Quanji-19:壮絶デスネー(あるいは、時空ひん曲げ/絶花人、来る!)

「……?」


 眠ら……されてた? いやそれとも……いや分からんか、そこはもう。何でもありだもんな「此処」は。それはそれで清々しさみたいのも感じるようになってるよ、実際。


 気が付いたら、「立ちながら眠っていた」。それって吊り革なくしても出来る芸当なのか……とかゆうどうでもいい思考が、結構何時間も前からまともに考えることをやめていた私の大脳の片隅にまずぷこりとあぶくのように発生した。


 それだけで私は正気に戻る。いや「正気」かどうかは当の自分にも分からんけど。ともかく服の上から掌で身体のあちこちをぺたぺたと触ってみて異常無し、との判断を下す。そして。


「……」


 周囲の状況把握と。何だろう私、結構構え方が鷹揚になってきとる……いやまあ、この「異世界なんちゃら」が自分の身に起こった時から凪いで受け入れてたな……「ちょうどいいや」くらいまで思ってた気もする。


 ……正直、疲れていた。今の自分に。


 最初は、変わろうと努力した結果の自分だったから、充足感があった。でもそのポジティブをポジティブで洗うような業界のおもてと、ネガティブとネガティブの共食いみたいなウラを、どっちがどっちのサブリミナルだよくらいにしっちゃかめっちゃか瞬き閃き見せられてそれに酩酊するだけの毎日? みたいな。笑える。てか「ここで笑え」っていう信号が送られてくるからそれに沿う、そんな、プログラムみたいな虚ろな日々。AIの方がまだまともに考えて反応リアクトかますんじゃね? 私は機械未満か。


 小学校の頃はどうしようもなくデブで卑屈でグズかった私は、ツッコミ甲斐のある名前だし、うっすらと産毛が顔の下半分を覆ってるっていう結構パンチの利いた外見だったこともあって、まあいじめられた。「毛猿菌ケザルキン」が伝染るからそいつが触ったものに触ったらチ○毛ぼ~ぼ~とか言われて、ハブられるのが常態化した毎日……ま、そこだけは今も変わらないけど。今は、必死こいて外見を極限まで変えて、盛りに盛って、能動的に孤高してますよってツラで周りをギャラリー化してしまうことで何とか自分を保ってるっていう、あ、いやそっちの方が度し難いか……


 とにかく悪意には悪意、敵意には敵意を先行してぶつけないと駄目だってことを学んだ私は、徐々に獲得していったウケの良い外面そとヅラに後押しされるようにして、どうでもよさそうな奴らからかしずかれるような、そんなクソみたいな「地位」を手に入れて悦に入ってた。猿山の大将。いやそんな大層なものでもない、虚ろな、何かの塊。


 で。


 変なピンク雲に覆われたとこにいきなりカッ攫われて来た時は、ほんとに死んだかと思った。その直前まで校舎の屋上で撮影してて、柵とか無いキワの所でポーズ取らされたりしてたから、そこから足でも滑らせて落ちたのかとも思った。子供の頃は飛ぼうと思っても飛べなかったそこから、自分の意思じゃなく飛んだのかよぁはは笑えねえ……とか無理やりそんな思考を走らせたりもした。


 でも死ぬよりも現実感の無いことを突きつけられて。でもそれでもいっかみたいに思い流して。何となくの開放感を味わいながら、いってやれやってやれぃみたいな、投げやりに構えていたら。


 初恋のコが目の前に座ってた……小学校のあの頃、男子共からクソみたいな扱いを受けていたズブな私にも、全然気にせずヲタ話を振ってきてくれていた……ああ、あの時ハマってたのって嗚呼、それも「漢字」だったっけ。「漢字ちゃうマン」。ふざけた名前だけれど、結構硬派な作りのカードゲームで、何より三十円で美味しいチョコウエハースが食べれるってのも大きかった。母親は仕事でいつもいなかったし、じめじめした畳の四畳半で、並べた漢字たちの力強い書体は、何か別の世界へといざなってくれるような、そんな呪文のような魔法のような、わくわくするような佇まいをしていて。


 そしてそれを川を越えて歩いて三十分くらいかかる激安スーパーで三個税込み九十円でわざわざ買ってたところを目撃されて。てっきりバカにされるのかと思ったらそのコはすごい喰い気味で事細かな知識のようなものをまくしたてて来て。艶も何も無いぼさぼさの髪に、一月の寒い中でもよれよれのピンクと灰色の中間色みたいになったトレーナー一枚でひとりで買い物に来ている私に関わりあいたくなかったのか、そのコの母親は息子の手を強引に引っ張るとそそくさと行ってしまったけど。


 それからはずっと、休み時間全部を使って「漢字ちゃうマン」論議を展開してくれた。教室の窓際いちばん後ろの席が、私の居場所であり、学校に通うたったひとつの意味だった。そのコは何とかっていう病気の療養とかで、それからすぐに転校していっちゃったけど。


 ニュート。


 そんな、あの時の少年よりも少年少年してる、その佇まい……


 いや、途轍もなく似てただけだったけど(特に身長)、別人だったけど。それでも、


 私の心に、一瞬で、愛が咲いた……


 もう堪らなくなって声掛けちゃった……(早く行けよなドチビ)……


 手ぇ伸ばせば触れられる位置にいたから、どかすどさくさで触っちゃった……(もういいや、どけ)


 ちっこいのが引く予定だったタマを横取りしちゃった……(ちっこいくせにおおキンだねそのタマ……)


 ……でも、そのちんまい君は、今の私を知ってて。今の私しか見えてなさそうで。


 ちょっと悲しくなってムカついてしまった私はいつもの態度で全部の全部を斜に構えて拒絶しようとした。けど。


 それでもちんまいだけは、私を気遣うようにこちらを窺ってくれかけて。でも赤面顔を見られたくなかったからそれをも拒絶してしまったどうしようもない私がいて。


 けどそんな私を、あのイカれ猫又の光線から、身を挺してかばってくれたわけで。


 あの時、怒鳴りつけなかったら、泣いてしまいそうだった。だから……


 と、


「あ、あのぉ~」


 ずーっと意識を頭上で展開していた私に、そんな躊躇いがちの声が。何だよ。目の前ではこれでもかの鹿っぽい角飾りをつけた同い年くらいの金髪碧眼の美少女がいたものの、口調は何でかへりくだり気味だ。何だっつうの。


「いや、サシで戦うっていうコトなんですけどね」


 「戦う」言うてお前も凪いどるやないか。どうでもいんだよそういう御約束事テンプレはよう……


「あっれへぇ……えーと、何だろうこのやりにくさ……よ、よぉ~し、わ、私の名は、『エレヴェーナ・スコラド』でシカ!! 『部首魂ラディカルソウル』何と<鹿しか>!! んんんんんん……いざ尋常に勝負でシカ!!』」


 お前らのそのテンプレに寄り添おうとする姿勢は謎だが立派だよ。でもなあ……ぐだぐだやってる暇は残念ながら毛ほどもないんだなあ……私はすう、と一瞬だけ息を吸い肺に溜め、そしてそこから言葉を紡ぎ出していく……


「……Now,鹿の奴を即応びょうでボコしナメして……あ、愛咲 丹生人ッ!? い、いま逢いに行くんだからねッ!!」


 怖ぁっ、メンタルに裏打ちされて無い絶滅危惧属性ストレートツンデレはにかみ怒り顔、怖ぁぁぁぁぁあッ!! との硬直をするばかりの鹿あいてだったけど、もぉぉぉぉぉいいっ、ぶぅっっっ病ましたらぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッ!!

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