Quanji-10:地道デスネー(あるいは、海老茶/ハザビュリフォネー)


 足元からどんどんピンク色の雲的なものがもわんわん焚き上がってきている……もはや机の天面を浚わんばかりに……もしかして、これに全部が埋まった時、いまだその切れ端すら見せない「異世界」への扉が開くとでもいうのだろうか……それにしちゃゆっくりだし、不規則だし、何と言うか、タイミングを計りづらいよな……


 定まらない思考は最早ここに来てからは常態で浮かばせられることの出来るほどの僕なれど、四人パーティ。図らずも、本当に図らずも色々突出に過ぎておるメンバーと組むことになった僕だけれど、まあ完全に孤立ハブられることなくて良かったと言えなくもない。このヒトらが物凄い使える「部首」を引き当てていた場合、それはそれでその恩恵にあずかれることこの上無いわけで、そして、


「あ、えーと、僕の名前は、愛咲アイザク。『愛に咲く』って書きます。名前は丹生人ニュウト……です、よろしくお願いします」


 創作ラノベでよくある自己紹介羅列シーンが始まっていたわけなのだけど、これにはれっきとした理由が。「パーティ」間での「意思疎通能力」を使うためには、先ほど取り上げられたスマホの代わりに各々に渡された、腕時計のような装置にそれぞれの名前を登録しないといけないとのことで、いま僕ら四人は雲に埋もれがちなひとつの机を囲んで、必死で装置の小さなボタンと格闘している。知識としてしか知らないけど、電卓のような並びでそこに平仮名の「あかさたな」も併記されている形式のもので、例えば「と」と表示させたい場合には、「た」のボタンを五回押さなくちゃならない。めんどくさいし押し過ぎるとまた「た」に戻ってしまうわで、慣れない僕らはひどく手間取ってしまうのだけれど、猫神様の、あと五分で突入にゃぉおん、との急かし方に、さらに焦って間違いを呼び込んでしまう。


 愛に咲くぅ? はっ、どっこが。真逆じゃねえかよ名前負け、名付け親の顔が見てみてえっつうの、とか、また僕を小馬鹿にするモードに戻ったのか、聞えよがしに椅子にふんぞり返った遠藤ダリヤがふんわり空気を含んだストレートの茶色髪をふわと左の指先でかきあげながらそんなことを言ってくるけど、ファミリーネームに名前負けとか言い出したらキリないからね? それに名付け親も「愛咲」だしね?


 とは言え、その後にぼそぼそと続けられた、でも愛咲ダリヤってうん……意外と……いや結構アリじゃね? とか僕にだけ聴こえるか細い声で続けてくることの方に精神メンタルの不安定さと不穏度数の高さを感じ取ってしまい、目を合わせてはダメだとの本能発の肉体への指令により、僕の胸筋に不随意に力が入ってしまう……もぉぉぉ、どういう立ち位置で行くっていうの。と、


「おー、ニートさんハジメましてデスネー、ワタシ、ベトナムから来ましたのこと。そしてワタシもまた古い漢字の名を持っテいるのデス、ヴィエン ヴァン ヅオン。『ヅオン』とそう呼んでくださいデスネー」


 そんな瘴気が吹き出してこんばかりの場に、柔らかなテノールが響き渡る。救われた、と思うのと共に、へえベトナムの人もそういう名前を持ってるんだ、とのちょっとした驚きもある……一枚だけ配られたA4のコピー用紙に、意外な達筆さで三文字の漢字が書かれたけれど、ヅオンさん……あなただけが頼りと、そう言っても今や過言じゃあないですよもう……でも僕はNot in educationでは無いですからね断じて……僕はその名前フルネームを何とか装置に打ち込むと、気を取り直して、づ、ヅオンさんの「部首」は何ですか? と単刀直入に聞いてみる。と、


「おー、さっきのタマの球デスネー、あー、『ψプシーψプシー』書いてありましたのことよー」


 んん? 「プシープシー」? そんなちょっと間違えると大変なことになりそうな発音の部首なんて無かったように思うけど……ヅオンさんは黒い学生ズボンのポケットから、先ほどの球体を取り出して見せてくれたのだけれど。そこには、


<艸>


 の文字が。その瞬間、僕の下腹あたりにまたしても自分の意思ではどうともならない震えが沸き起こってくるのを感じる……プシープシー……に確かに見えるけど、そうじゃあない。


 「くさ」だ……あの「くさかんむり」を有する……最大級にその所属する漢字が多いというあの伝説の……ッ!! これは激レアなんかじゃないぞッ……飛天・絶・天弄激レア級だ……ッ!!


 とんでもない引きを見せていた仲間パーティメンバーに、しかして迂闊に騒ぎ立てるのは得策ではない、と己に言い聞かせ、無表情と半笑いの中間くらいの表情で固まるばかりの僕がいる……ッ。


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