Quanji-12:円滑デスネー(あるいは、壊れかけの/プロローグは粗雑に)


 他の面子の「部首ラディカル」がまるで後付けかのように堂々たる「強さ」をもってして開陳されていくに従い、本当のおみそは僕だけだったのかも知れない……という、始まる前から何と言うかの虚無感みたいな感情未満の意識を司る電気信号だけが静かに僕の数多のシナプスを巡り行きていっているようで。


 まあとにかくこの場はさくっとね。まだ前段でもあるしね。とか、思ってる暇も無い。時間が本当に無いよ。そしてあまりにも与えられてる情報が少ないことに今更ながら強烈な不安を感じつつも、もう立ち上がっても顎を掠めるくらいまでその体積を増して来た例のピンクいドライアイス感のある「雲」がよく分からないままに切迫感を醸しても来ているこの現況……周りを見渡すと、みんな椅子の上に立ち上がって端末と格闘しているようだ……ほんとこの演出は必要? それとも必須なの? いや、そこも今考えるとこじゃない。


 でもあとはエンドーさんだけだよね、と思って<遠藤ダリヤ>を腕の装置端末に打ち込む僕だけれど。


<ERROR>


 あれ、あ、そうか本名じゃなかったのか、そうだよね、一流モデルは芸名みたいなのでやってるもんだよね……それに「遠藤」は珍名じゃないよなあとか思ってた。落ち着け。


「えと、エンドーさんのあの、本当の名前をですね、教えていただけたらなぁと」


 しかして何処に逆鱗が生えてらっしゃるかまだ分からない御方であって、極力ソフトリーに言葉を選びつつ、左隣で何でか険しい表情をその美麗な顔に浮かばせてらっしゃるヒトに水を向けてみるけど。


「……笑うなよ」


 腹の底から、そんな掠れた声で釘を刺される。い、いや笑うも何も僕らも相当なもん持ってる系ですしこのタカアリくんなんてねえほら一族からしてとんでもない業を既に背負ってるにも関わらず息子にワンペアな名前をさらに重し付けるほどのいかれっぷりですよそれよりも早く「登録」を済ませないとエンドーさんだけ意思疎通が出来なくなってしまってパーティがおそらく弱体化してしまいますよ貴女だけが頼りのこのぽんこつ面子なんですからお願いしますよ伏してお願い申し上げます……みたいな心にも無いことをのたまわせる甲子園というものがあったのなら全国ベスト4くらいまでは駆け登れるほどの詭弁力を遺憾なく発揮して僕は迫り、押し切ろうとする。はたして。


「……」


 それでもまだこの御大にしては珍しくもじもじしながらも、A4用紙の余白に掌の上でちまちま書き入れているけど。いやぁ早くしないとですよぉ? と、ようやくこちらに向けられたその紙の片隅に記された、思ってたより可愛らしい丸文字を必死で読み取ろうと急いで顔を近づける。しかし、


 刹那、だった……


猿闘さるばとる 誰哉ダリヤ?>


 誰もが予測しえなかった、驚天動地の御名前がそこにはあったわけで。ま、まずぅいッ!! 僕は何とか即応で自分の下唇を思い切り歯で噛み締めて事なきを得るけれど。


「ぶ、ブハハハハハハハハッ!! な、さ、さるばとィヒィイィィィ!! だ、だだだダリィッヒッヒヒィィィィ……!! よ、よくも人の苗字とか名前のセット感に文句垂れてきてくれたモンだぜっつうか、え『誰哉?』? え何で? 何でこっちが問われてるの? え、え? き、きみの名はアフゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!?」


 案の定、食い気味で喰らい付いていってしまった坊主殿のその爆笑皺の寄った額に、光速よりも速く<疱疹ほうしん>の文字が刻まれたかと思った瞬間には、その骨ばった全身に何か赤とか白とか黄色とかの妙に艶めいた半球状のブツブツが展開していって多分その強烈な痒さにピンク雲を撒き散らしながらのたうち回っているよおぞまし過ぎるよ……


 七歳の時、かわいがっていた小型雑種犬のポーちゃんが家の門がほんの一瞬開いた瞬間に外へと飛び出していってしまい、運悪く突っ込んで来たおばちゃんの乗る原付に撥ねられて死んでしまったことを思い出して笑いの波をやり過ごそうと奮闘していた僕だったけれど。


 だからやだったんだもん……ちっちゃい時からいっつもいっつもバカにされてきたし……と突然エンドーさんがその美麗なアヒル口をさらに突き出すようにして子供のようにべそをかき始めてしまうのを見て気持ちはさらに落ち着く。ああ……珍名トラウマ、そういうのって子供心には結構キズ残すんだよね……何か、何か言わなくちゃあ、ダメだ。同じ境遇だった僕としては、ここで何か言っとかないとダメだ。思い切り息を吸い込んでみる。そして、


「……僕らは珍名ゆえに選ばれし勇者。ならばこの異世界で、存分にやってやるまで。やってやろうよエンドーさん。笑う奴にはほら、今みたいに君のラディカルをブチ込んでやればいいだけなんだし」


 ちょっとその雰囲気に呑まれたか、ええ顔で柄にも無くそんな優等生的台詞を繰り出してしまう僕だったけれど。いやプロローグシメ的な発言としては自己採点で94点は叩きだせる代物かと……みたいな定まらない思考の僕に。


「ば……ばっかじゃない……の。そんなことっ……言われなくても分かってるし」


 涙ぐみながらもその涙を美麗な指で拭いながらも僕を真っすぐに見て少し微笑みをみせながらも放たれる虚勢を張ったその言葉に。


 あ、あっるぇ~、なんだか心の根っこのところを引っ掴まれて引き倒されそうな感覚が……


 うまく咀嚼しきれなかった思考を置き去りに、僕らは一律、ぶわと体積を広げて来た「ピンク雲」に身体も意識もかっさらわれていくのだったけど。

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