Quanji-14:空虚デスネー(あるいは、漢の/我ぁの名ァの/此喰おう)


 これはもう、この場所を訪れない限りは話が先には進まなそうな感じだよね……周りの鬱蒼森林に沈み込むようにしながらも、その薄い黄土色の巨大な四角錐は、まるで僕らを誘うかのようにこちらを高みから睥睨するようにそびえたっているのであって。いや、どうしよう。ここはやっぱり民主主義に則りまして……


「……なんだこれよぅ。ここで何とかってのを倒しちまえば終わりってそういうことかよ」


 振り返った僕の視界右あたりで、エンドーさんが非常に目のやり場に困る膝上何センチか丈の深紅チェックのスカートを掌でぱんと払ってから立ち上がりつつ、そんな疑問、みたいな呆れ、みたいな言葉をその艶めくアヒル唇から湿っていそうな吐息と共に言ってくるのだけれど。


「別に正直にへいへいって突っ込むこたぁねえんじゃあねえのかー? まだこの世界? の何たるかをよぉ、全然把握できてねえわけだしな」


 同じく僕の左視界側で、下草が生い茂った地べたにあぐらをかいたまま、眼鏡坊主がもともとそうであるところの曲がり顔をよりひん曲げながら、僕にそう言ってくるのだけれど。


「……さくと終わらしてその一億なんちゃらか? を奪ってそれでここでまったりしてけばいんじゃね? チビそうだよな?」


「あー、敵さんの素性とか実力だとかをよ? 知らないまま行ってもアレだな、下手したら犬死、とか、はは、笑えねーってか、なあ相棒」


 うん、何と言うか、猿&小鳥このふたり……


「腰抜けはここに置いときゃいんじゃね? どっかの野生動物が咀嚼嚥下排泄して土に還してくれっと思うからよぉ」


「はっは、脳筋はやっぱ凄えわ、脊髄以高に赤血球が酸素運搬出来てねえんじゃねえ? 視界狭まっちゃってもうなんかトイペ芯から覗いてる的な? かっは」


 完全にお互いを無視した体で話を進めていこうとしているな……そして僕を介してやり取りをしつつ僕を自陣に引っ張り込もうとしてきているな……


 場に立ち込める何と言うかの粉っぽさを有しているかのようないたたまれなさに思わず咳き込みそうになる僕だけれど。あくまで中庸なる立場を保ってこのパーティを回していかなくてはならない……のっけから空中分解しかけの機体を両手両足まで駆使してなんとかバラバラになるのを防いでいるみたいな己の情景が頭に思い浮かぶよ……とか一瞬気を抜いてしまったら。


<べっ別にチビの好きでいいんだからね(十七文字)>


 側頭葉辺りに撃ち込まれてきたのはそんな季語もない飾りもない一句でもない言葉の羅列であったのだけどェ……これか、こんな風に「着信」するんだ「何とかツイター」とかいう謎の通信能力……いやそれよりその内容!! 一言一句!!


 何と言うかね、ツンデレというものを履き違えている気がしてならないわけでね!! 僕にはその属性というか心持ちみたいなのの根源理由がさっぱり分からないのですよ!! 


 二重人格じみた、さらに現実感の無さではドッペルゲンガー的なと言った方がいいかは永遠に答えは出なさそうなのだけれど、ここに来てさらにエンドーさんの精神構造がそんじょそこらのテンプレではまかないきれないような底深さを見せつけてきていて思わずその深淵を覗き込みたくなるけど、多分その瞬間引きずり込まれるのではないかという予感的な恐怖をも場に焚き染めているかのようでもあって硬直するばかりなのであり。


「……ひとまず現状把握を。何かその……『偵察』みたいなのを出来るラディカルとか、誰か持ってたりはしませんかねえ……」


 話を逸らしたいがための僕の質量の無さそうな言の葉はしかし、意外とまっとうさを秘めていたようで、ちょっと考え込むような顔を見せる二人。と、


「あアー、ちょと見てクダさいのことネー」


 唐突にそんな底抜けに明るい声が。何やらそこらに屈み込んでいたヅオンさんが立ち上がり振り向きざまにこちらに見せてきたものは。


「……」


 この場には生えてはいなかっただろう、場違いな薔薇の大輪一輪であったわけで。うん……能力ですね? <花>……あんまり無駄遣いするのはよくないことですよ? でもそれを恭しく手渡されたエンドーさんは満更でもなさそうな表情。うん……まあいいんですけどね? ちょっとなごんで良かったと言えなくもないですから。でも。


 流石の<艸>でも、「偵察」に適したようなものは僕の知る限りでは無さそうだった。うううぅん……であればともかく、自分らの足で警戒しつつひとまずこの周辺エリアがどうなってるのかを探るほかはないかもな……


 とか思っていた、刹那だった。


「やあ!! お困りのようだねマスター。んふっふっふっふ、でもこんなこともあろうかと!! このボクが光臨しましたのですようふふふふ……」


 目の前にぱちんと現れたのは、僕の手の平くらいの大きさのひとりの「少女」の姿であったのだけれど。あれこの声どこかで……? 君は……?


「私はカナエ。<鼎>の『部首魂ラディカルソウル』が生み出した、虚ろなる魂の依り代ダナエェ……」


 謎が二三歩深みに嵌まるだけの説明を、そのちいさくも愛らしい妖精のような存在からままならない一人称やら語尾にて告げられるという異世界ここに極まれりな状況を、割と平常ニュートラルで呑み込めそうなほどに異世界このばに飼い慣らされた従順たる僕が、ただそこにいた。


 これはもう一体どうなるんダナエェェ……?

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