森の奥にて

@otyatake

森の奥

『樹海』

青年が目覚めた4.31秒後それを認識した

『自分は遭難したのか。』

青年が目覚めた8.02秒から28.77秒まで青年は勘違いをした。

彼はここ4〜5年、遠出していない。生活圏に樹齢に丸が3つ付きそうな木ばっかりの樹海なんてない。誘拐?ドッキリ?夢?

青年が目覚めた28.77秒から151.23秒間たっぷり考えた。

『あぁ、自殺したんだった。』

青年が目覚めて180.00秒、きっかり3分で結論を出した。



7/20

彼は16:57屋上から飛び降りた。高校2回目の夏の日だった。その後夕立でもあったかもしれないような空に入道雲があった蒸し暑い日だった。

特別でいたかった。他の誰にもできないような、自分だけの何かが欲しかった。例えばテストが満点の天才、誰よりも速く走れる天才、創作のできる天才。例えばモンスターを倒せる才能、予知や空中浮遊ができる才能、事件を解決できる才能。どれも持っていなかった。それよりも欲しかったのは努力する勇気、一歩踏み出す勇気。

ONLY ONEと慰められてもNUMBER ONEの方が嬉しいに決まっている。1人に認められるよりも100人に認められる方が承認欲求は満たせる。思春期特有の捻くれっぷりは留まる所を知らず空中に身を踊らせる決断を下した。

馬鹿者

後で知った事なのだがその日の夕飯は好物の牛丼にちょっと辛いソースをかけた物と特売で買ってきたトマトがいくつか入ったサラダだったらしい。次の日にするべきだったと思ったので青年はまだ食べ物で釣られる子供だったのかもしれない。



結論が出た所で何かが好転した訳ではない。ここはどこなのか分からない、どうすれば良いのかも分からない、現実と同じように過ごすとしても二度目の死があるのか。

『お腹が空いた。』

ひとまず空腹が存在する事は分かった。食料を求めて歩き回る。目覚めた時は分からなかったが、明らかに空の色がおかしいし、咲き乱れている花の花弁の枚数は8枚だ。そもそも日陰にこんなに花が咲くものなのか。夕焼にシャボン玉特有の毒々しい虹色を塗ったような空の下、食べられるまともな物は果たしてあるのか。最初にここが現実と勘違いするほうがおかしかった。

目の端に動く影が映る。追いかけてみれば中学生くらいの少女がいた。肩甲骨より少し下まで伸びた黒い髪を持ち、きりりとした目とすらっとした鼻、薄い唇が顔にある。少女は不機嫌さを隠そうともせずに青年に近づく。

「こんにちは、出口をしりませんか?」

「こんにちは、知らないなぁ。俺もさっき起きたばかりでまだ分からないことにだらけなんだ。」

「ふうん。ありがとうございます。」

そう言うと少女は踵を返し、どこかへ行った。こういう時は協力して探すとかするのではないか、とかちょっと年上に対しての態度では無くないか、とかよりも

何度も何度も考えてもおかしな単語だ。あるかないか、というよりも帰ろうとしているということだ。彼女には留まるという選択肢はない。現実に帰る場所があるんだろうな、まだ現実でやることがあるんだろうな、まだ現実でやりたいことがあるんだろうな。

『惨めになった。お母さん元気ですか。』




7/29 本日曇天なり。11:09


葬式とはおかしなものだ。特別親しかった訳ではない人のものでもどこかに喪失感を覚える。この日、ある男の葬式が行なわれていた。多くの人が参列し、やり方も良く分からないが焼香をして帰る。40代くらいの女性はすすり泣き、その背中を夫と見られる男性がさすっている。

喪服の替わりにセーラー服を纏った人間は

「今頃きっと天国でポチと遊んでるよ。」

と確認するような声で言った。

車椅子に乗った友人は

「俺よりも先に死んじまうなんて…」

とかすれた声で言った。先の短いその声は多くの泣く音でかき消されていった




青年には愛犬がいた。ビルから飛び降りた2年前ほどに老衰で死んだ名はポチという柴犬だ。安直じゃないか?と父は言ったが青年はそれなりに気に入っていた名前だった。

もう二度と会えないと思っていた愛犬は今目の前にいた。散歩に行くときにつけていた赤い首輪に「I am TAMA」と書かれた猫の肉球の形をしたプレートが付いているので間違いない。

「ポチ、久しぶりだなぁ。」

ポチは尻尾を振り、飛びついて青年の頬を舐めている。

「元気だったか?あの世は楽しいか?」

ポチは尻尾を振り、飛びついて青年の目を眺めている。

「腹空いていたりしてないか?」

ポチは尻尾を振るのをやめ、そのままごろんと寝っ転がった。

「俺が来たのは嬉しいか。」

青年の声は小さくなった。ポチはちらりとこちらを見て、またその視線を戻した。

「ポチ。」

ポチはもう動かなかった。温かいのに、ピクリともしなかった。

「ポチ。」

動かなかった。

「ポチが死んだ時、号泣したのを覚えている。さっきまでこちらを見ていたのにもう目をこっちに向けてくれない。さっきまで皮膚の下を脈打つ何かが流れていたのに今はただの湯たんぽと同じ。そこにいたのはポチではなく犬の死骸だったことにとんでもない恐怖を感じたし、もう戻らない何かがあることを知った。もう二度と犬は飼わないと決意した。」

「…なあポチ、久しぶりに遊ぼう。」

ポチは再び立ち上がり、尻尾を振った。

手頃な棒を投げればポチは木の間を縫って取ってきたし、花を摘んで「好き、嫌い」とやれば散った花弁を追いかけた。8枚目の花弁は絶対に「嫌い」でむしり取られた。歩けばポチも右を追いかけてきたし、時々こちらを追い抜かして行き、数メートル先で止まってこちらを待っていた。

何時間遊んでいただろうか。

ふとポチが走った。しかしその先にあるのは崖だ。

「ポチ!」

青年はポチを抱え、そのまま落ちる。


強い衝撃が背中から全身に広がる。『飛び降りた時は頭から落ちたんだっけ。』青年の意識はそこで途切れた。




6/11 本日晴天なり。14:23


赤毛できりりとした目とすらっとした鼻、薄い唇が顔にある少女が微笑んでいる。その先にいるのはベッドに横たわり管がいくつか巻き付いている白髪の痩せこけた老人であり、こちらは少女に向かって何かをもごもごと話している。少女は時折悲しい雰囲気を纏わせており、それよりも多く幸せを纏っていた。白い、白い、潔癖な部屋の外から流れ込む風はとても涼しかった。




青年は目覚めた。何か夢を見ていたような、しかし他のそれと同じ様にモヤがかかって見れないような感覚と共に体を起こした。見渡せばここは部屋の中らしい。自分はベッドの上に横たわっているようだ。叩き潰されるような、全身がバラバラになるような痛みはどこにも無かった。記憶は鮮明。

厚い木の扉が開き、老人が入ってきた。白髪で痩せこけた人当たりの良さそうな光を目にたたえた老人だ。

「お目覚めですかいな、青年」

「あ、はい。」

老人は微笑んだ。

「そうだ、そういえば犬を知りませんか?柴犬で赤い首輪をしています。」

「すまないが、知らない。君を見つけた時点で犬はいなかったぞ」

青年はほっとした。いなかったということは少なくとも動ける状態だと言うことだと納得したからだ。

「あの、ここって何なんですか?」

「あの世だ」

「俺はどうしたらいいんですか?」

「…?君は自分の行動を強制されたいのか」

「あ、いっいえ。ただ何をするべきなのか分からないんです。」

「ふむ」

老人はどこから出したのか椅子に腰掛けた。そのゆっくりな動作が老人が上品に人生を歩んだ事を感じさせた。

「ここはあの世だ。が、正確には違う。繋ぎ目みたいな所だ。そもそもあの世なんてものは存在しない。じゃあ何を繋いでいるか?分かるか」

「謎掛けですか?」

「まぁそんなところだな」

「…分かりません。」

老人は頷いた

「この世とこの世だ」

「つまり転生、という事ですか。」

「あぁ。この世とこの世の繋ぎ目であるからあの世と言われたら『そうだ』といえる。存在する資源には限りがあり、魂も例外ではない。八百万の神がその限りある資源を有効活用する為に作ったシステムがこの場所だ」

「は、はぁ。」

「逸れてしまったが、君の問いに対する答えは『ここに留まり続ける』か『転生する』だ。忘れたくないことでもあるんだったら残れば良い。君の自由だ」

青年は思考を巡らせる。忘れたく無い事、忘れたく無い事。

『忘れたく無いか、と言われれば忘れたくないが、捨てても良いか、と言われれば別に良いよと差し出せる。お父さん元気ですか。』


「転生ってどうやるんですか?」




少し昔の話 本日雨天なり。17:47


老爺と老婆がそこにいた。

ただ何をする訳でもなく、ただ何か目的がある訳でもなく、そこにいて、隣に伴侶がいる。それだけだった。

昨日は何があったか

昨日は曾孫が来ましたよ

今日は何があったか

今日は健診ですよ

明日は何があったか

明日にならねば分かりませんよ

老爺の的外れな問掛けにも老婆は答え続けていた。笑いあっている夫婦の片割れがいなくなったのはその3日後の事だ。




青年は部屋を出た。

「転生したいのならここからあちらへ真っ直ぐ進みなさい。三途の川を渡りきれればそうなる」

振り返って見ればもう老人はどこにも居なかった。青年は驚くものの、そういうものか、と思い納得した。

だが目の前の事には首を傾げている。

少女がおにぎりを2つ持って青年を見ている。赤毛のボブヘアできりりとした目とすらっとした鼻、薄い唇を持つ少女がじぃぃっと青年を見ている。

「うん…えっと…あの。」

「食べますか」

少女はおにぎりを差し出した。その瞬間青年は忘れていたはずの空腹を思い出した。どうして今の今まで忘れていたのかという程の空腹と倦怠感がどっと青年におしかける。黄泉戸喫と言葉があるがもう青年には関係ない。

おにぎりを食べる。

決してそのおにぎりは素晴らしくなかった。少し芯が残っている米に少ししょっぱいと思えるくらいの塩、具は何も特別ではなく梅干しと昆布。

しかし空腹の青年にとっては今までで一番美味しいと感じた。

「おにぎり、美味しかったですか」

「美味しいよ。美味しいよ。」

「そうですか」

それ以上少女は何も言わなかった


「ありがとう。美味しかった。」

「そうですか」

「それじゃあ俺は行くね。」

薄情な挨拶だと思ったその瞬間

「どこへですか」

少女が引き止めたので

「向こうに三途の川があるんだよね?」

「はい。三途の川、という名かは知りませんが大きな川があります」

「俺はその川の先に用事があるんだ。」

「なんでですか」

「それは君に言わなきゃいけないことかい?」

「なんでですか。ここに居たっていいじゃないですか」

「俺の行動は俺に決める権利があるはずだ。事情を話せばきっと分かる。だから引き止めないでくれ。」

「…どうしても、駄目ですか」

少女は悲しげに言った。一瞬青年の心が揺らいだが、それでも決心は変わらなかった。

「ごめんね。俺はもう死んでいるからさ、前の事をどこかで振り切らなきゃいけないんだ。前世を引きずり続けるより来世に期待したほうが俺にとって幸せだと思ったんだ。」

言い訳だ。青年はそんな大層な事を考えていた訳ではない。ただ自分の惨めな過去への執着がなかっただけだ。

「後悔しないでください。幸せになってください。それでは」

少女は寂しそうに何処かへ行った。その姿は何処かで見たようだった。

そういえばあの長い黒髪の少女と似ていた、と青年は思う。罪悪感と優越感のごちゃ混ぜのまま先へと歩いていく。




6/12 本日快晴なり。10:58

6/13 本日雨天なり。4:22

6/14  6/15  6/  6/  6/  6/  6/

7/21 本日は先日の大雨から打って変わり、清々しい晴天なり。37:59


それでは本日も元気にいきましょう。

赤毛の少女は祖父の部屋に見知らぬ新住人がいることを知った。




「あっ。」

青年の前には一番初めにあった髪の長い少女がいた。

「こんにちは。さっきぶりですね。」

「こんにちは。そっちはどうだい?」

「まだ何にも分かってませんね。そちらはどうですか?」

青年は老人の説明を掻い摘んで教えた。

「なるほど…」

少女は黙る。しかし、詰まった沈黙ではなく思案しているものだ。そして青年の顔をじいいと見つめて

「あなたは何故ここに?」

今度は青年が沈黙。

「言わなきゃ駄目かな。」

「いえ、こちらの仮説を確かめたかっただけですので。」

「…自殺したんだよ。高校2年の夏に。」

「…なるほど。すいません、お喋りに付き合ってくれませんか?」

唐突なお願いであったが青年は承諾した。

木の根っこに腰掛けた2人は会話を始めた。

「私の死因は多分交通事故によるものです。帰宅中に。痛いとかもなく気づいたらここにいました。」

「へぇ。でも俺とあったとき君は出口を探していたよね。」

「はい。私は家に帰れていないので。ただいまを言うまでは死ねません。」

「『生きたい』じゃなくて?」

「もちろん生きていたいですが、もう死んでいる身なので贅沢は言えません。」

「…君は自殺した俺を見て何を思った?」

「私とあなたは他人であるので、特に。私の死んだ曾祖父は許さないかもしれませんがね。」

「厳しい人だったの?」

「優しい人でしたよ。ただ自殺についてはやめろと言ってましたが。あなたの方はどうですか。」

「俺のひいじぃちゃんは生まれた時には亡くなってたからなぁ。じぃちゃんはよく遊んでくれた。昔オリンピックに出たいって言ったらじゃあ金メダル獲ったらおれの首にも掛けてくれよって言ってたっけ。…数年前に認知症になっちゃったけど。」

「それは……何の競技で目指していたのですか。」

「陸上だよ。走ることが昔から好きだったし。まぁ、高校に入ってからはあまりにも周りのレベルが高すぎて、そのままやめちゃったけど。」

「ふうん。そういえばここに来てから私以外に誰か会いましたか。」

青年に一瞬の迷い。

「お爺さんとポチと…君とよく似た女の子に会ったかな。そっちは?」

「こちらは特に。女の子が私に似ていたとは?」

「うーんと…言葉の通りだよ。顔立ちが似ていた。」

「気を遣っているようなので一応言っておきます。私に姉妹はいません。性格とか分かりますか。」

「えぇっ姉妹かと思ってた…喋り方がなんとなく固かったかな、あとは言葉足らず。確かに聞かなかったけど初対面の俺の事を引き止めるのに理由の説明もしなかったからなぁ。」

先程の少ない会話からは事細かに分かる事は無かった。青年が話しているのも第一印象といった所だ。

「親族ですね。でもまだ亡くなって無い筈ですが…」

「ううん、君が死んだ日と同じだったとか?」

「あり得ますね。まぁ会ってみないと分からないので推測の域を出ません。」

その後二人はしばらく会話を続けた。


「うーん、じゃあそろそろ行くね。」

「本当に川を渡るんですか。」

「引き止めるの?」

「一応。」

「そっか。でもごめん、行くね。…帰ってじぃちゃんの事を見るのが辛い。」

「…そうですか。私は出口を探します。」

「宛はあるのかい?」

「ありません。が、とりあえず川と逆向きに行ってみようかと。」

「頑張ってね。」

「はい。」

二人は別々の方向へと歩き始めた。ふと、青年の心に名残惜しいような、後悔のような、それに近い感情が沸き立った。

「じゃあね!元気で!帰れるといいね!」

振り返り、そう言った。今までで一番大きな声だった。

少女は振り返り、そして、小さく胸の前で手を振った。

「絶対に。やらねばならない事ができたので。」



青年の前に川が広がる。いや、これは川なのか。向こう岸は霧がかかっていて見えづらいがもはや海と呼べる広さだ。

少年は意を決して川に足を踏み出した。足は沈まず水面に浮く。


一歩、一歩、少年が歩く。その足取りは軽く、希望に満ち溢れていた。

『走ることと祖父が大好きだった。』


一歩、一歩、青年が歩く。まだ疲れを知らない、何も知らない幸福だけあった。

『足に後遺症が残ると知った時、心底後悔したし、自分を許せなかった。』


一歩、一歩、男性が歩く。少し体力が衰えを見せ、歩くのが遅くなる。

『でもあの病室で初めて赤毛の少女、妻と会えた。へんな喋り方だったけど、あまり表情豊かではなかったけど、赤毛のきりりとした目を持つ少女に一目惚れした。』


一歩、一歩、中年が歩く。足は重く、顔は暗く、歩みを止めたくなる。

『プロポーズをした時は恋人同士ですらなかったのに快く受け入れてくれた。奥手すぎたけど子供もいて幸せだった。孫もすくすくと育ち、陸上を始めたと聞いた時は思わず餅を喉に詰まらせながら笑った。』


一歩、一歩、老人が歩く。もう一歩も前に出ない。くしゃくしゃだった顔は涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになった。

『幸せだった。そうだ幸せだったんだ。自殺しようとしたのに、神さまは罰ではなく祝福を与えた。いや、最初から幸福自体は気づかないだけであったのかもしれない。最後の時の記憶はないけどもそんなのは些細な事だ。そう思っていたのに』


骨と皮だけの人間が膝から崩れ落ちた。

「どうして!どうして記憶を奪ったんだ!神様!」

そう老人は私に向けてそう言った。いや私達か

別に奪ってはいない。あなたの記憶は間違いなく会った。あった頃の妻の姿、妻の祖父の姿、何十年も前に死んだ犬の姿で。

私達は彼らにスムーズに機構を動かすために説明をし、導く役目を与えただけだ。

妻役が止めにかかったのには驚いたが。


安心しなさい。あなたの曾孫は


帰れる


聞こえてないだろうが。

辺りは暗闇に飲み込まれた。




今では少なくなった畳張りの部屋にあるベッドの上に曾祖母…ひいお婆ちゃんがいた。ひいお爺ちゃんの葬式から1年が立っていた。

ひいお爺ちゃんはよくポチのことを話していたからあの時『今頃きっと天国でポチと遊んでるよ』と自分が言った事が本当になって驚いた事とか、繋ぎ目にいた若いひいお婆ちゃんと老人の事とか、伝えたいことはいっぱい有ったが、聞きたいことはその倍以上あった。

「お婆ちゃん、元気?」

今では教科書にも乗るようになった大事件、医療革命によって平均寿命は驚くほど伸びた。4世代が当たり前になり、死因は老衰が1位。ちなみに2位は自殺だ。ひいお爺ちゃんはよくこれについて怒っていた。理由は教えてくれなかったけど、多分足にある痺れが原因なんだろうな。陸上をしていたと聞いた今はそう思う。

「はい、元気ですよ。」

かすれた声でそう答えた。ひいお爺ちゃんの友人と同じくかすれた声で。

「そちらはどうですか、腕の具合は。」

ひいお爺ちゃんの葬式から2日後、私は浮遊車事故に会った。処置が遅れたのが理由で1年意識不明だった。一時は意識は戻らないとされ、電子人格として再生させるといった話もあったらしい。結果目覚めたものの、まだ筋肉は衰えているし、腕はうまく動かない。薬を飲むしかない。

「大丈夫だよ。ねえお婆ちゃん、お爺ちゃんとの馴れ初め話聞かせてよ。」

我ながら酷いと思う。

「お爺ちゃんと会ったのは病室ですね。7/21…ああ、7/22日、13:59分、晴天。お爺さん…ああ、ひいひいひいお爺ちゃんのお見舞いに行った時に同室でしたの。」

ひいお婆ちゃんは日付と時間、天気をよく覚えている。

「へぇ。昔は病室って共同だったんだ。」

「ええ。お爺ちゃんはとても落ち込んでいたんです。聞けば自殺未遂で足に後遺症が残った、と。思わずおにぎりを差し出して言いましたよ、『食べますか』って。そのおにぎり、炊飯器が壊れてて鍋で炊いたお米を使ったおにぎりだったのです。芯も残っていたでしょうに『おにぎり、美味しかったですか』と聞いたら『美味しいよ。美味しいよ。』と返してくれたんです。その時には胸が温かくなりましたね。」

「ふうん。」


「一目惚れ?」

「さぁ。もうおぼろげなもので。」

そう言ったひいお婆ちゃんは次に何かを言う事は無かった。

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