楽園」感を僕に与えてくる……幾分青みがかった白壁の直方体の建屋が、これでもかの林立をしている群れ固まりがぶわと広がる壮観なサマと、それを伸ばした両腕で抱きしめるかのように広がる青々しい大海原と、それをまた上から包み込むかのような異なるクリアな青空ブルースカイ……はずっと眺めていたくなるようなそんな安らぎを、だいぶ異世界ここに来てから殴りなめされた感のある僕の精神神経全野に滲み広げていくようであって……


 ……浸っている場合じゃない。


 また飛ばされたな……夕焼け麦畑、無人ロイヤルカジノ、と来てこの楽園的港町……脈絡の無さは前も思ったけど正に「夢」、みたいな感じはするけれど、おそらくは夢なんかじゃあ無いんだろう。そこのところを誤魔化したり薄めてみたりはもうやめだ。


 全力を尽くす。それだ。それでしか道は開けない……


 ……とか、達観してる場合でもない。それより何より先ほどまで一緒だったダリヤさんは……無事かッ?


 よろけながらも立ち上がりぐるりぐるりと首も体も回して先ほどまでその存在を確かにこの骨盤が覚えているはずの御仁の姿を探すものの、回り過ぎてバランスをあっけなく崩した僕は、自分が今いる場所がその「白い建物」の屋上であるという認識がまだ希薄だったためにあえなくそこから足を踏み外してあれぇ、と落下してしまう。


「……!!」


 泡食って中空でもがくが如くの醜態をさらす僕だったけど、二階建ての屋上五メートルくらいから落ちた割には、ふんわりと石が敷き詰められた細い道へと、すとりと軽く降り立つことが出来た。足にも衝撃からの痺れも無く。これって今まで忘れられがちだったけど……


「!!」


 「低重力(地球比)」だ。試しに目の前にそびえる白壁に嵌まった、白色それに際立たされるかのように目に鮮やかな臙脂色の窓枠に足をかけて上方へと跳躍してみる。と、やっぱり僕の身体は苦も無く、普段感じてたよりも現実感無く、すいーっとまた屋上にまで上昇して辿り着くことが出来ていた。こ、これは思てたより気持ちがいいな……


 とか、今更実感して楽しんでいる場合でもない(何度目だろう)。これまでの経緯を鑑みると、一人ソロ二人デュオと来てるから今回は四人カルテットなのではないかな……仲間を、探してみた方が良さそうだ。ヅオンさんとあと一人は本当に安否不明だけど大丈夫かな……


 みっしりと建てられた白壁の石造り建屋は、景観のためか、そのほとんどが二階建てだ。低重力も相まってそのひとつからひとつへと飛び移ることは容易。何かこのジャンプ感覚、アクションゲームのキャラクターになったみたいで非常にこの、僕なんかには、ずどむと刺さりますなぁあっはっはっは……


 悦に入っている場合でもない(四度目)。屋上には物干し台があったり、オープンテラス風に椅子と机が無造作に置かれていてそこに汗をかいた透明なグラスが対にあったりして人の営みを感じさせてくるものの、肝心の人の姿は皆目見当たらなかった。てことはやっぱりここは、この雄大な自然を感じさせるような大空間も、


 ……つくられたものなのだろう。そう改めて考えてみれば、何か感覚全部が「クリアすぎる」。綺麗に丁寧に「作られすぎている」きらいがあるかも……「戦闘」の雰囲気はいまだ一ミリも感じられないものの、気を抜かずにいこう。と、


「マスターマイマスターッ!! 二時方向に反応がひとつ……パターン暗赤紫色どどめいろ……クサレ××(やはり聞き取れない)ですッ!!」


 いきなり僕のワイシャツの左胸ポケットからそのような凛々しき声が。妖精カナエちゃんの無事を確認するのを忘れてたけど、そしてそれを当人が流し気味にしてるのが逆に怖いのだけれど、とりあえずそのナビゲーションに従って右斜め前方を目指す。情報が正しければそこにいるのは、


「……!!」


 ダリヤさんのはず。果たして、ひとつの白建物の屋上、すのこ的な板が渡されたその上に横たわって動かないその姿が。


「ダリヤさんっ」


 その傍らにちょっとバランスを崩しながらも着到すると、まずは呼びかけてみる僕。天に向けてそびえる双丘……は、規則正しく上下していて僕の焦点を結びづらくしてくるものの、確かに呼吸はしてる。よかった。


 とか思ってたら。


<眠り姫を眠りから覚まさせる手段はよ(十七文字)>


 側頭葉に撃ち込まれてくるのは、そんな僕を真顔にさせてくる言の葉なのだけれど。これもう意識戻ってるな……よくよくその茶色の艶めく柔らかそうな髪に包まれた整った顔を見下ろしてみると、普段の蠱惑アヒル口よりもさらにその艶めく桜色の唇が突き出されている気がするし、心なしか目も半開きですなあ……とは言え、人目無かったらその誘惑に抗えなかった可能性の方が高い気もするわで、うぅんもう何だか最近心の休まりというものを感じ得てない気がしよる……


「……」


 妖精カナエちゃんは妖精カナエちゃんで僕の胸ポケットから身を乗り出しつつ、かーっと親父ばりに喉を鳴らすと、眼下のアヒル口向けて青銅色の粘りある一本唾液をピンポイントで落とそうとしたりしてるけどそれはもう察知されていて下からえらい勢いで伸びてきていた華奢な指にまたその小さな身体を鷲掴まれて圧迫悶絶させられているよあのぉぉぉッ、そんなことばかりをやっている場合でもないと思うのですがッ。


 と、


「お、ニートさぁん、元気でしたかデスねー」


 背後から、そのような心鎮めるかのような不思議な安堵感を帯びさせた声が海鳴りの風と共に響いてくる。ヅオンさん……そちらこそ無事でよかったですー。


「ダッリャ、カンナェもいましたですねー、おーこれで皆さんお揃いましたですね良かったー」


 僕よりこの「低重力」に適応しているようで、いつも通りの丸顔笑顔でこちらを和ませてくれながらも、ヅオンさんはその一九分けの黒髪を揺らすことなく、ぽんぽんと建物の屋上を跳び渡ってくる。「皆さん」? と思ってたら、その後ろから青息吐息の坊主氏も危なっかしい跳躍ながら付いてきていたのも確認できた。うん、まあ全員無事でとりあえずは良かった。


「無事で何よりだぜ相棒。よくあんな化物ども相手に……だ。ま、俺の方はお前さんの『アシスト』で何とか切り抜けたんだがよぉ、ヅオンの旦那は相当やりおるぜぇ……」


 骨ばった細い体躯をさらに軋ませながら、いつも通りのニヒルまくし立てをしてくる坊主氏はだいぶ顔色が土気ってるけど大丈夫?


「おそらくは次……『モノウゥル』の奴が直で出張ってくるはず。だとしてもこの今の面子なら負ける要素はありませんからマイマスターッ!! 存分にやってやりましょう!!」


 圧迫からの立ち直りが大分早まってきたカナエちゃんがそう凛々しいモードで力強くいい笑みを浮かべるけれど。でも。


「……」


 何かしらの嫌な予感は、僕の脳裡からは抜けていかないわけで。いやいかん、こんな弱腰でどうするんだよ……


 刹 那、 だ っ た …… 


<『来訪者』たちよ……おのれらおのおのの『力量』は存分に見極めた……そしてこの『七曜』がひとり、『モノウゥル』が直々に屠るに値する者であるということも……ッ。よかろう、手合わせ願おうか。そののち、おのれらの持つ『部首魂ラディカルソウル』を奪い喰らい尽くしてくれようぞ……!!>


 青空、海、そしてこの空間全土に響き渡るかのような、腹の底から響いてくるような、「声」が辺りを満たしていた……っ!! 随分前に感じられるけどおそらくは体感二時間くらい前に対峙した、あの、クール系妙齢女性こと、「月の七曜」さんだよね……想定はしてたけど、いよいよの空気に、はからずも僕は顔面から爪先まで委縮しまくってしまうのだけれど。いやいかぁぁぁぁん……ッ!!


「み、みなさんッ!! ここ一発気合いを入れましょうッ!! これが正真正銘最後ッ!! 最後の戦いとッ!! 思われますからッ!!」


 奮い立たせるかのように腹から出してみた大声は、最後の方は何ともしまらなくなってしまったものの、


「……」


 力強くそれに応えて頷いてくれる仲間たちがいる。迷うな。


 ……心の「島宇宙トスモ」を、燃やし尽くすんだ。

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