Quanji-13:面妖デスネー(あるいは、やああっと/ややあって/デルメッカ)
―起きて。
……声が聴こえた。頭蓋の中に、直接響くような声だ。甘く悪戯っぽさを含んだかのような、少女の声だ……
―ねえ、起きてよニュート。
……誰だろう。僕をそんな風に親しげに呼ぶコなんて、いないのに。いなかったのに……思考が、捕らえようとすると遠ざかっていき、それを諦めるとまた近づいてきたり……定まらない。定まらないよ……
全身をビーズクッションに包まれているかのような、そしてそれら一粒一粒が、柔らかな熱、みたいなのを孕んでいるかのような、途轍もない心地よさの中に、僕は漂うかのように身体を無気力に投げ出していた。ここはどこなんだろう……
宙に浮いてるのだろうか……それとも透明度がハンパない水の中なのだろうか……
いつの間にか、自分の両目が薄くだけど開いていることを自覚する。でも周りは真っ白な闇のようにどこにも焦点を結ばせてくれない……ほのかな光に囲まれて、僕はただその中をうつろうばかりなのだけれど。
「……」
うつぶせになってるだろう、僕の頭頂部の方向に、何者かが「いる」ということだけは知覚できた。でもそちらの方を向こうと頑張って首に力を入れるものの、振り向ければ振り向けただけ、それに連動するかのようにその影は移動してしまって視界に入ってくれない。でも「声」は。「声」だけはずっとすっと、僕の脳に染み込むようにして聴こえてきている……
―ニュート、「私」を選んでくれてありがとう。
声の主はエンドーさんかな……でも「選ぶ」ゆうほど「選んだ」ってほどのことはまだ……無いんだけど。無いと思うんだけれど。それにそんな柔らかい声が出せるものなのかな……罵倒、嘲笑、軽蔑、それらがニュートラルに含まれているのが貴女の声質かと思ってたけど……
―私は「カナエ」。
少女と思しき声は、そう歌うように言葉を滑らせた。その自らを名乗ったであろう「名前」……に、僕の意識のどこかは引っかかったものの、焦点はうまく結べないまま、そういえばエンドーさんも、あとヅオンさんも、あと他一名も、どこへ行ってしまったんだろう……との思考の方へと引きずられ寄り切られるようにして、
次の瞬間、両膝辺りに衝撃が来ていて。
「……」
真顔の正座状態、という、座禅中あるいは直後のような目覚めをかましていた。あれ? かさつく瞼を何とか開く。と、
「……」
目の前には困ったような地顔プラスオン笑顔、みたいな人が良さそうにもほどがあるでしょ的な、穏やかな表情の丸顔があって。左右に視線を飛ばすと、一様に不機嫌さを隠そうともしない険しく歪んだ顔の男女が向かい合うもはや食傷気味の絵面があったりで。
ああー、ようやく「異世界」とやらに着到ですなあー、ま、ここはひとつ、みんなで力合わせてがんばっていきまっしょい、なんて、なは、なはははははとかの白々しい台詞では、どうとも繕えないほどに最悪のスタートではある……
ともかく、
現状把握、それこそが基本、とばかりに決然と立ち上がり、辺りの様子を窺い、何らかの情報を得ようとそのいたたまれない「場」から一歩でも二歩でも遠ざかろうとする僕。
「……」
辺りは陽の光に包まれていた。うん、「太陽」がある世界。どこかの森の中のようだ。吹き下ろしてくるような風はワイシャツ姿の僕には少し肌寒い。うん、「空気」があって「植物」がある世界だー。
そこまで逐一確認しなくてもいいんじゃないかみたいな事は、他ならぬ僕が分かり過ぎるくらい分かってはいるんだけれど。
目の前に圧倒的な存在感を持って展開している、石造りの建造物……もっと、もっとも身も蓋も無い表現で言うと、ちょいと小ぶりなサイズの「ピラミッド」しかも大方のヒトが想像するであろう四角錐のそうあのあれな感じのものが……あったのでそれから意識を逸らそうとしていた感は否めない……
<月>
さらにはご丁寧にそのピラミッドの斜面のひとつに穿たれるかのようにして大書されていた「文字」……「漢字」がそれ。
ううーん、これあれだよね、「七曜」とか言ってた敵のボス的な奴の根城的なとこだよね……
前置きの冗長さを取り戻さんばかりの急転直下の鉄火場提供に、あこれ悠長な異世界ライフとか堪能させる気ねえな的な確信ばかりが、僕の働きが鈍くなっている前頭葉に無慈悲にも去来しまくってくるのだけれど。
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