Quanji-15:平坦デスネー(あるいは、全段波乱/曲芸的なる/尺繋げ士)


「……」


 妖精然と、僕の眼前30cmくらいのところを、その華奢なる背に生えた薄く透明な昆虫系の羽を目では追いきれない速さで残像だけを置いて羽ばたいて浮いている精巧なフィギュアのような少女……褐色のつややかな肌は日焼けなのか地の色なのか、とにかくなめらかで水を確実に弾きそうな質感を煌かせていて、髪は……おしゃれ的なことに壊滅的に疎い僕が表現するとアレだけれど、ボーイッシュなゆるふわボブ(あるのかな)、その色はうん「青銅」と表すといちばんしっくりくる、何と言うか錆びた感じの舐めると体に悪そうな色だ……


 やけに大きな瞳の色も透明感のある青銅っぽいという何とも表現しにくい感じで、しかしてその視点は真っすぐに僕に向けられている……女子とまともに向かい合うこと月に二度ほど(そしてほぼ見下ろされる)である身の上ゆえ、それだけでどきどきがまた止まらない……そしてその華奢だけど出るとこは出ているという、エンドーさんの如き流麗な体のラインを包むかのようにこれまた妖精的なというと誰もが頭に浮かぶだろう肩の出たミニのドレスを着ているけどその色もまたしても艶めく青銅……


「えと……あのどこから」

「マスター、マイマスター!! 如何ようにも!! なぜなら僕は、貴方の貴方様のッ!!忠実なるっ(一拍)、しもべ、なのですからッ!!」


 どこからツッ込んだらいいのかその対象に聞いた僕も僕だけど、やっぱりそれを上回る熱量でかき消されるだけという見えていた未来に今、現実が追いつき重なっていく……


 劇団ばりのいい声とターンを決めつつも軸も声もぶれない熟練の技を特等席で見せられて、これはしばらく静観の構えが正解なんだろうか、それとも「マスター」言うてはるから多少は上からの物言いが許されるのだろうかいやただ僕はこの異世界界隈の諸々の諸情報の欠片だけでも知り得たいだけなんだけどね……どうやら仲間でありそうだし、その辺、猫神様のズルズル説明の補完とかならんもんですかねい……にしてもまだまだそのキャラが定まるまで時間がかかりそうですねい……


 とか、何らかの「出」を待つように躊躇してしまった、その瞬間だった。


 ふぐッ? みたいなくぐもり声がその妖精ちゃんから吹き上がるようにして零れる。見るとその小さな体をこれ以上は無いほどの鷲掴み方で鷲掴んでいたのは、驚くほどその美麗な顔に表情の破片すら浮かんでいない、がらんどうのエンドーさんであったわけで。


「実体はあんのか……変わった虫がいたもんだな流石異世界ってわけだ……」


 地面の深い所から響いてくるかのようなその低音は、限りなく低温でもあった……何が気に食わないのか分からないけど、かつてない憎悪の渦みたいなものがそのすらりとしたシルエットに巻き付かんばかりに噴出しているのが見える……僕には。


「がっ……マスター、敵一匹を確認ッ!! パターン暗赤紫色どどめいろッ……クサレ××(聞き取れなかった)ですッ……!!」


 よせばいいのに妖精ちゃんが即応の煽りをカマすけど。もう……。


「オァン? 腐ってんのはてめえの大脳なんじゃねえのかぁぁオオオン……ッ!?」


 瘴気のようなものを発し始めたエンドーさんの手の中で、妖精ちゃんがマジで白目を剥き始めてかつその顔色が褐色からそれこその暗赤紫色に変化しつつあるのを見かねて、慌ててエンドーさんを諫める僕だけれど。


「……いや、二人ともか。二人とも少し落ち着こう。そしていきなり手を出すのは何であれやめよう」


 言い聞かせるように丁寧に言葉を発しているつもりの僕だけど、二人ともそっぽを向いたままで腕組みなんかしているよこうまでもテンプレな反応リアクトも無いもんだ……しょうがない。


「カナエちゃん、だよね。君がもう僕らの味方で『道先案内人』であるという前提で話を進めさせてもらうけれど、あの建物ピラミッドに、今行くべきか、それともそれはこの近辺である程度力をつけてから挑んだ方がいいのか、どっちだろう」


 努めて平穏に、が信条の僕が、極めて単純シンプルに、傍から見ると身も蓋もあったもんじゃない問いを発するけど、わ、いきなりの名前呼び……今回のマスター何かぐいぐい来る……みたいな小声ながらこちらに聞かせてくる気満々の言の葉の群れに、多分に真顔にならざるを得ない……うん、名前カナエしか知らされてないからね……? 逆に今までどう呼ばれてたの……?


「失礼しましたマスターッ!! 無論『突撃』あるのみでありますッ!! 異世界からの『聖★漢闘士セカント』たちの持ちしアドバンテージは今この瞬間をピークにッ!! ずるずると喪われていっているのが現状……すなわち巧遅より拙速……」


 喋り方がまだ定まらない妖精ちゃんの言葉は、うん、どういうことだろう?


「この『世界』……惑星の大気は『酸素』が地球上のそれよりもほんの少しだけ濃い……そしてかかる重力もわずかながら弱い……つまりあなた方『地球人』は、身体がこの環境下に順応してしまう数日間だけ、身体的にも超人になれているということ……過去、それを把握していなかった『転移者』たちは無駄に雑魚戦やほのぼの生活ライフやハーレムに時間を費やしてしまった……異世界は速度イノチ……これが私が出来る最大の忠告であります……」


 うーん、高地トレーニング後、とかの状態? でも確かに身体は軽いし頭もクリアな……感じはしてきた。刷り込みかも知れないけど。


「それに私がついていればッ!! 『七曜』の中でも最弱と言われている『月の無慈悲女王サテライテックルースレスクィーン』こと、『モノウゥル=ッテレ:ゲッペルドンガネェズオ』など一呼吸のうちにカン倒せますのことよォホホホホホ……」


 いい情報をかみ砕くかのような滑舌で言い放ってくれたのは非常に助かるのだけれど、キャラ付けはさっぱり定まらないねそれにまたしてもけったいな名前なんだね……でも。


 行くべき道は決まった。もう僕もこの世界では今までの自分からはすっかり変わって輝いてやると決めたのだから……ッ!! しかしてそんな僕を四つの瞳が遠巻きにして冷めた感じで見据えているけど……あれぇ、温度差ッ!!


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