Quanji-36:猥雑デスネー(あるいは、骨になるまで/コランダム/イーター)

 落ち着け。


「……」


 呼吸を深く、ゆっくりと、だ。降って湧いたこの僥倖……だが待て。手札に入れ込んだ<龍>の字が書かれたカードを極めて平常に見やる。「意味が分かり、なおかつ強そう」という、待ち望んでいた閃光が、枯山水的な手持ちの中に、いま来たる……ッ!! ものの、そううまくはいかないような予感もしている。最初の配られたカード五枚こそ僕自ら選択した(そして選択ミスした)ものであったけれど、その後、妙齢ジャニュアロさんは残りの札をまとめて場の隅に置いたよね……その時に何らかが行われなかった可能性は無いとは言い切れない。初っ端からサマをかまされてきたこともあるし。


 すなわちこの<龍>もあえて掴まされたもの……? 考えすぎか? いや今のこの場、考えすぎて考えすぎることは無いと見た。


 であればどうする……? 次局、僕の先攻だ。でもこの切り札は、先攻では出しにくい……これが手放しの「強」カードとは言えないから。何らかの作為をもってして、僕に送られてきたと、思えなくもないから。


 正面で、自身を模した人形フィギュアの派手に展開している髪に隠れるようにして妙齢さんはこちらをフラットな視線で睥睨してきている。まるで余裕。どころか、相手ぼくが「策を弄して策に溺れる」サマを間近でみてあげましょう的な雰囲気を醸していると、


 考えるのは、考えすぎか?


 いやそれでも掘り下げて考えろ。いま出来るのはそれだけだから。こちらの手の内に<龍>があることは向こうさんは御承知の事象と見る。その上で、どうする? だ。


 <龍>を先手番……先攻で出していくのはダメだろう。相手は「必ずそれを上回る何か」を持っているはずだから。たぶんそれは今、お互い「補充」した札が作為盛り盛りだという前提のもとだけど、でもそう見ておいて、そう用心しておいて、充分だ。今の今まで薄めて考えていたけど、この諸々の勝負……「負けた」時の処遇とか明かされていない。最悪を想定しておくことも重要。今の今まで僕はその辺の認識が抜けていた。本当の間抜けの節穴だよ。


「……」


 なので深呼吸を何度もカマす。少しでも清浄な空気を脳に届けとばかりに送り込もうとする。勝つ。強く考えるんだ前向きに。勝つための手段を冷静に考え、大胆に実行するんだ。


 と、つ、とばかりに僕の肩甲骨の下あたりに「点」の感触が。反射的に左斜後方そのほうを見やってしまうけど、先ほどからダリヤさん、僕のことを心配して来てくれてるよね……


<べ、別に代わってもいいんだからねっ>(十七文字)


 と思ったらまたしてもそんな脳内呟きツイターが僕の側頭葉辺りに着地するのだけれど。やっぱり「配札」の驚異的なショボさと、先ほどの無為な惨敗がね、多分に不安を煽るのでしょう。でも少しばかり不利になったからって、勝負の場から降りてしまうのは何て言うか、情けないし男らしくない。


 今までの人生、ほんとにいい事の無かった僕だけれど、だからと言ってはいはいとあっさり諦めるわけにはいかないんだ。それはこの「異世界」に来たところで変わらない。むしろ。


 ……「ここ」はチャンスの場だと、感じているんだッ、この僕の底辺センサーがぁッ!! 相変わらず、表層上は「不ヅキ」を散りばめ敷き詰めたような感じだけれど……


 例えば「鼎」、例えばこのカードの引き。


 でもそんな表層には騙されない。そもそもがツイてるとかツイてないとかは、往々にして「過程」の話のことが大半だろッ? 最後の最後に勝っていればそれでいいはずだ。それにツキツキ言うけど、僕にはひとつだけ、「鬼引き」を誇れるものがあるじゃないか。


 「人」だ。出会う人、得る仲間、僕はそれに関しては確かに絶対的にツイている。ダリヤさん、ヅオンさん、カナエちゃん他一名、みんな、みんな今や得がたい仲間たちだ。特にダリヤさんにはずっと助けられてばっかりだよ……


 だから。


<負けたら骨頼みます/でも絶対に勝つ>(十七文字)


 そうだよ負けを怖れずに、でも勝ちを目指すんだ、全力で、執拗に。


 とか心の島宇宙をまたも燃やしていた僕だったけれど、ふと座っていた左腰骨あたりに熱と、ちゅくというような粘つく音と湿り気を帯びたような感触が。振り返ることは諸々やばそうだったのでしなかったけど、あ、あれ? なんか結構冷静そうだけど結構大胆に何か逆三角形状のものを押し擦りつけられている気がするのは気のせいでしょうか……なんだろうこの熱さと潤いを宿したのはェ……いや、考えるな、これはダリヤさんなりの無言の応援であると……僕は受け取ったァッ!!(そうなのかな)


 とか、ややわざとらしいほどに熱血を灯していないと、あっさり平常心なんぞ高みへカッさらわれてしまいそうな蒸れる鉄火場というような摩訶不思議ゾーンへと落とし込まれかけている僕は心の内圧を必死で上げていくばかりなのだけれど。


<骨盤見失うとだから太腿で挟んどく>(十六文字)


 いやいやぁ? さっきから「平常心」関連のことは何度も出とりますよねえッ!? なぜ背後から引き倒しつつ揺さぶろうとしてくるの? ダメですってほんとにティーンエイジ/チェリー/健康体ヘルシア/ボーイにそれはダメっ!!


 既にぐわんぐわんに平常心が何であるかさえ見失いがちの僕が熟成されつつあるけれど、それはそれで好都合と……言えなくもない(はず)。


 侮らせるんだ。軽んじられて舐められろ。


 おそらくそこに勝機が。いや、そこにしか勝機は無いと思われるから。


 いろいろな外的刺激により、いい感じで強張ったままの僕の顔面。でもそれでいい。余裕なさそうな感じを醸しだせ。まあ実際余裕はほぼほぼ無いのだけれど。


 では第二局、そちらからご提示くださいな、との妙齢さんの言葉に、僕は何かが漏れ出てきそうなほどに切羽詰まった顔にて、手札の中の一枚を場に出す。指先は、いい感じに震えてくれた。


べんあし


 さっきの「何とか笛」と同じく、札の「中央」に描かれた奴だ。ので、何を書き足さなくても成り立つ。この場は、勝負を成り立たせるっていうのも勿論なんだけど、「それ」に頼らざると得なくなっているというどうしようもない「余裕の無さ」を演出することが大事と踏んだ。まあ実際(以下略)


 刹那、だった……


 台の上、ぴょこんと一匹、鮮やかな黄緑色の跳ね飛ぶ生き物が。カエル。嗚呼キミはアオガエル。ふーんふーんそういう意味だったんだねべんあしェ……


「……アオガエル 負けるな丹生人 ここにあり」


 うん、ここで一句詠む必要は無いけど。思てた以上の如何ともしがたい冷気に右半身を灼かれながらも。


 撒き餌は……これ以上無く撒き得たはず……ッ!! と思う(しかない)僕がいる。


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