Quanji-29:既出ですね!(あるいは、パーフェクション/落花啼鳥)

 アィン……アィン……


 遠くから僕を呼ぶ声は幼い女の子の声だ。スァだろうかそれともスェ……? 今日は学校じゃあないのかい……? 


 僕の視界は目を閉じていても「白い」と感じるほどに眩い……まどろみが、身体の後ろがわ全面をふんわり羽毛布団のように覆っているかのような心地よさ。陽の光、開けた窓から緩やかに入り込んでくる水の匂いを含んだ少し冷たい風……僕は今日も歩いて一時間ほどの中学へ、行かなくちゃ……いけ……ないそろそろ起きな……いと……


 おかしいな……うつ伏せになっているのはわかるけどそこから起き上がれないや……何だろう、でもいいか……もう少ししたら母さんが起こしてくれるさ……


 気持ちの良い眠りに、また引き込まれていく……それは遥か空の上からゆったり降下していくかのような、深い水の底までゆらりと沈降していくかのような、ともかく「底なし」な感じを与えて来る……このままでいいのかな……このまま流れに身を任せれば……


 ぷこり。


「……!!」


 そんなあぶくが水面で弾けるような音がしましたねー。そして、


目が、覚めました。本当の意味で。さあ起きるのですよヅオン……ぼんやりと「幻」を見ている場合では無いのですねー。


 頭の右側の方でしたかに思えたその「音」は、「私」に確かな目覚めと、メッセージを伝えてきてくれたようです。先ほどは焦って滅裂な言葉を送信してしまった気もしてましたが……


 ちゃんと、返してくれてきましたねー、ニートさんやっぱり親切な人ですねー。抱えるほどの岩に突っ伏したままの私でしたが、そしてそこに顎も打ちつけでもしたのか、がくがく痛いのですけれどねー。それでも非常に、この、元気が出ましたのこと。


 さらにざらりひりつく額を掌で触ろうとすると肩口から背中まで連なる痛み。おぅーそうでした私あの「羽毛」にやられておったのですねー。鋭いような鈍いような熱さのようなものがびっしり皮膚の下辺りを隈なく覆っておりますですねー。


 それでも何とか両腕を突っ張って立ち上がりますのです。何も出来ないままここで倒れてしまったのなら、


「……」


 私に応援エールを送っていただいたニートさんに申し訳が立ちませんものねー。痛みは無視して私は辺りを見渡すのです。おそらくまだ近くにいるはずの鳥犬トリイヌ少女さんの姿を。と、


「なんだ、おとなしく寝ていればよかったものを、なんて言っちゃったりして」


 上空。そんな笑みを孕んだ声が降り落ちてきましたが、そのトーンから鑑みてみるに、少しイラつかれている模様ですねー。抜ける青空を背景バックに、巨大な褐色の翼をゆったりとはためかせながら、少女さんは表情の抜けてなお可憐なお顔で私の方を見下ろしていますのですけれど。


「ていうか、なんで、立ててんのかって、不思議なんだけど」


 鋭いまるで猛禽のような目つきに変わってきていますのですねー。この少女さん大分雰囲気が変わってきました……そうでしょう、もとより端からこれは真剣勝負。緩めた外観を見せるのは、それは相手を油断なりなんなり揺さぶるためだけに為されないといけないのですねー。そこのところの認識が甘かったのは私だけなのでしたね。


 しかし。


「!!」


 今の私にはようやく覚悟が宿りましたねー。背面中心に突き立っている「羽毛」を後ろ手でむしり取るように引き抜きます。痛み、それはもちろんありますが、それよりも異物感に身体の動きを遮られたくないのと、それにいちいち意識を向けさせられてしまうということの方を避けたいのですねー。


 そして私には心強い味方、ニートさんから今しがた「情報」の体で賜りましたる貴重な大事な「聖★漢字セカンヅ」がございますのことですねー。


「ええ……? それ刺さったら筋肉の働きを抑制する効果ってのを上乗せしてんだけど……何で効いてないの?」


 またも怪訝そうな声を掛けられるのですが、逆にオドロキ。うぅーんおぉー本当にいろいろな「能力」の使い方ありますのですねー。そして少女さんはおそらくは随分と努力を重ねられたとお見受けします。でも、


「<万能”薬”>……私の手のヒラヒラから出ていましゅのことネー。触れば、どんな傷でも治る、そんな風に『考えて』創ってみましたのことデスネー」


 ぱっ、と掌を空へ向けて見せますのですねー。そこからは先ほどから黒い光のような煙のようなものが湧き出てきておりまする。それを見て一瞬顔を顰めた少女さんでしたが、


「くっ……モデル<鶺鴒ワグテイル>ッ!!」


 再び白い「翼」に自分の両腕を変化させると、今度はすさまじい量の小さな「羽毛」を射出してきますのですねー。うんんーこれは全てを避けるのは不可能、


 ですが。


「<“荷”重カジュウ>」


 迫り来る「羽毛」のひとつひとつに均等に、平等に、「重力」を掛けますのことねー。中空でどんどん力を失い次々とはらはらと舞い散る様は、おぅ実際に見たことは無いですけれどまるで雪のようです。


「ああああああッ!!」


 業を煮やしたかのような少女さんが、上空より犬の帽子をはためかせながら落下するように突っ込んで来ますが。それ以前に、既にその前に伸ばしていた<ツル><ツタ>がその華奢な体を絡め取ってその自由を奪っているのですねー。うん、さすがニートさん、いろいろな字を送ってくれていましたが、その全部が全部役に立つとは流石です。と、


「うっ……うっ……やっぱり強ぉぉぉぉい、強すぎだよぉ、タイプ:くさぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」


 少女さんはがんじがらめのそのまま大口を開けて泣き出してしまうのですねー。あららー、ちょおっと強めに緑の紐状のものでこれでもかのグルグル巻きをしてしまいましたが、そんな子供のように大泣きに泣かれるほどは強く拘束していませんのことと思てましたけども。だ、大丈夫デスカー?


 うわぁんうわぁぁあん、とまるで幼い妹に泣かれているような気になり、どうとも落ち着きませんでして、私は慌ててその拘束を解きますですが。


「うううう……私の負け……やっぱり持たざる者は勝てないんだよね……いいよヅオンさんあなたの好きにして……」


 真っ赤な目に宿るのは諦観でしたが、それは間違っていると、私は思うのですねー。


「……努力は決シテ、無駄にはならないのことデスネー。『持つ/持たない』で言ったら私もソウ。でもよりよい未来を信じて努力をすることはやめないのデスネー。それに今回は私も友達の力を借りてようやく出来ただけのコト。持ってないものは、補いあえばいいだけのことデス」


 うまく伝わったでしょうか。私の拙い日本語で……


「ううう人間的にも負けだよぅ……優しいよ優し過ぎてそして芯が揺らがなく強靭だよぅ……」


 そのまま泣き伏してしまう少女さんを何とか宥める私ですが、別の「方向」。そんな感覚が脳を含めた全身にざくと走ると。次の瞬間また、意識を身体を掠めとるような無音の衝撃のようなものも感じられて。


「……!!」


 私の意識は「飛ばされて」しま

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