Quanji-30:奇妙デスネー(あるいは、出た!時空履き違え/亞空間)

――ニュート起きて。


 あれまたこんな感じ……


――ニュート、やっぱり私を選んでくれてありがとう。


 えーと、いや、これカナエちゃんなんだよね? 若干いつものあの破天荒さがナリを潜めた語り口キャラが違うのも何でなんだけど、こう、「ありがとう」、感謝の言葉を言われるくだりがどうもね、引っかかるというか……脳の後ろ辺りがカリカリするというか。いやもどかしさを伴った疼痛というか、うぅん単に気持ち悪いだけとも感じられるかな……いやいや。


 こりゃあまた意識奪われてる系の感触……でも先ほど確かに色々な意味で危険な最大級奥義をぶちかまして敵であるところの橙色紳士オネアフィスはきっちり屠り切ったはず……その後は……どうだっけ、うん、その勢いのまま意識を失った記憶があるな……


「……」


 何度も何度も意識を断ち切られるという、割と普段では経験しえなかったことをカマされてきたからか、ここに来てだいぶ「意識の引き戻しかた」みたいなのを習得マスターしつつある僕は、頭の奥の方に鼻から息を吹き上げるようにして送り込むことにより、無事おへちゃな顔にて覚醒するわけだけど。


 目が覚めて、目を開けても周りは闇だ。あれこれまだちょっとやばい系なのかな……と思いつつ首を心持ち強く左右に振りながら辺りを確認してみる。と、まったくの闇では無く、うっすら上方から柔らかな光は滲み射し込んでは来ているようだ。薄緑色のぼんやりとした光。人工的なものを感じさせる。夜寝て見る「夢」のように、脈絡なく時空間がつながり揺蕩っているようなそんな「世界」……夢ならば、いいのだけれど。いや、そうでもないか。夢じゃなきゃいいことも結構経験してきたぞ。うんあの例のあのあれとか……


下半身に血が流れ込むことによって、全身の血流も刺激されたのか、そうこうしているうちに目が慣れてきて、見えている暗闇も何層かに分かれてきてそこにある何かの輪郭をぼんやりと視認させてくる。


 にしてもどこだ? 先ほどまでの「夕焼け麦畑」もまあ幻覚か何かだったんだろうけど、そこからも移動させられた感じだ……何と言うか、今回は「楽屋裏」に回ったかのような。過剰な装飾は無く、いろいろな大道具が転がっているみたいな、よく意味は分からないけれど。


 薄暗い、ただ「建造物」であろう人工感のある回廊のような所にいる。右手には映画館とかで見るような遮音性の高そうな両開きの扉がこれ見よがしに存在しているのが見える。ここに入れってこと? いやぁいかにも罠っぽいんですけど。でもなあ、ここでこのままこうしていても埒が開かなそうだ、そして「夢」の中でいつも僕に語り掛けてくる当の妖精カナエちゃんは一体どうしたんだろう……こういう時こその道先案内だろうと思うのに……


 ……まさか先ほどの大技で本当に僕と「融合」というか呑み込んでしまったとかじゃないよね……不安になって体のあちこちをまさぐってみたら、ワイシャツの胸ポケットに柔らかな感触が。そしてそこから。


 ひぁんらめぇいまさわったりゃあぁ……という多分に艶を含んだわざとらしい嬌声が漏れ聞こえて来るに至り、あ、安否確認OK、次のステージへ行きますかね……と幾分スルー気味で扉の方に向かおうとする僕であったけど。


 刹那、だった……


 視界左奥の方で何か動いた。すわ新手の「聖★漢字セカンヅ使い」かッ!? とそちらに無駄にケレンミを持った動作にて身体を向けつつポケットの中の黒玉を握って備える/構える。が、


「エンドーさん……ッ!!」


 安堵のあまりか掠れに掠れた声が出ちゃったけど。でも暗闇の中から浮き上がってきたのは、薄茶色のブレザーにクリーム色の双球型のセーターを着こんだ、赤いチェックのスカートから伸びるおみ足がちょっと擦り傷で赤くなっていてなお、相変わらず美麗極まる御仁の御姿であったわけで。


 でも何か憔悴した佇まいだけど大丈夫かな……一応あの麦畑での応酬の間に必死こいて「返信」はしといたんだけど、<“療”癒“疾”>の三つ。急を要すると思って「バトル」にて使えそうなのを単字で送っちゃったわけだったけど、それうまく使ってくれたのだろうか……


「ドチビか……ちゃんと自分の分のノルマは果たしてきたんだろうな……?」


 うぅん、重々しい口調がさらに増してきとる……でもその言葉とは裏腹に流麗な小顔の中で存在感を放つ熱を孕んだ瞳が何か潤みを帯びてきている気がするのは僕の気のせいだろうか……


 ええもも勿論ですよエンドーさんの脚を引っ張ったりなんてことは絶対あり得ませんからそりゃもう粉骨砕身そのものですよへへへへ……と常態化してきたへりくだり姿勢にてそのような上っ面も超極薄コーティングな言葉を紡ぎ出す僕だけど、あれ、目の前のエンドーさんが能面のような顔つきになっていく……


「……『エンドー』なんて人間はこの『異世界』にはいねぇんだよなあ……」


 なんかヤバい気がする。橙色紳士戦よりも圧が高い……これはあれだ。迫られているぞぉぉえーとえーと、選択肢を誤らんようにしないと……今こそ日頃の恋愛シミュレーションたんれんの成果を見せる時だッ!!


「……えと、さるば」

「次その封印されしファミリーネーム口にしたら、まじで<マラリア>っつう字を試してやる」


 あかぁぁぁん、いきなりBAD END直行のところをそれでも恩情おなさけが為されたようで、でもそんな字知ってるってダリヤさんはもしや「一級」保持者なんじゃないの……? とか詮無いことを考えている場合じゃない。


 だ、ダリヤさんは御身体の方とか大丈夫ですかねい……とかこれまた常態なるおもねりを繰り出そうとした僕だけど、


「だ、」

「お気を付けをマイマスターッ!! そいつが『偽物』じゃないという証拠がないッ!!」


 いきなり胸ポケットから凛々しい声がそれを遮ってくる。あれぇ……このタイミングで覚醒とわ……そして、ごもっと……も、と言いたいけれど、私怨の激しい御方なのでその真意が僕には分からないよ。凄いいやな予感。と、


 あ? みたいな敵意まるだしで火の出るメンチを斬り合い始めた二人はまさに鼎猿けんえんの仲と言えますかなほっほっほというような御老公ばりの収め方では何も収まらなさそうな空間が展開していく……ッ!!


「どうすりゃ認めんだよ? お前を苦痛でのたうち回らせば気が済むのか?」


 ダリヤさんがスカートのポケットから黒玉を抜き出してこちらに「やまいだれ」の部首ラディカルを見せてくるけど。


「……本物を倒して奪った、そして成りすましてこちらを油断させて始末するつもりカナ……カナ……?」


 完全に見てません聞いてません的な感じでカナエちゃんの表情が怖ろし気に変化していく……


「……本人しか使えないんじゃねえの、これ。それ知らないお前でもないだろ」


 ちょっとトーンダウン気味のダリヤさん。うん、どう考えても本物だと思うよ。カナエちゃんがこの機に乗じて味方撃ちフレンドリーファイアしようとしているのは明らかになっちゃってるんだけど……


「くっ……ならばなぜその脚の傷を『治”療”』してないカナ!? マスターが先ほど送りしメッセージに『癒』も『療』もあったはずカナ!!」


 それでも果敢ない微細点に喰らい付きあげつらっていく、語尾が定まらなくなった青銅色の妖精ちゃんなんだけど、いやぁ……


「こんな掠り傷、ほっとくだろ、能力もったいないし」


 カウンター気味のダリヤさんからのこれでもかの完全な静なる論破が決まってしまい、その褐色の普段は愛らしい顔がありえないほどに醜く歪む。しかして、


嘘だダウトッ!!! モデルともあろう者が、商売道具をそんなままにしておくなんて、ありえないカナッ!!」


 どんだけ必死なの。まくしたてられる言葉はまあ、納得は出来なくも無いけど。


「……もうそんなのはやめた。私はこの異世界とやらで大金を掴んでのんびり暮らすって決めたんだよ……そ、その、気の合う奴と一緒に、な?」


 うん? どんどん話がのっぴきならない方向に脱輪していく感を、傍観者であったはずであろう僕がいちばん切に味わわされとる……が、


「それ以上は言わせないカナぁッ!! ハハハハ残念だがマスターとこのボクはもぁう、『一心同体』をお互い貪るように味わった仲なのカナぁぁぁッ!! 貴様のような×××で××なド×××(聞き取れなかった)が入る余地など、もう毛ほども無ァアヘェェェェェッェンッ!?」


 言い放ったその瞬間、完全にイキれ返ったその小さな体がおそらく「痛み」により空中にてのけぞりビクビク震えとる……その艶やかな額には<劇痛>の二文字が。<激痛>でなく。へえぇぇぇそういう書き方もあるんだねへぇい……との思いを浮かばせるしかない僕の目の前に、


「何か刺さってんぞ」


 細く整った指が差し出されてきて。僕はようやく自分の左頬に先ほど雨あられと射出されてきたオネアフィスの「鱗」のひとつが突き立っていたことを確認させられるのだった。


「いて」


 荒々しく抜き取ったそれを見つめながら、ダリヤさんは何か言いたそうにもじもじしとるけど……その傍らでは白目を剥いた妖精ちゃんが床の上で倒れ伏したままぴくぴくしとるけど。と、


「……ありがと、助かった」


 そっぽに目を逸らしながらでも、初めてそんな言葉を掛けられたことに、僕の胸にあたたかな何かが広がっていく。


「け、結構深そうだな、しょ、しょうがねえから<治”療”>してやんよ。借りは返しときたいし」


 そしてそんないたわりの姿勢まで見せてくれるけど、いやぁ、本当、何ていうか良かったですなぁ……


 頭の中がうまくまとまらないまま案山子のように突っ立つ僕だったけど、でででもいいですよ能力もったいない、とか口走った、


 刹那、だった……


 そそうだなもったいないよなじゃあ消毒だけでもしといてやるよ……との妙に艶めいた言葉と共に、ふわり流れてきた甘い柑橘のような引き込まれる香りと共に、僕の左頬の傷口が、温かく濡れて柔らかいものに包まれていったわけで。


 NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!?

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