それは罪である

政宗ヒカル

それは罪である

 第一章 とある青年

 透き通るような白い肌。風で乱れた髪の毛。細い手足に、変声期を迎える前の高い声。

 かわいい。かわいい。小さな子。彼に触れたい。満たしたい。もっと奥まで知りたい。

 抑えきれない欲望が、僕の身体を支配していく。こんなこと間違っているとわかっている。それでも、

 ごめん。

 震え声でそう呟き、僕は……少年の服に手をかけた。

 

 ……最悪の目覚めだ。

 肩で息をしながらなんとか起き上がる。夢の内容を反芻しようとする脳を拒むかのように、心臓が大きく脈打っていた。

 とにかく頭を冷やそうと、おぼつかない足取りで洗面所に向かう。途中、朝食を作っているらしい母親がいたが、こちらを見向きもしなかった。

 掃除の行き届いていない鏡に映る顔は酷いものだった。げっそりとした顔に深く刻み込まれたくまが、最近の睡眠事情を物語るようだった。

 

 毎晩のように、悪い夢をみる。欲望に支配され、少年を襲う夢。それでいて、言い訳をする夢。犯罪者になる夢。どれもこれも吐き気がするものばかりだ。

 正直、そんな夢をみる理由はわかってる。

 自分の異変に気づいたのは高校生のときだった。テスト勉強の気分転換のつもりで開いたサイトに映る、半裸の少年の姿。自分の一回り以上幼い彼の恍惚とした顔。瞬間、僕は今まで感じたことの無いほどの興奮をおぼえた。襲いかかる背徳感から逃れようと、きっと自分はゲイなのだと言い聞かせたが、そうでないことくらいすぐにわかった。

 僕は幼い子に興奮している。それも自分よりもずっと幼い子にだ。そして、その興奮をいまだに忘れられずにいるのだ。

 

 ニュースで少年少女に対するわいせつ行為が報道される度に、強い吐き気を感じる。性犯罪者と、それに近い立場にある自分自身にだ。

 僕はそんな犯罪者たちとは違う。そう思っても、明日は自分が犯罪者になるかもしれないという不安は拭いきれなかった。だから調べた。必死に調べたんだ。理由、病名、対処法。思いつく言葉をいくつもならべて検索をかけた。

 小児を対象にした性愛。ペドフィリア。小児性愛。チャイルド・マレスター。調べても調べても、でてくるのは他人事のような言葉の羅列。

 意を決して匿名で質問だってした。しかし、返ってくるのは酷いものばかりだった。

 "ただの勘違いや思春期ですよ^^*"

 "自分が特別だと思いたいだけ。厨二病おつ。"

 "通報した。"

 まともに取り合ってくれる人なんて、誰もいない。何が勘違いだ、何が思春期だ。僕だって厨二病だと思いたいよ。違う。違うんだよ。僕はおかしいんだよ。病気なんだよ。罪を犯すかもしれないんだよ。

 頭を抱え。叫んだ。狂ったようにのたうち回る姿を、両親は気味が悪そうに見下ろしていた。

 

 季節感のないバラードが流れ出す。

 大学に行く時間だ。店員の押しに負けて購入した真新しいデイパックを背負い、玄関の扉に手をかける。

 僕は、絶対に犯罪者にならない。

 そう強く決心し、扉の外に一歩踏み出した。

 

 第二章 青年のつぶやき

「聞いてくれよ純作〜!」

 そう言いながら、肩に手を回してくるこの男の名は内藤正治。真面目そうな見た目の生徒が多いうちの大学で、かなり浮いた存在の彼は数少ない僕の友人だ。

 最近染め直したらしい金色の髪が、太陽の光に当てられキラキラと輝いている。

「朝からなんだよ……。」

「なんだよお前、今日もシケたツラしてんなぁ。」

 そんな文句を言うためだけに声をかけたのかとムッとしていると、正治があわてて口を開く。

「いや、ごめんて。ちょっとお前に頼みたいことがあるんだよ。」

「頼みたいこと?」

 大方ノートを写させてほしいだとか、代返をしてほしいだとかかと思ったが、そうではないらしい。

「お前さ、ネットで記事書くのとか興味ねえ?」

 記事?そう聞きたげな僕の表情を読み取ったらしく、正治は言葉を続ける。

「知り合いにフリーのライターがいてさ、ネタになりそうなもの探してんだよ。」

「だからってなんでネットが関係あるんだ?」

「なんか世間の反応?とか込みで書きたいんだとよ。」

 曖昧な説明に納得がいかない僕は、質問してみることにした。

「記事のことはよくわかったよ。でもなんで僕なんだ?もっと面白そうなやつはいっぱいいるだろ。」

 お前とかな。そう言いかけたが、以前読んだ正治のレポートを思い出し、やめた。

「俺もわかんねえけどさ、そのライターの人が人生つまんなそうなやつほど面白いもん書くぞって言ってたんだよ。」

「誰が人生つまらなそうなやつだ。」

 正直すぎる言葉に思わず吹き出してしまった。暇を持て余しているし、熱中できることがあるのは悪くない。僕は正治の無茶振りを引き受けることにした。

「わかったよ。やるよ。で?どんなの書けばいいんだよ。」

「まじかよ!やっぱお前良いやつだな。ネット上は匿名でできるらしいから実体験とか赤裸々に書けばいいらしいぞ。長年の悩みとかウケんじゃねえの?」

 実体験、赤裸々に、長年の悩み。思いつくのは、小児性愛者である自身の話ばかりだ。匿名とはいえネットの世界だ。何が起こるかなんてわからないし、もし僕の話であることが知れたら、僕や家族は世間に顔向けすることなどできなくなる。だが、僕が変わるには、この欲求をこらえるには、それしかないのかもしれない。世間に知ってほしい、僕という、小児性愛者の存在を。

「わかった。ありがとな。頑張るよ。」

「おう!頑張れよ!これライターの名刺な。俺は教授に用事あるからまたな。」

 そう言うと、正治は足早にかけていった。

 正治から渡された少し角の折れた名刺には、フリーライター・乃良剛史と書かれていた。

「乃良さんか……。」

 あなたは、聞いてくれますか?信じてくれますか?僕を……知ってくれますか。

 

「ったく、どっかにいいネタはねーのかよ。」

 道端に転がっている空の缶を蹴りながら、男は呟いた。

 あのガキに頼んだのは失敗だったか。そう考えていると、スマホが小さく体を震わせた。

「小山井……純作。」

 初めて目にする名前の主から、メッセージが送られてきた。

 "乃良剛史様へ。小山井純作と申します。この度、友人である内藤正治の勧めにより、僕の体験を書かせていただくことになりました。タイトルは、"

「若き小児性愛者のつぶやき、ねえ。」

 なかなかいいネタが手に入ったな。男はニヤリと笑って青年に電話をかけた。

 

 第三章 叫び

 これから綴るのは、僕の話です。簡単に自己紹介をしておきましょう。名前は「純」と書いて「すみ」。年齢は……二十代ということで。性別は男。趣味は特になし。それと、この記事のタイトル通り、僕は小児性愛者です。

 異変に気づいたのは高校生のとき。それ以来、ずっと一人で悩んでいる。誰にも相談していません。これを書き始めたのは小児性愛者について知ってもらうためです。僕のような若い小児性愛者はなかなか存在を認知されていません。でも確実に存在しているのです。もしかしたらみなさんの身近にいるかもしれません。だからこそ、「勘違い」なんて言葉で済ましてほしくなのです。小児性愛は病気です。治療が必要です。どうかお願いします。このブログを拡散してください。多くの人に伝えてください。若き小児性愛者は存在します。

 拙い文章で、僕の全てを吐き出した。改めて読み返しても酷い出来だ。ウケるかどうかなんてわからない。それでも、誰かに響いてくれればいいんだ。知ってくれればいいんだ。明日、目が覚めたら、少しでも生きやすい世界になってくれていたら、それだけで。小さな願いとともに画面に触れた。

 『記事を投稿する』

 

 その後、僕の記事は多くの人の共感を集め、若き小児性愛者の存在は多くに知られるようになった。小児性愛者は犯罪者であるなどという偏見はなくなり、全ての小児性愛者たちが治療を受けることが可能になった。

 記事を書いた僕も、それを出版社に売りこんだ乃良さんも、一流のライターとして世間に名をはせることとなった。

 家族からも治療を応援され、今僕は、正しい方向に歩もうとしている。

 

 なあ、そんな世界を想像したかい?

 

 現実はそう簡単ではなかった。それどころか、想像よりもずっとずっと、厳しいものだった。

 "犯罪者。死ね。"という誹謗中傷の声。僕の本名、年齢、住所、通っている大学名、顔写真、両親のこと、友人のこと、何もかもが画面に映し出されていた。

 嗚呼、終わった。全部終わってしまった。

 父の怒号も、母の泣き声も聞こえないふりをして、家を飛び出した。夕暮れの公園には、幼い子どもたちの笑い声が響いていた。

 ベンチに腰掛け、涙を流す僕に、少年が声をかけてきた。

「お兄ちゃん大丈夫?」

 細い手足に、高い声。どこかで見た映像が頭の中に流れ出す。

「ごめん。」僕は、少年の服に手をかけた。

 

 なんだよ、結局僕も犯罪者じゃないか。遠くから聞こえるパトカーのサイレンが、そう強く感じさせた。

 

 第四章 世間

 家庭環境、人間関係。検討違いのコメントをするお前らに、俺は吠えてやる。

 お前らは生まれながらの犯罪者などいねぇと言うがな、小児性愛の奴らを根っからの犯罪者だと思いやがる。あいつに必要だったのは治療なんだよ。なぜ適当なアドバイスなんかする?なぜ向き合ってやらない?

 俺はなァ、小児性愛の犯罪者を援護するつもりなんざねぇ、むしろクソ喰らえだ。だがな、防げる犯罪があったはずだろ。


 目を背けんじゃねぇ。被害に遭うかもしれない少年少女からも。

 加害者になるかもしれない青年たちからも。


 小山井純作、俺はお前を忘れねえ。

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