Quanji-34:残虐デスネー(あるいは、渦巻け!/テーラーメイド混沌/釜底にて)

 シャンデリアからの暖色の光を受けた深緑の台の上には、寸詰まりの学生服に鎧めいた何かを身に着けた奇天烈な人形フィギュアなるところの僕の分身が割と勇ましげな後ろ姿をその当人に見せつけつつ何かを待っているという絵図があり。


「……」


 正面に相対するところに現れたのは、人形ぼくの等身をせいぜい「3」としたところの「8半」は優にあると見受けられる、高校生にはちょっと手が出ないところの下手したら六桁いくんじゃね?くらいの精細な造形と華美なる装飾が施された、過度に双球が強調されし、展開した白銀の髪がぶわりと本体の姿を遮ってしまうほどのジャニュアロさんの美麗なる分身ガレキであったわけで。


 うん、この時点でのえこひいき感もさることながら、それをもう隠しもしてこなくなった事に何と言うかの本気を感じてしまい、少し眉間の辺りから委縮し始めてしまう僕がいるけれど。いやいや。


「……手札は『五枚』ずつ……ひと勝負につき一枚使用しますが……次の勝負の前に『一枚』補充することが出来ます。ゆえに常に『五択』……じっくりとお考えになってくださいね」


 妙齢ジャニュアロさんがそう静かに説明するとともに、先ほどから場の隅に置かれていた「カードデッキ」をその細くしなやかそうな指で掠め絡めとるようにして掴むと、その優雅な仕草から一転、凄まじい速度にてシャッフルを始めた。流れるようなカード捌き……華奢なる手の中でアーチを描いたカードが小気味よい音で重なり混ざり合っていく……


 そしてそのままの流れで僕と自分に「カード」を配り始める。カードの背に描かれた水色の紋様が残像となって僕と相手の手元に正確に刺すように届いてきとる……その間にいた僕型の人形フィギュアは目の前を滑空する札に驚いて腰を抜かしたりしてるけど、ううううん、芸細かいゲイ・コマー……


 目にも止まらぬ、とは正にこのことかー、とのいささか緊張感に欠けたままぼんやりそれに見とれていた僕だったけど、


 刹那、だった……


「……!!」


 その流麗な仕草が突如止まり、最後、五枚目のカードを僕に配ろうとしていたその中空で、滑らかそうなよく手入れされてそうな妙齢さんの手がぶるぶると震え留まっていたのだった……


 その、毛穴ひとつも視認できないほどの艶やかな手の甲に現れたのは、<痙攣>のふた文字。こ、これは……


「……あっさりイカサマ仕掛けてくるとは流石っつうか抜け目なさすぎだろ。まあ荒事なくてもガチはガチ、緊張感無くおとぼけで静観してた間抜けこいつがアホっちゃあアホだっつうことに異論は無えが、私は騙されねぇ」


 静かな、それでいてこちらの横隔膜辺りを震えさせてくるような、厳然なる低音……な、なんかダリヤさんの醸す迫力がとんでもない域まで達しているように思えるのは僕だけでしょうか……ちらと左目だけで恐る恐るその御尊顔を窺ったら、その美麗な顔に宿るはいっぱしの勝負師ギャンブラーそのものの面構えだよ怖ぁ……見る者を冷徹にえぐらんばかりの視線メンチを放ちつつアンバランスなその下のアヒル口を歪ませた御仁は、そのまま無言のまま有無を言わさない感じで場に配られていた彼我双方のカードのオモテを開陳するのだけれど。


 天井からの柔らかな光のもと、晒された妙齢さんの手札は、

<月><乙><一><人>


 対する僕のは、

つづみ><><においざけ><にら><あらず


 ……いやいやいやいや!! 来たねこれ、全力で獲りに来てたねこれ、「にら」て!! 野菜しか該当しねぇよっぶねへぇぇぇぇ……


 あやうくブタ未満の手でフォーカードにぶつかっていかなあかん展開だった……にしても露骨ぅー、と思わずのけぞった僕はひきつったブタっ鼻をフゴ、とか鳴らしかけるけど。


「難癖つけられるとは心外ですけれど」

「言い逃れ出来るとでも思ってんのか?」


 今まで常に湛えていた微笑みをふいと吹き消すと、真顔も真顔、無表情も無表情の美麗ゆえに得も言われぬ怖ろしさを現出させてきた妙齢さん……の表情の抜けた銀色の双眸は僕の左隣の人を流し目的に睥睨していて。温度の無い言の葉同士が、酸素濃度が急速に落ちて来た(気がする)この場にて絡み合うこともなく紡ぎ出されては霧散していく……それでも「平常心メーター」はほぼほぼ動いてないよむしろ僕の奴の方が「20」オーバーまで上がっちゃってるよいかんいかん……


 戦いが始まる前からの鉄火場雰囲気に、ただひとり乗り遅れている僕がおる……いかんいかん、いい加減に僕も肚を決めろッ!! 腹に力を。腹底まで吸気を。僕は顔筋を総動員させつつ、ここいちのキメ顔で言葉を放っていく。


「ててて提案がッ!! ジャニュアロさんが切ったカードをこの場に全部並べて、それを僕が双方五枚ずつ選択するというやり方では? それならイカサマがあろうとなかろうと関係ないですよねッ!?」


 自分ではいいこと言ったと思ったけど、妙齢さんからは、あ何か年下クンからの名前呼びってちょっと来る……みたいな艶と平常心と自信とを取り戻した言葉と、ダリヤさんからは、当然だろ最初ハナからそれを提示すんだよこの節穴……みたいな呆れ叱責な御言葉を戴くにとどまり。


「……」


 何となくの僕も真顔のまま、再びシャッフルされたカードが台の上に綺麗な弧を描いて提示スプレッドされるのを、それでも何かしら妖しい動きが無いかを見張るのだけれど。


 問題は無い……無さそうだ……よね? ちらちらとダリヤさんの顔色を窺いつつ、いいから早く引け、みたいな目で急かされつつ、こちらもサマ無しですよということを殊更にアピールするかのように右人差し指をぴんと立てた状態で、カードの列から僕と妙齢さん、二人分計「十枚」のカードをすすと向こう、こっちへと五枚づつ指先でスライドさせる。


 お互い手札を自分の手前まで持ってくると、それ以外のカードは妙齢さんのしなやかな手つきにて再びデッキにまとめられ、場の向かって右側に置かれる。


「気が済みましたのなら、始めましょう? まずは第一局。貴方の『後攻』でよろしいかしら……お察しの通り『後出し有利』……ですからね?」


 妙齢さんが体の前で細い腕を組むとその腕が何かに阻まれてほぼほぼ見えなくなるのは何でなんだろう……という命題にいつの間にか脳細胞が活発に演算を始めていた僕にそのような妖艶さを含んだ艶めく言葉がかかるけれど。


 舐められている。「七番勝負」とか言ってなかったか? 「先に四勝した方が勝ち」とか言ってなかったか? 「先に後攻」の方が有利ってわけだ。


 思わぬアドバンテージを与えられたわけだけど、表面上はえっいいんですか的な何か知らないけどラッキーみたいな薄笑いの表情を浮かべておいてやる。そうだよ、こうやって軽んじられることこそが、侮られることこそが、


「……」


 僕の持つ唯一のアドバンテージと、言えなくもないから。ふっ、見た目で判断していると、思わぬ事になりますよ……その時する後悔は、きっと貴女をのっぴきならない所まで落とし込むはずですしね……


 いつぞやの坊主氏のニヒル感が乗り移ったかのように、内面の外連味をこれでもかと高めた僕は、手元で揃えた自分のカードをす、と極めて自然な動作にて扇形に開いていく……


 が、だった……


やくのふえ><べんあし><おおいかんむり><すでのつくり><ぐうのあし


 あ、あら~ん?


 ぱ、ぱっと見で読める奴が無ぇ……よしんば読めたとてそれが部首である漢字が分からねぇ……


 思えば、<鼎>マスターだったよ。それに今までの人生で僕に舞い降りてきた幸運なんてひとつも無かったことをここに来て思い出させられたよ。先天的な自分のとんでもない引きの悪さを目の当たりに突きつけられ、真顔を通り越し表情筋全てが活動を止めたがらんどうの顔にて固まる僕。その背後でカードを確認しに来たダリヤさんが、脱力感から流石に片膝をかく、と折ってしまう気配を脊髄辺りで感じるばかりなのだけれど。


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