とても冷たい南の星

@sakana_kyuuri

第1話

二〇一七年四月二十日東京都千代田区神保町駅付近にて

 

 今日も先生は店先にて寝ていた。起こさぬように静かに歩き、あらかじめ開店の支度をする。しばらくしてジリリリリと目覚まし時計が鳴るが一向に起きる気配がなかった。

「先生、先生。もう七時半を過ぎています。起きてください」

 目覚まし時計を止め、体を揺さぶりながら声をかけてみる。

「んぐぁ…ん、ああ、君か。おはよう」

 頭をかき、うーんと言いながら立ち上がった。

「はい。おはようございます。愚生は開店の準備をしていますからある程度身支度を済ませて近くで朝ご飯を食べてきてください」

「ああ…わかった。では時間が余ったらこの机の本をもとのところに戻しておいてくれ」

「分かりました」

 そう言うと先生は上の階に上がっていった。自分はそのまま開店の支度を済ませ、本を片づけ始めて十五分くらいすると上の階から大きな声で「ああっ」という声が聞こえた。

「どうされました?」

 下の階から声をかけると先生が上から走って戻ってきた。服装はまるで外に出かけるかのようだった。

「まずい。今日は用事があった。店の開店を遅らせる」

「え…もう開店の準備できてるんですけど…」

「すまない。だがレディ、これは君も見ておくべきだ。とはいえ強制はできない。嫌だというならここに残って店番でも…」

 いつにもまして真剣で自信のない表情であった。それならこちらも真剣に応えなくてはならない。

「いえ、行きます。行かないと弟子になった意味がありませんから」

 ついていける自信はなくとも精いっぱいの笑顔とともに答えた。 

「…そうか。わかった。ではまず車に乗ってくれ。そこで今回の件について話す。君も身支度をしておいてくれ」

 先生はそう言うと自分が来たときとはとは打って変わり、かいがいしく準備を始めた。自分も急いで準備を済ませ車に乗り込む。

「では今回の件について説明しよう。ざっくりいうと今回の主役はみんな大好きダイヤモンドだ」

「…それで、そのみんな大好きダイヤモンドとやらはどのようなものなのですか?」

「それがどうやら南の星らしくてな」

 だいぶ嫌味を込めて言ったつもりなのに無視されてしまった…それよりも南の星という言葉に疑問が残った。

「ええと…その南の星?というのはどのようなものなのでしょうか?」

「まあ、知らないのも無理はない。南の星というのは一二四・四八カラットのダイヤモンドだ。二〇〇二年にフランスのブランドであるカルティエ社が購入したとされるがその後、とあるインド人が購入したとも。今に至っては不明となっている。それがまさか日本にあったとはな…」

「…ぶっちゃけそれっていくらぐらいなんですか?」

「今だと…そうだな、私なら七五〇万ドルくらいで手を打つだだろうな」

「ななひゃく…ごじゅうまんどる…どる…」

 開いた口が塞がらない。七五〇万ドルあったら何ができるだろうか。高級料理なんていくらでも食べられる。好きなお菓子は食べ飽きてしまうだろう。あと他には…

「少なくとも今の君には荷が重すぎるものだとでも思っておくといい。だが目に焼き付けておけ。恐らく二度と目にすることはないだろうからな」

「そ、そうですよね」

 自分には荷が重すぎるという言葉が頭に残った。それもそうで750万ドルなど自分には扱いきれないし、誰かに騙されて失うのが妥当なオチと言えるだろう。そんなことを思っているうちに大きな門が見えていた。先生は腕時計で時間を確認すると「降りるぞ」と言い、自分も焦って降りた。

「時間だ門が開くぞ。粗相はしないでくれたまえ」

「努力します」

 門が開くとそこには白髪のまさに執事といえる格好をした男性が立っていた。

「おはようございます。宝塚隆盛様、宮下玲奈様」

「ああ、宝石の見積もりということで来させてもらった」

「承知しております。お嬢様が奥でお待ちです」

 自分はその場では黙っていることしかできなかった。門の内側には庭が広がっていて、その奥には白塗りの建物が見えた。進んで建物の中まで入ると広い空間の中央にはシャンデリア、階段のあたりは吹き抜けになっていて高級さがにじみ出ていた。

 執事らしき人と五分程何も話すことなく歩いていると白の他のものより大きな扉の前で立ち止まった。彼は扉をノックすると中からは貴婦人と思える声でどうぞと聞こえた。

「失礼します。宝塚様と宮下様をお連れしました」

 そう言って静かに扉を開くと金髪の貴婦人が優しげな笑顔とともに私達を迎えてくれた。部屋の中央の机の上には金属製と思われる箱と長細い木箱があった。部屋はとても広く、内装も彼女を華やかに見せるようでシャンデリアから大きな窓まで備え付けられていた。

「ありがとう、ロジェ。お客様達に紅茶とお菓子を用意してあげて?ああ、でも緑茶のほうがよろしいかしら?」

「いいえ。紅茶で結構ですよ」

 先生がそう言うと自分もこくこくと頷いた。

「では、紅茶にいたしましょうか。ロジェ、改めてお願いね」

「承知いたしました」

 そう言ってロジェさんは部屋を出ると金髪の貴婦人が口を開いた。

「お弟子さんには自己紹介がまだでしたね。私はアレクサンドラ・テレーズ・ド・ショワズールといいます。気軽にアレクサンドラと呼んでくださいな」

「は、はい!わかりました。マダム・アレクサンドラ」

 緊張気味に答えると彼女はまた笑って返してくれた。

「それではマダム、今回の件についてなのですが…」

「ええ、わかっているわ」

 彼女が先ほどとは対照的に真面目な雰囲気で答え、机の上に手を伸ばし金属製の箱を暗証番号らしきものと指紋認証で開錠すると横幅3㎝ほどの大きなダイヤが付いたネックレスが入っていた。先生を一瞥すると手を顎に当てそのダイヤを凝視していた。

「どうぞ、これがかの南の星と呼ばれる宝石です」

 そう言ってマダム・アレクサンドラは先生にその宝石を渡した。先生は手袋をはめた手で小刻みに手が震えながらその宝石を受け取った。その宝石は窓からの光を反射して先生がそれを回転させるたびに虹色の光が目に入った。

「これが…南の星…透明度は申し分なし、伝説の通りのピンクブラウン…ああ、これは間違いなく南の星でしょう」

「そう…でしたか」

 彼女はなぜか悲しそうな顔をしていた。もしかして宝石を手放すのが億劫になってしまったのだろうか。先生は宝石に夢中で彼女の顔など見てはいなかった。

「ご希望の価格はありますか?」

「いいえ、ありません。ただ少なすぎるのはやめてくださいね?」

「もちろんです。誓ってそのようなことはしませんとも」

「では七五〇万ドルでいかがでしょうか」

 先生はやけに自慢げに言いながら「これでどうでしょうか」と続けて言い放った。しかし、彼女は不満そうな顔をしていた。

「ご不満でしょうか…?」

 もちろんこれには先生も気づいていたようであった。

「この宝石は私にとってそれほどの価値はありません。六五〇万でにしてもらえますか」

「しかし…」

「お願いします」

「では…六五〇万ドルで買い取らせていただきます」

 先生は仕方なくといった様子であったが、自分もこればかりは理解ができない。裏には、きっと理由があることはなんとなくわかる。とはいえ、ここで聞くと先生の顔に泥を塗りかねなかったためとてももどかしかった。

「ありがとうございます」

 彼女が何やらほっとしたような顔つきであったのも気になった。

「では今日は見積だけということでしたので後日買い取りに参ります。ご希望の日にちはありますか?」

「では明日の今日と同じ午前九時でいいかしら」

「わかりました。明日の午前九時に伺います」

 そう言って部屋を出ようとすると彼女は自分たちをとっさに引き留めた。

「忘れていたわ。これを受け取って下さらないかしら」

 そう言われて渡されたのは机の上に置いてあった長細い木箱であった。中には綿が詰められていて中にはルビー・エメラルド・ガーネット・アメジスト・ルビー・ダイヤの小さな宝石が上から埋め込まれていた。

「これは…照れてしまうな」

「フランスでも名うての宝石商ですもの。これくらいの敬意ははらいませんとね?」

「はは、そこまで言われると自信も付くというものです」

 そう言って今度こそ部屋を出るとロジェさんが待っており玄関まで送ってくれた。

「それでは明日の午前9時にお越しください。お待ちしております」

 先生は「ああ」と言って車に乗った。自分も一礼して車に乗った。

「あの…先生。先ほどの木箱の宝石のやり取りは何だったのでしょうか?どうも愚生には分からなくなって…」

「あれはただの文字遊びだ。ルビーのR、エメラルドのE、ガーネットのG、アメシストのA、ルビーのR、ダイヤのD。これらをつなぎ合わせるとRegardとなり敬愛の意を示す」

「な、なるほど…!!」

 これはお金持ちにしかできない遊びだ。今の自分には到底真似できないものであった。

「あと先生、あのお屋敷にはロジェさんしか召使いはいないのでしょうか。さすがに一人だと厳しいと思うのですが…」

「…?君は何を言っているんだ。私が見ただけでも2人はいたぞ。さては君、内装に目を奪われていたな?」

「う…でも愚生はあんなお屋敷は初めてだったので仕方ないと思います」

「まあ…それもそうか…」

 そうして話しているうちに店に着いた。

「君はもう家に帰るといい。それから明日も店はやる気ないから明日は8時くらいに来てくれ。私ももう寝たい」

 最後に本音が漏れていた気もしたがお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 家に帰るといきなり眠気が襲ってきた。夕飯も軽いもので済ませ軽くシャワーを浴びて寝ることにした。


翌日

「おはようございまーす…」

 今日も先生は寝ているだろうと思い、そっと入る。

「ああ、おはよう。君も食べるか?」

「いえ、愚生は結構です。ありがとうございます」

 七時五十分くらいに来ると先生はもう起きていてちょうど朝食を食べていた。自分はもう朝食は済ませているので食べずに本を読んでいた。

 三十分ほど待っていると先生がいつの間にか支度を済ませていた状態で「行くぞ」と声をかけた。自分も慌ててついて行き車に乗る。車に乗る間は昨日とは違って不思議と何も話さなかった。というか、朝からほとんど話していないことにも気づいた。

「着いたぞ」

 先生に声をかけられ降りるとロジェさんだけがが昨日とは変わらず立っていた。

「おはようございます。お嬢様が奥でお待ちです」

 これも昨日とは変わらずマダム・アレクサンドラの部屋へと案内してもらった。彼ははいつもの手つきのようにノックをした。しかし、彼女の声はなかった。

「お嬢様、お客様です」

 声をかけても彼女の反応はなかった。寝てるということもないだろう。トイレだろうか。

「お嬢様、入らせてもらいますよ?」

 彼は扉を開けると顔色が瞬く間に変わっていった。先生は有り得ないことを見たような顔をした。自分も部屋の中を見ると紅茶と鉄が混ざったような臭いが鼻につき、糸がつけられた包丁が胸に突き刺さったマダム・アレクサンドラが横たわっていた。そして机の上には南の星だけが残っていた。

「レディ、君はここにいなさい。できる限り部屋の中は見ないように」

 そう言って警察に電話をかけていた。ロジェさんは「ああ、ああ…」と言いながら床に膝をついて泣き崩れていた。自分は部屋の中は見ないように鉄の臭いだけを感じながら立ち尽くすしかなかった。

 しばらくすると、警察が到着して自分たちは外に出された。警察からは発見時の状況などを聞かれた。

「先生、どうしましょうか…」

 自分は何をすればいいか分からず、先生に聞きに行った。

「とりあえず今日はロジェに一言言って店に戻る。そのあと私はどうしてもしたいことがあるんだが…もし良かったらもう一度協力してもらえないだろうか。詳しいことは後で話す」

 そう言って先生と自分はロジェさんに会いに行った。ロジェさんは相変わらず落胆していた。そして、彼の周りにはメイド姿の女性が2人立っており彼を慰めているようであった。

「この度はご愁傷様です」

先生がそう話しかけるとロジェさんは涙目になりながらこちらを見返した。

「ええ、ありがとうございます。いつまでも落ち込んでいてはなりませんね。お嬢様に怒られてしまいます。それから…この木箱をお嬢様から預かっています。宮下様に送り忘れていたと」

 渡されたのはシルクに包まれていた木箱であった。中は気になったが今見るわけにもいかないので店で見ることにした。

「愚生に…ですか?ありがとうございます」

 先生も怪訝そうな顔をしていたが、言い出すことはなかった。 

「この度はお嬢様がお世話になりました。私はメイドのアンドレと申します。こちらは妹のレモンドです。一応、挨拶をしておこうと思いまして」

「これはご丁寧にどうも。ご家族の方々はいらっしゃらないのですか?」

「一人、ご息女のアレクシア様がいらっしゃいます。ですが、先ほど散歩をしてくると言って出かけてしまいました。きっと感傷に浸っているのでしょう。宮下様と同い年なはずですからぜひ仲良くしてあげてください」

 まさかマダム・アレクサンドラのご息女が自分と同い年とは思ってもいなかったため、正直驚いた。

「ではご主人はどちらに?」

「旦那様はただいま海外にいらっしゃるため連絡を取るのは難しいかと」

「わかりました。では私たち帰らせていただきます」

「ええ、それでは」

 アンドレさんは警察の相手をしなければならないため見送りはできないとのことだった。

「それでだがレディ、先ほどの協力してほしいと言っただろう。そのことなんだが…」

「はあ…先生は仕方のない人ですね。いいですよ、喜んで協力させてもらいます。それで、その内容は?」

「今回の事件の犯人を捜し自首させる」

「えっと…失礼ですが…それは警察がしてくれるのでは?」

 我ながらこればかりはマジレスしてしまった。しかし先生は怒ったようなあきれたような顔をしていた。

「レディ、こればかりは察してくれ…これは私なりの復讐であり弔いでもあるんだ」

 ああ、確かに先生はマダム・アレクサンドラから敬意を表されていた。そう考えると先生の心情にも納得がいく。

「申し訳ありませんでした。そういうことであれば改めて協力させていただきます」

「ああ、ではよろしく頼むよ」

「重ねて質問があるのですが、まず何を調べたらいいのでしょうか?」

「基本的には手口、動機、アリバイこの3つがそろえば黒か白かはわかる」

「ではまずは手口からですか」

「いや、手口に関しては我々では探せないだろう。であれば動機とアリバイと手口の代わりになる何かしらの決定打があればいいな」

 難しい注文であった。しかし、自分たちは彼女に昨日会っているのだから殺害されたのは昨日から今日と言えるだろう。加えて、もし第三者が彼女を殺害したとなるとあの屋敷のことだから警報が鳴り自分たちとの取引は行うのは難しかったはず。となると…

「あの屋敷の使用人ないしは家族が犯人なのではないでしょうか」

「ああ、そこまでの考察なら私もできた。しかし、家族の犯行ならば遺産目当てだとしても使用人は動機が思いつかない。となると家族の犯行とするのが妥当か」

 自分もそれには賛成であった。彼女が使用人から恨みを買うということはないだろう。

「では明日ご息女のアレクシアさんに聞いてみましょうか」

「ああ、賛成だ。それと先ほどもらった木箱の中身は何だったんだ?」

「すいません。車内なので包みを開けるのは店でいいでしょうか?」

「む。それもそうか。ではそうしよう」

 そして店に帰ると早速包みを開けることにした。中身は先生と同じ宝石であった。しかし、宝石の種類が違う。

 中身はルビー、オパール、ガーネット、エメラルド、ルビーと並んでいた。

「先生とは中身が違うようです。これはどういう意味なのでしょうか?」

「どういう意味も何もこれは…人名だ。つなぎ合わせると…ロジェ…となる」

 先生が手を口元に当て。理解ができないとでもいうような顔をしながら言った。

「え…でもこれは、言葉遊びで気持ちを伝えるためとか言っていませんでしたか?」

「ああ、だからここにはマダム・アレクサンドラのメッセージであると考えるしかない」

「ということはロジェさんがマダム・アレクサンドラを…?」

 全身に寒気が走った。しかし、ロジェさんが芝居を打っていたとも思えなかった。

「いや、彼は何かしらを知っている。つまりキーマンである可能性のほうが高いだろう。とりあえず、明日もう一度彼らのもとに尋ねるしかない」

「そう…ですね…」

 そうして自分はいつも通り家に帰った。


翌日

 今日は自分が寝坊してしまった。今日ばかりは先生も許してくれるだろうと思いながらできる限り急いで走った。

「お、おはようございます!」

「ああ、おはよう。早速だが準備をしてくれ。ロジェと連絡がついたためロジェとアンドレ姉妹とアレクシアがいるところを今日は回る。彼らにはある程度のことは話しておいた」

「は、はい!」

 急いで準備をして車に乗り込み、先生と今日の予定を話した。

「今日はロジェ、アンドレ姉妹、アレクシアの順で回る。全員同じホテルに宿泊しているはずだからもしかしたら今日は歩き疲れるかもしれないが我慢してくれ」

「先生よりかは体力はありますよ?」

「そうだったな…」

 談笑しているうちにホテルに着いた。都会の高級ホテルで何階まであるのかわからないほどであった。

「まずはロジェだ」

 そう言って三階のロジェさんの部屋まで直行するインターフォンを鳴らすとドアが開く音とともにロジェさんが出てきた。

「どうぞお入りください」

「失礼します」

「ただいまお茶をお注ぎしますね。そこのソファにお座りください」

 しばらくすると彼は紅茶を持ってきた。先生は「ありがとうございます」と言ったものの目つきが怖かった。

「早速質問なのですが昨日の夜から午前までは何をしていましたか?」

「夜はアンドレたちと朝ご飯の支度をしていました。朝はお嬢様を起こしに行ったのですがもう少し寝させてちょうだいということで、寝させることにしました」

 この時点ではアンドレさんたちと確認が取れればロジェさんのアリバイは成立したことになる。

「昨日なにか変わったことはありましたか?」

「そうですね…宴会用のドライアイスが無くなっていたことでしょうか。結局見つかりませんでしたが。きっとどこかに置いたまま無くなってしまったんでしょうね」

「他には?」

 ロジェさんは首を傾げて「無いと思います」と言った。

「では、私たちはこれで失礼します」

 そう言って自分たちはアンドレさんたちの部屋へ向かった。インターフォンを鳴らすとアンドレさんらしき声が聞こえた。ロジェさんのときと同じようにソファに座り話をすることにした。

「早速ですが昨日夜から朝までは何をしていましたか?」

「昨日の夜はロジェさんと使用人のみんなで朝ご飯の支度をしていました。朝はロジェさんはお嬢様を起こしに、私たちは洗濯物を干しに行きました」

 やはりロジェさんの言うことは正しかったらしい。ということはやはり犯人は…

「その他にも変わったことはありませんでしたか?」

「ああ、ドライアイスが一個無くなっていました。あんな大きいものは普通持ち出すことはないのですが、何に使ったんでしょうか…」

 これもロジェさんと同じであった。しかし、彼とは違うことをレモンドはは述べた。

「そういえば、昨日のお嬢様は寝るのがとても早かった気がします。大切な宝石を手放したこともあって疲れていたとも思いましたが、それにしては早すぎたような…」

「確かにそれは私も思いました」

 姉妹両方が同じことを考えていたとはさすが姉妹というべきか。

「他には無いですか?」

 二人とも顔を見合わせて「無いです」と答えた。

「それでは失礼しました」

 次は最後のアレクシアさんだった。よくよく考えてみれば自分と彼女が同い年ということしか知らない。インターフォンを鳴らすと「どうぞ」の一声が聞こえた。

「お邪魔します」

 中に入ると一人の少女が座っていて、風貌はそこはかとなくマダム・アレクサンドラに似ていた。

「昨日の夜は寝ていたわ。これはいつもロジェが寝たことを確認しているから問題ないはずよ。朝は起きたらお母様がお亡くなりになったのを知って、そこからは申し訳ないけど…あまり覚えていないわ」

 これは後々ロジェさんに聞いたところ、実際に確認しているとのことだったので可能性は低いだろう。

「ありがとう。では他には変わったことはなかったか?」

「昨日お母様から呼び出されたことくらいかしら。お母様が私を呼び出すなんて珍しいからよく覚えているわ」

「内容を聞かせてもらってもいいだろうか?」

「そうね…問題ないわ。昨日お母様からこんなことを聞いたの。『もし私が死んでしまって、南の星を売れなくなったらあなたが売りなさい。どんな額でも構わないわ。きっとそんなことをしてはだめだと使用人は言うけれど聞く耳を持ってはだめよ』と言っていたわ」

 まるでマダム・アレクサンドラは死ぬことを分かっていたかのようであった。これには先生も驚いた顔をしていた。

「それから…他には見当たらないわ。ごめんなさい」

「いいや、ありがとう。助けになったとも」

 その後自分たちは屋上に行き、状況を整理することにした。

「全員アリバイがあるな。無くなったドライアイス、いつもより眠るのが早かったマダム・アレクサンドラ、そしてそのご息女へのメッセージ…」

「まずドライアイスについてですが、いきなり無くなるというのはないでしょう。ということは使用人の誰かが嘘を吐いていることになり、ドライアイスを持ち去ったということになるでしょう」

「なんのために持っていったかが分かれば前進できた気もするんだがな」

「仮にドライアイスを持っていった者が犯人ならばドライアイスを犯行に使ったのではないでしょうか?」

「確かにそれならある程度は通るか」

 手口はドライアイスを使った犯行…?

「糸のついた包丁、ドライアイス、それから…」

 先生は「今なんと?」と怪訝そうな顔をして尋ねた。

「何って…糸のついた包丁とドライアイスと言いましたが…」

「それだ。今までロジェやらドライアイスに気を取られて糸のついた包丁を遠ざけていた。でも違ったんだ。あれは遠ざけてはならないものだったんだ。そして、この事件はアリバイなど意味が無かった。とりあえず君は皆をここに呼んできてくれ。そこで今回の真相を明かす」

 もう既にあたりは暗くなり始めていて、皆を集め終わった頃には夜になっていた。

「全く…もうすぐ晩御飯の時間だというのに、こっちの身にもなってほしいわ。くだらない話だったら許さないから」

 アレクシアさんは早く終わってくれと言わんばかりの顔つきであった。

「私たちも今回の件で忙しいのでお早めにお願いします」

 ロジェさん、アンドレさんたちも同様であったため、先生を見ると自信に満ちた表情になっていた。

「ああ、お時間は取らせないとも。おそらくだが犯人の予想がついたため皆には集まってもらった」

「一つ疑問があるのですが…ここにいる全員は皆動機が無いと思うのですがそれについても説明してもらえますか?」

 最初に質問を投げかけたのは執事のロジェさんだった。

「わかった。ではまず動機から話すとしよう。アレクシア、君は事件の前日に母君と話したそうだな。そこで君は使用人は南の星を売ってはだめだと言うだろうがそれを無視してでもを売れと言われた。ここまではあってるな?」

「ええ、その通りよ」

「ではなぜこれを言わなくてはいけなかっただろうか?そして、なぜこれをアレクシアに言わなくてはいけなかったのだろうか?」

「それは単純に私たちが南の星という二つとないものを売ることを惜しいと思っていたのを知っていたからで、お嬢様にお教えしたのは自分の意思をご息女様に確認してもらうためだと思いますが…」

 反論したのはアンドレさんの妹のレモンドさんであった。確かにそれならレモンドさんの言っていることも通る。しかし、先生にはもう一つの可能性があった。

「確かにそれもあり得るでしょう。ですがアレクシアに売れと言う必要はないはずです。だから私はこう考えるのです。彼女は使用人の誰かに殺されることを知っていて、仮に殺されても南の星を売れるようにしておきたかった。だからアレクシアに伝えた。こちらの方が納得がいくと思うのだが…どうだろうか?」

「確かにあなたの言っている通り動機については納得がいったわ。でも犯行手口はどう説明するの?彼らは事件の前日にアリバイがある。これに関してはどうしたって説明がつかないと思うのだけれど。」

 アレクシアが早口で言い放った。きっと今まで付き添って来た使用人たちに疑いをかけられ焦っているのだろう。それを聞いた使用人たちも「ご息女様…」と言いながら目を丸くしていた。今から自分がその手口を話すとなるとなぜか胸が痛くなってきた。

「これは愚生が説明させて頂きます。まず前提としてこの犯行にはアリバイが通用しないことをご理解ください。もちろんその理由も順を追って説明します。まずこの犯行でどのようにマダム・アレクサンドラが殺害されたのかですが、包丁で胸を刺されたことによる失血死が原因でしょう」 

 手足が震えていた。皆から睨まれ、さながら犯人にでもなったようであった。しかし、ここで話を止めるわけにもいかなかった。

「ではどのようにして刺されたのでしょうか。愚生はここが問題だと思っています」

「どのようにって…普通に手で一突きではないの?」

「ええ、アレクシアさんの言う通り普通は手で一突きと考えます。しかし、包丁には糸がつけられていました。アレクシアさんんの言った方法で行えば糸は邪魔になります。ということは糸をつける必要があったのです。加えて、その日の夜にドライアイスが無くなっていたといいます。これらから導き出される答えは、包丁の糸をドライアイスに結び付け、その糸を室内にシャンデリアにかけてドライアイスが消えて無くなれば包丁が降ってくるというものです」

「なるほど、それなら確かにアリバイも意味をなさなくなるわね。でも肝心の犯人は?」

「それも今から説明します。これについては至極簡単なことで、身長で考えてしまえば解決してしまいます。マダム・アレクサンドラのお部屋はとても広く、机に乗ってシャンデリアに糸をかけるにしても180センチはあります。ということは、これを行えるのはのは一人になるかと。違いますか、ロジェさん」

「ま、待ってください!それなら私たちだって二人で行えば…」

 慌てたようにアンドレさんが言い放った。心は痛くなるが自分はそれを擁護することはできなかった。

「…本当でしょうか?仮に二人で行ったとしてマダム・アレクサンドラの胸に標準を合わせるのは難しいのでは?加えて、私に送られた木箱にも意味がありました。あれの中身はルビー、オパール、ガーネット、エメラルド、ルビーと並んでいてそれらをアルファベットをつなぎ合わせるとロジェとなります。最初はロジェさんがキーマンだという意味かと思い込んでいましたが、これは彼女が遺したロジェさんが犯人であるという意味だったのではないでしょうか」

「いいえ、そんなの偶然です!だからそのようなでたらめな仮説は撤回してください!」

 もはや彼女は自分が何を言っているのかも理解していないだろう。それでもなおロジェさんは犯人ではないと主張していた。

「…もういいでしょう。これ以上はショワズール家に泥を塗ることになります。ええ、あなたのおっしゃる通り私が全てがお嬢様を殺しましたとも。しかし、お嬢様も私に最もこの事件で重要なあの木箱を渡させるとは…最初で最後の嫌味だったのでしょうかね…」

 その口調は物寂しく、わかっていても直視したくはない事実であった。

「やはり…でしたか。ですが、愚生たちには逮捕する権利はありません。警察もまだ逮捕状が出ていないでしょう。どうか自首をしてください」

「ああ、私からも同じことを提案させてもらおう。だが、まだいくつかの謎は残っている。自首するのはそれら謎を解き明かしてからでもいいだろうか?」

 先生の言う謎はなんとなく察しがついていた。対するロジェさんは不思議と狂気などとは全く違ったにこやかな笑みがあった。

「ええ、構いませんよ」

「ではまず一つ目。あなたからはマダム・アレクサンドラに対する敵意は感じられなかった。それなのになぜあなたは彼女を殺したんだ?」

「それについては大方先ほどあなたが言った通りです。ただ付け加えるとしたら…そうですね、南の星がどのようにしてショワズール家に来たのかから話さなくてはなりませんね」

 思い出話を始めるようにロジェさんが語りだした。確かにそれについてはマダム・アレクサンドラからも聞いていなかったため自分も気になった。

「南の星は確かに伝説通りとあるインド人の手に渡りました。その方とお嬢様のお父上であるマルタン様はとても仲が良かったため南の星を目にすることも多かったのです。しかし、南の星を何度も目にするうちに羨ましく思われたのでしょう。マルタン様はいくつもの計略を重ね南の星を手にしました。その際に私に『この宝石はショワズール家の新たなる家宝である。私が死んだとしても売ってはならぬぞ』とおっしゃったのです」

「しかし、マダム・アレクサンドラはそれが許せなかったということか」

 なるほど、先生の一言で彼女の言動全てに納得がいった。だからあの宝石をまるで毛嫌いしていたのか。

「その通りです。もちろん何度も説得をしましたが、お嬢様は聞く耳を持ちませんでした。私自身もマルタン様に仕える身であるためお嬢様の言うことも素直には聞けませんでした…そのため私には手にかけるしかなかったのです」

「なるほど、だがあなたには事件が終わった直後にすぐに逃げることができたはずだ。なぜしなかった?」

「確かにそうすれば私は逃げられたでしょう。ですがこれではマルタン様の言い立てに背くことになりかねません。なので、この事件が終息した際にはアレクシア様に南の星を託してマルタン様の言い立てを伝えようと思っていたのです」

「そう。でも残念ね、ロジェ。あなたがおじいさまに仕えるように私もお母様も娘なの。だったらお母様の言うことを聞くのは当然でしょう?」

 アレクシアさんの目には悲しみが込められているようでロジェさんもその気持ちを察したようであった。

「やはり…そうでしたか。では、私が行ったことは無意味…だったのですね」

「最後にもう一つ質問があります。なぜ私たちにドライアイスの存在を明かしたのですか?明かしていなかったらきっと私たちはここまでたどり着けなかった。加えて、アンドレたちと口裏合わせをしておけばなおさらであっただろうに」

「確かにそうですね。言わないことも頭の中でよぎりました。でもそうしなかったのは、きっと、お嬢様を殺めてしまったことに対する罪悪感でしょうね…実を言うとお嬢様の朝に部屋を開けるときとても怖かったのです。だから部屋を開けたとき床に膝をついて泣いてしまったのでしょう。私は、その時からこのようになるとわかっていたのかもしれません」

 そう言いながらロジェさんはあの時と同じように泣き崩れてれていた。自分にはあの時よりも悲しんでいるように見えた。

「念のため改めて聞きます。自首をしてくれますか?」

「もちろんですとも。それで償えるとは思ってもいませんが、今の私にはそれしかできませんから」

 それを聞いて自分も安心した。それを言ってアレクシアさんとアンドレさんたちと共に下に降りて行った。

「さて、私たちも帰るとするか。今日は心身ともに疲れた…」

「あの…少し夜景を見ていきませんか?綺麗ですよ」

「ん…それもそうだな」

 夜景がとても綺麗に見えていた。その夜景の明かりは星々のようでもあり、小さな宝石の散らばりのようであった。

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