Quanji-37:絶景デスネー(あるいは、くらわせろ/僕も知らない/インヴェルシオーネ)

「ッこるまぁるうんたぁりんでへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええんッ!!」


 もちろん、小型両生類アオガエルが勝利する道理は、いずこにも無きかなであったわけであるにしろ……


 図ったかのように(また)妙齢ジャニュアロさんの出し札は<あめかんむり>からの、出、出た~の霹靂へきれきの<へき>。これは比較的字面かっこいいからメジャーどころで色々使われるところの多いつまりは「雷」であるのだけれどじゃあそう書けばいいのにとか思てたら、台の「上空」には既に怪しげな黒雲が浮かんでおり、その下部からぱたぱたといった感じの木の根のように広がり出した先駆放電ステップトリーダーを阿呆のように見上げていた僕人形フィギュアの頭頂部から先行放電ストリーマが天頂高みへ駆け上がったかと思ったらそのふたつが中空で結合し、主雷撃となって地表の人形へ、その横でつぶらな目をして伏せっていたカエル巻き込みで落ち貫きて焼けこげさせていく……み、みずにでんきはらめぇぇぇぇぇぇっ……!!


 相当きつめの折檻電流のダメージは、本体であるところの僕にも謎の神経直結タイプのVR以上のリアリティを以ってして傍迷惑にも共有させられてしまい、僕は、僕は冒頭のちょっと形容しにくい叫び声をのけぞって伸び切って上向かされた喉奥から大音声でこの「カジノ」内の雑音ノイズをかき消さんばかりに撃ち放っていたのであったのであってあって……


 ぐっ……やはり強い……もちろん第二局こんかいの僕の出し手<べんあし>は「負けると分かっていてあえて出した」捨て札ではある。でも例え僕が他のもっと強そうな奴(ほぼ無いけど)、さらには切り札の<りゅう>をも出したところで一蹴された可能性も否めない。というか、まだ何かしらのトリックいかさまを隠し持たれているのかも知れないけど……とにかく真っ向から当たって勝てる相手じゃあないということだけは分かった。とんでもない対価と引き換えに。


 衝撃で再び意識が吹っ飛ばされかける僕……でもそれより早く左後方でとさりと倒れかかる音が聴こえた。から踏ん張り留まれた。でも、


「……ダリ……」


 振り向きざま、ダリヤさん、と呼びかけようとした声は声帯が麻痺でもしているのかその間の空間に掠れ薄れ消え失せていってしまったけど。尻もちをつく感じで後ろに倒れ込んだダリヤさんは、そのアヒル口をゆがめながらも大丈夫、といった目で僕を見上げてくるけど。僕の身体を伝って、電撃がそちらにも行ってしまったと……いうことなんですねッ!? ええとその、僕の骨盤からデリケート部を通してッ!!


「……手出し無用……体で支えるのも無し。そのことを再度注意したかったのですわ? お嬢さん」


 ことさらアンニュイに余裕ぶって、台の上で肘を突き手を組み、そこに顎を乗せつつこちらを見下ろすかのような視線で睥睨してくる妙齢さん。やはり……ッ!! 何らかの作為は絶対にある!!


 だけどそれを言っても詮無い……というか無駄だ。しかも、付け入る隙が「そこ」にしかないと思われるゆえ、いまこの場で何を言う/することは出来ない。でも……「一対一」とか言いつつ平気で巻き込んでくるそのやり方……


 何か、腹が立ってきたぞ。


<耐えてください次で絶対喰らわします>(十七文字)

<介抱待ちしといてやるよ鼠径部の>(十五文字)


 助け起こすことも出来ずに正面を向いたままダリヤさんにフォローする感じで「ツイター」を送ったけど、即応びょうでまた僕の平常心を揺さぶる言葉が返ってきた。うん、わざと言葉を選び練ってるよね……僕を倒そうとしてない? でも大丈夫そうで良かった。


 であれば。……集中しろ。絶対に、絶対に喰らわしてやるんだ。決意を込めて場札を引く僕。


くさのめ


 が、やっぱりね。封殺してくる気だ。<龍>以外はこれでもかのカス札掴ませてくるね……ヅオンさんの持つ<くさ>に似ているけれど、「こいつ」が該当する字なんて駐屯の「屯」くらいしか知らないよ。


 けど、けどだ。ますます<龍>に意識を向けてこようっていうハラは読み込めた。その上で……覆す手立ては無いか? 本当に。


「第三局……よろしいですか?」


 艶然と、という表現がしっくりくる妙齢さんの蠱惑的な笑みとその下で存在感と重力感をもって揺れる胸元。でも僕はもうそれに惑わされることも、揺さぶられることも無いんだ。


 承諾の意を込め、軽く頷く。けど身体に走るのはどうともならんレベルの痛みとか疲労……次喰らったら本当にまずいよね……切り札は、もう相手が何を出してこようと切るしかないだろう。でも、何かある。何かはあるはずだ。じゃなきゃ、


「……」


 こんなにも、気の抜けた感じで勝負に臨もうという気配は出せないだろうから。妙齢さんにはある。何か、「必勝」と確信できるほどのからくりが。


 でも突くならばそこしかない。そこのところの、「気の緩み」を的確にえぐる何かを捻り出すしかない……ッ!! 外面は平静を装いつつ、内ではそのように意気込む僕だったけれど、


 刹那、だった……


トウ


 相変わらずの妖艶笑みのまま、羽根ペンで何らか書きつけた妙齢さんの細い指でつままれ場に放たれたのは、そんな、一瞬、画数多過ぎて何が書いてあるのか分からないほどの、仰々しい「漢字」だったわけで。


 龍が……ふたつ。これは、


 衝撃をうまく咀嚼できないままの僕の眼前、妙齢さんの人形フィギュアの両側にかしずくかのように、二匹……二頭の、正にの西洋的ドラゴンが現出していたのであった……わざとらしいほどの鮮やかな赤と青の鱗を天上からの照明スポットライトに照り返しているよそしてその口元に今にも吐き出してやらんばかりに紅蓮の炎の残滓みたいなのが浮かび舞ってるよでんきの次はほのおかよ……


 落ち着け。


 やっぱり僕の手は筒抜けだ。その上で、嘲笑うかのような「龖」提示……同じ部首の札が複数存在するわけか。いやそれも意図的なことかも知れないけど。そして……僕は自分の手元の<龍>札の表面を指でなぞってみる。指の本数を変えたりして色々試してみたら、二本でつまむように縮小ピンチインさせることが可能ということが分かった。そしてそれを一本指で動かし、任意の場所に配置することも出来るということも。こんな仕掛けがあったんだね……


 そうか、例えば「火」で考えると、左に配置すれば「ひへん」だし、下に配置すれば「れんが」……そういう応用が利かないと成り立たないじゃないか、考えてみれば「部首」なんだ、それを使って構成する「字」はいろいろ存在するのは基本中の基本ではあるけど……そこに気付かずにいた。あまりに見慣れなさすぎる「部首」を提示され過ぎて。いや、あえてそこのところの説明はされなかったよね? 本当に……汚い。見た目に反してこの御仁はぁぁぁ……!!


 とか、歯噛みしてる場合でも無いよ。こちらが提示するターン。もはや嘲りの笑みを隠さなくなった妙齢さんの顔を一瞬、見据える。勝利を確信したかの緩んだ顔。


 でも。でもだ……喰らい付いた感を脊髄辺りで察した。


 ……ありがとうございます。


 心の中で、そうお礼を述べておく。そう、感謝しないとね、本当にありがとうございました。


 ……侮っていただいて。軽んじていただいて舐めていただいて。


 傍らの羽根ペンを不必要なほどの強い力で掴み取ると、「強すぎ」とことあるごとに言われる渾身の筆圧にて、自分の札に書き入れ込んでいく。力強く、正確に、


 ……問答無用で<龖>を絶対屠るやーつを。


 僕が一心不乱に書き込むサマを見て、そしてその画数が尋常じゃないことに気付き始めて、


「……!!」


 はじめて妙齢さんの顔に焦燥めいた表情が浮かぶ。そうだよあなたは僕を侮り過ぎた。<それ>は「この場の最適解」じゃあ無い。でもじゃあなぜそれを出したのか?


 「勝てるのあったのにそれ提示出来なかった」僕を、この後、嘲笑するためなんじゃないか? 精神的優位に立とうと思った? そんなのははっきり緩み弛みに他ならない。真剣に、勝負に臨まない輩に、


 勝利は訪れないということを思い知らせてやる。


 自分でも驚くほどの熱血もたらされ感に、多分な怒りをも上乗せして、


「!!」


 叩きつける。乾坤一擲の一打を。


トウ


 次の瞬間、ぼろぼろの体の僕の人形フィギュアを取り囲むようにして、三頭の和風ドラゴンが巻き付かんばかりに風雷を伴って現出していた。嘘みたいな字だけど、実在する。「轟」とかね、こういうの意外とあるんだよね……そして、


 ……そんな厨二歓喜な漢字を、この僕が知らないとでも? あなたは全力の<これ>で来なくちゃあならなかった。余裕の誇示をしたいがために、それを怠った。あえて選択しなかった。

 

 それははっきりの油断だ……精神の、緩みだよっ!!


 僕側の三匹の「龍」から、相手方をすべて飲み込まんばかりの熱線のような炎だか光だかがえらい勢いで放たれていく。


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