Quanji-21:峻烈デスネー(あるいは、抱きしめた/ところの/島宇宙)


 いきなりだけど、窮地に陥っている。


「“一”々、避けている場合では無いのでないかい? ここで“一”発、乾坤“一”擲の“一”矢なんかを報いてみてはどうなのかい?」


 毎度の意識飛ばされに、もう慣れというか一抹の心地よさまで感じるようになっている僕は異世界ここから元の世界に戻れたとして、今までのような日常を果たしてつつがなく送っていけるのだろうか……


 というように自らも意識をあらぬ方向へと向けていないと、恐怖で手が攣って(そんなことあるのかな)、抱えた「かなえ」(青銅三脚鍋のほう)を、取り落としてしまいそうだった。その「鼎」はどういう原理かは分からないけれど、妖精カナエちゃんがその中にすぽり入り込んでからは、まるで空飛ぶ未確認飛行物体が如くに、僕の身体をも半身乗せて引っ張りつつ、超々低空を無軌道に飛び回っている。ちなみに脚の方は両ふくらはぎが既に攣っていてしかしどうとも出来ないといういやな激痛が小刻みに鮮明に僕の痛覚を埋め尽くしている……


 辺りはこれも何故かは分からないんだけれど、先ほどまでの石室の中では無く、外の、それも見渡すばかり黄金色の穂を湛えた、麦らしき畑が広がっているという絵図であったけれど。ピラミッドに入る前は太陽と思しき天体は正中していたと思ったけど、今やうっすら見渡せる地平線の向こうに沈みかけていて紅と橙の光を混ざり合うぎりぎりまで近づけていったかのような、それは美しい光景であったのだけれど。


 まあどっかに飛ばされたか、あるいは幻覚の類いだろうとのことで、それはもう僕の中で片づけていたからいい。それよりも正にの雲ひとつない夕焼け空の天高くから、雨あられのように降り落ちて来ているやけにメタリックな輝きを放つ「鱗」のようなものの群れから、


「エヒィィィィィ……!!」


 悲鳴未満の引き攣ったこもり音を頭のてっぺんから出すように上げつつ躱し逃げまどうばかりの僕らがいて。その神がかり的な回避ももはや限界であろうというところまで落とし込まれていることに、やっぱりね、やっぱりおみそは僕だけだったんダナエェ……との諦観が大脳の毛細血管を詰まらせるかのように膨張伝播していってしまっとるェ……


「<鎧袖”一”触>、よく味わってくれたまえよその”一”期”一”会をぉう? 触れるだけで君の身体は吹っ飛んでしまうけどねぇ、その”一”切合切がぁ……!!」


 さらにの上空から、先ほどからそのような自分の能力を誇示するかのようなイラつく「一」にちなんだ言葉の群れが粒の大きな雨だれがごとくに叩きつけられてきており、そして大してうまいこと言っていないにも関わらずのそのハスキーでダンディーな声に乗せられしドヤ感が漂っておる……ううぅぅぅぅんうざぁぁぁあぁ……


 部首魂ラディカルソウルいち>だそうで。それ単独でも途轍もない熟語があるだろう、”一”目、使い勝手良くてさらに「強い」能力だよ何でこんなんなん僕……


 「オネアフィス・カプラー」と名乗ったその体格がっしりしたカイゼル髭をたくわえた壮年は、夕日をバックに優雅に宙に浮いていて。タキシードにシルクハット+モノクルというこれでもかの英国紳士のなりをしていながらも、そのどれも色が光沢のあるオレンジという、なかなかに娑婆逸脱感を抱かせてくるに足る、よく言えば異世界らしい、悪く言えばだから何?感を、色々満腹な僕の精神の円卓にどんどんともう食えねえよくらいに並べ立てていくのであった……


 それでもカナエちゃん操りし空飛ぶ「鼎」の速度と旋回能力は大したもんで、麦穂を掻き散らしながらも、空から襲う無数の「鱗」から絶妙に逃げおおせる事が出来ている……でももう限界だっ……僕の脚はもう自分の意思とは関係なく親指はこれでもかと上方を指し示し、ふくらはぎはぼっこり変な形と硬さに膨らんでいるのが分かるよダメだもう……


 刹那だった。


 ぽこぽこぽこり、というような、いささか間抜けな音が、僕の側頭葉あたりで鳴る。これは……あの「ココデイック=何とか」だ……仲間同士で情報を送り合うことが出来るという謎機能……とか思っていたけれど、この窮地に立たされてみると、意外に使えるのではないか的思考が僕を包む。まさか。まさかみんなが……僕の窮地に、何か打破する策を伝えたりでもしてきてくれたのだろうか……?


 と期待しつつそれらに意識を「合わせて」みる。とそこに浮かび上がったるは、


<ハンマーに勝てる系の刀系能力を早よ(十七文字)>

<べ、別に鹿一撃の病教えなさいよねっ(十七文字)>

<鳥のアレデスネー倒すのやつデスネー(十七文字)>


 清々しいほどに自分本位クレクレ語句ワードの群れたちだった。わけで……ェェ……


 うん……まあみんな頑張ってるんだ僕もがんばろう、という白々し過ぎて逆に頭が冴えてきてしまいそうなほどの思考に埋め尽くされているばかりの僕の、胸の辺りで抱え込んでいた「鼎」からぴょこと妖精ちゃんの褐色の愛らしい顔が飛び出て来るけど。ど、どうしたの?


「奴は……『三十六騎』の中でも手練れ。ボクの力だけでは逃げ回るだけで精一杯……」


 またもシリアス寄りのその凛々しい表情に、そして僕を真っすぐ見つめて来る青銅色の双眸に、こんな状況だけど、ちょっとどき、としてしまうダメな僕であったけど。でもやはり窮地。でもその瞳の奥にはかすかに揺れる光が確かにあったわけで。あるんだね……それを覆す何かが……!!


「このままじゃジリ貧。だから、今こそ二人の力を合わせるんですマイマスターっ!! 実は、実を言うとッ!! お互いの精神の波長が、そして身体の相性が適していないと出来ない”一”念通天の秘儀が、あるのです……ッ!! ぼ、ボクも実は初めての体験で少し怖いんですけど……で、でもマスターとなら……ッ!! や、やさしくして、くだ、さいね……?」


 いや、ちょっと話が見えないというか、わざと見えにくくされているというか。のっぴきならない事態であることは分かっているはずなのに、妖精ちゃんは何のタメなのか、消え失せそうな語尾のあとで、目を伏せ顔を赤らめ伏せてしまうけど。え、えーと、た、端的に言ってみようか?


 とか促してみたら、だった……


「はいィッ!! 正に今ッ!! 今こそッ!! ふたりで『セ★クロス』するんですッ!!」


 何て? いや端的に過ぎるかなぁ今度はぁぁぁうぅぅん……えと何て?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る