Quanji-31:精密デスネー(あるいは、出るか?/のるかそるかの/常套遊戯)

 何とか、ばくつく心臓の鼓動が収まってきた。数瞬前に、僕の感覚のほとんどを焼き尽くした感触は、未だほのかな熱のように、甘い芳香のように僕の身体に巻き付いているようではあるけど。そして何だろう、その後のこの沈黙はなかなかにキツいな……何でエンドウさん……いや、えーとダ、ダリヤさんは黙ったまま次なる行動へと移ることもなく、この裏方的な薄暗い間にとどまっているのだろう……いや、キツくは無いか。全然キツくは無い。むしろ心地よい空気感と言えなくもない……


「……」


 お、おいおい、結構待ってやってんのに、ほか二人は来る気配ねえな、もしかして一対一タイマンのあとは二対二タッグマッチでもやんのか? 性急だったり悠長だったり、あの猫神の加減ってやつがいまいち分からねえんだよなぁ……と殊更何でも無さそうな風でエンド……ダリヤさんはそう言うけど。と、先ほどごくごく至近距離まで接近していたその艶めく瞳と、離れ際、焦点が合って……なんか、微笑まれた気がした。


 いかん落ち着け。あれはただの医療行為である……ッ!! との白々しい言葉は僕の火照った顔の温度を下げる何の役にも立ってはいなくて。一発、深い呼吸を肚底まで落とし込むと、気を取り直しつつ、完全に気を失って人形フィギュアが如く冷たい石床に転がっていた妖精カナエちゃんの20cmくらいの身体を両手で優しく抱き上げつつ、脈があるかどうか一応首元を指の腹で触ってみるけど、ひゃあんらめそこよわいのぉ……とのニュアンスはどうあれ寝言以上でも以下でもない掠れ声が漏れ出て来たことに安心してワイシャツのポケットにすぽり差し込んでおく。


 さて。


 やっぱり先ほどからこの薄暗闇の中で静かな存在感を放っている例の「両開き扉」……それを開けてその奥へと進まないと先の展開も無さそうだ。「二対二」、正確にはカナエちゃんも頭数に含めて三人ではあるけど、ちゃんとした攻撃役アタッカーが居てくれるのは後方支援タイプの僕としては非常にありがたい。先ほどは断片的になってしまった「やまいだれ」の活用もより正確に密に出来るかも知れないし。頼れる仲間。本当に僕はこの「世界」を訪れてから今まで得難かったあれもこれもを手に入れつつあるようんそれにえーとそううぅぅん今まで縁の無かったそのぉあれやこれやもですな、あるんじゃないかと思います……


 渦巻く思考を見透かしているかのように、絶妙なるタイミングにて遮るようにお前が開けろ、みたいな、割と平常に戻って来ていた御大の声が掛かる。その平常なる様子に逆にありがたみを覚えるという倒錯感に改めておののくといった感情の無限奔流を何とか自分の中で抑え込むと、意を決し、僕は把手を右手で掴み、肩を使ってその結構な重さのある扉の右側のを向こう側へと押し開いていく。


 はたして。


 今までの闇と静寂が嘘のように、一歩よろけるように踏み入った「場」には、光と喧噪がうねり氾濫していたわけで。


「……!!」


 暖色を基調とした、柔らかな光が、数えきれないほどの光源から熱と圧力を持っているかのように放射されてきていた。シャンデリア……それもずらーっと奥面方向にまで無数に連なっているよ。そして真っすぐ奥まで伸びる、片側一車線の道路幅くらいあるんじゃないかのレッドカーペットの色は橙色の光を呑み込んでなお鮮やかな紅色。その「道」の両側には整然とポーカーテーブルらしき豪奢な台と椅子、激しく明滅している白い光の連なりはおそらくスロットマシン……? うん、誰もが想像するところの「カジノ」風景がそこには展開していたわけで。


 この脈絡のない「場所の繋がり方」が正に「夢の中」みたいな感じがして、右頬をベタにつねってみたら痛かった。というか開幕から絶え間なく痛み的なことは与えられておるわけで、今更確認することじゃなかったな、と思うものの、この「無人なのにざわめいている」という状況にこれまでに無い違和感を覚えたのは確かだ。


「……幻なのか、それとも本当に作ってんのか……いまいち分からねえよな、そこを掴ませてこないようにしているのか知れねえっつーか」


 僕の左側にふわりと柔らかな風が。さしものダリヤさんもこの光景にはどう対処していいか迷っている……あるいはもう呑み込もうとしているのかな。それよりもそのブレザーに包まれた二の腕が、僕の肩に触れている気がするのは気のせいでしょうか? と、


「……!!」


 視界の左側で何かが動いた気配。大胆に張り出しながらもあくまでその放つ光は柔らかいという高々度に吊られたシャンデリアからの煌きを受け、その下の人影も輝きをふわりとその身から全方向へと反射していた。


 敵さん……であろうことは確実。しゃなりと音が出そうなほどにそれはしゃなりと、その光放つシルエットは、視点の定まった僕の前で大袈裟な龍の飾りが設えた椅子から立ち上がると、こちらを向いて両手を広げるような仕草をしてきたのだけれど。


「ようこそいらっしゃいました、私の『フィールド』へ。ジャニュアロ・ムツァーリと申します」


 声質はふんわりと空気を孕んだかのような、落ち着いてしっとりしてるけれど、そんな何と言うかの「浮遊感」のある感じだ……今までの面子にははっきりいない感じの、尋常感を備えた……まとも感をこちらに投げかけてくるような……


 年の頃は三十代半ばくらいだろうか、これまたふわりと展開した艶やかな銀髪には、金色の細かい装飾が巻き付くように施されていて、こちらをゆったりと眺めるように見て来る瞳の色もまた光沢のある銀色。穏やかな笑みを湛えたままの彫りの深い御顔は北欧系と言ったらいいだろうか。抜ける白い肌にも銀色の粉のようなものが吹きつけられていて、真っ先に目が行く胸元を強調するぱっくりいった深い藍色のロングドレスがぴったりとその豊潤な肢体を形どっておる……


 思わずガン見してしまっていたけど、いかん落ち着け。敵さんって自分で思うてたやないか、油断はダメだって。


「……おまえ一人で、こっち二人を相手すんのかよ? でいいんだな?」


 案の定、尖り切った威嚇の言葉を凍り付く低温にて紡ぎ出しているダリヤさんだけれど、もしそれがそうなら、こちらの有利ということにならないかな……? だいぶ能力の使い方を覚えた(まああの痛みを伴う合体くらいだけど)僕と、相当の強能力使いであるところのダリヤ嬢……さらに僕が後方支援に回ることが出来たのなら、鉄壁の布陣が出来上がることとなる……ッ!!


「ええ。でもただ『能力』を撃ち放ち合って、というのも無粋ですわよね? ですからここはひとつ、頭脳を使った『ゲーム』をなさいませんこと? せっかくのこの『場』でもあることですし」


 相変わらずの落ち着き払った声に……少し愉悦のような何かが混ざったような気がしたけど、そんな提案をしてくるなんて……はっきり罠なんじゃないか? それは。


 ダリヤさん、と小声で制した僕だけど、なっ……き、気安く呼んでんじゃねぇよ、とか、この場に及んでの属性呈しに、僕の思考も停止してしまう。いやいや。


 でも見えない……この妙齢美女の魂胆が。無視してふたりがかりで襲い掛かってもいい気がしてきたけど、さっきから僕、腰の辺りにずんとおもだるさをずっと感じているんだよね……能力を使い過ぎたのかな……何か今の状態でろくなのが撃てる気がしない……それにカナエちゃんもだいぶ消耗していそうだし、御大だって結構顔色悪いよね……二対一とはいえ、まともにぶつかったら分が悪そうとも思える。とか考えていたら。


「……行う『ゲーム』の名は『聖★漢字セカンヅ大富豪』……」


 ちょっと待って。逡巡してたらどえらい混沌カオスを呈示されたのだけれど。待って待って。

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